02

「貴女が噂の没落令嬢ね」


 ジョサイアの婚約者エレノアは、到着してわたしを見るなり笑いました。

 

「うちの使用人にあまり構わないでくれ」

「あら、ジョサイア。貴方、この子をかばうの? ただの使用人じゃない」

「いや……ただの使用人だからだ」


 でしょうね。

 彼がわたしをかばい立てするはずがありません。

 使用人ごときを話題にすることが気にくわないというだけ。


 わたしは黙ってエレノアの外套を受け取り、習ったとおりに使用人として振る舞いました。


 ただの使用人は、空気のようなものです。

 多忙なメアリはすぐに奥に引っ込みましたが、客間に残されたわたしも、人として存在するわけではありません。


 歓談する恋人たちのそばに立っていても、それは仕事のため。

 会話に参加する権利などあるはずもないのです。


 それがたとえ、自分に関係のある話題だとしても――


「アタシ、噂話って好きじゃないのだけれど、いやでも耳に入ってくるの」

「……そんなに有名なのか?」

「ええ。だってあのブランドン家よ?」


 言って、わたしのほうをちらりと窺いました。

 父の話題です。


「大公爵ブランドンを騙した小悪党たちはどこかへ消えてしまったわ。でも、その裏に、彼らを手引きしていた貴族がいたんじゃないかって、ゴシップ好きの連中はみんな興味津々」

「それが……父だと?」

「ううん、アタシはそうは思わないけど。ブランドン家が消えたことで利益を得たのが、たまたま貴方のお父様だったというだけのことだもの。ただ、世間はそういう利害関係と人の浮き沈みを結びつけるのが大好きだから、アタシは心配で心配で」

「そうか……」


 沈んだ声でうめくジョサイアに、エレノアは優しい声で、


「ジョーデン侯爵がそんなかたじゃないということは、アタシも含めて多くの者が知ってるわ。ライバルの不幸に心を痛めて、その娘を引き取った美談だもの。本当にジョーデン侯爵が陥れたのだとすれば、露頭に迷う娘に手を差し伸べるはずがないわよね」

「だが、養子ではなく使用人として雇ったことを悪く言う者もいるだろう」

「それはまあ、そういう考え方もあるというだけ。使用人としてお屋敷に置いてあげるだけでも、すばらしいことだわ。アタシは愛する婚約者のお父様が立派なかたで、本当に嬉しいと思っているのよ」


 わたしは空気。

 空気に目はありません。


 でも――


 そう言って彼を慰めるエレノアと、目が合ったように感じました。


「ジョサイア、貴方すこし休んできたら? ずいぶんと疲れているみたいよ」

「ああ……悪いがそうさせてもらえると助かる」

「アタシはもうすこしお茶をいただいてから、屋敷に戻ることにするわね」


 ジョサイアがふらふらと客間から出て行き――


 そしてわたしは、エレノアとふたりきりになりました。

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