01
ブランドン家の末路は呪われたものでした。
借金のために屋敷を手放すことを余儀なくされた両親は、田舎に移り住むことを計画していました。
大勢いた使用人に暇を出し、父の家系にゆかりのある土地で再起を図るつもりだったのです。
でも――
その下見の道中、馬車を土砂崩れが襲いました。
わたしはわがままを言って屋敷に残っていたので、難を逃れました。
家族を失いひとりで生き残ることが幸運とは思えませんが……。
あとから聞いた話ですが、谷底に落ちた馬車は、ひどい有様だったそうです。
ふたりとも即死だったはず……ということでした。
母の遺体は野犬に食い荒らされ、ほとんど人の形をしていなかったと聞かされました。
それでも埋葬することができただけでも、よかったと思うべきなのかもしれません。
父のほうは、結局、遺体すら見つかりませんでした。
扱いとしては行方不明ですが、捜索はすぐに打ち切られました。
現場に残された出血の量から考えて、生存の可能性はゼロとされたからです。
屋敷で両親の帰りを待ち続けていたわたしは、すべてを人づてに聞かされました。
あまり記憶がありませんが、放心するばかりで、叫んだり泣いたりはしなかったと思います。
ただひとつ、
(わたしも馬車に乗ればよかった)
そう悔やんだことだけを覚えています。
ブランドン家が滅びるなら、ひとり娘であるわたしも一緒に滅びるべきでした。
――なぜ、生き残ってしまったのか。
自問を繰り返しながら、わたしはジョーデン家に買われました。
「いつまで支度してるんだい! さっさとお客様をお迎えする準備をおし」
「はい、申し訳ありません」
使用人まとめ役のメアリが、わたしの部屋にノックもなしに入ってきました。
8人いる使用人の中で、彼女はいちばんの古株です。
年齢は50を過ぎているのではないでしょうか。
身支度すら自分でしたことのなかったわたしを怒鳴り散らしながらも、文字どおり手取り足取り教えてくれた女性です。
口は悪いけど、悪い人ではありません。
「今日はジョサイア坊っちゃまの婚約者がいらっしゃるんだから、いつも以上に気をつけるんだよ」
「婚約者……」
ジョサイアの、婚約者。
わたしは胸がざわつくのを感じました。
幼かった彼との他愛もない口約束が、頭の片隅に蘇ります。
でも、わたし以外に婚約者がいるということは、彼はもう昔のことを覚えていないに違いありません。
メアリはわたしの呟きをどう解釈したのか、
「大丈夫だよ。エレノア様はすこし気性の荒いお方だけど、何も斬り殺されるわけじゃないんだから」
「はい。わかっております」
答えながらわたしは思いました。
(斬り殺してもらったほうが、ずっと楽かも)
わたしがこうして生き残っている意味を考えると、そう思わずにはいられません。
生き残ったわたしが、使用人としてここにいる意味。
なぜこんなことになったのかずっと考えてきましたが、最近、ひとつの結論に達していました。
これは『復讐せよ』という、天の配剤なのではないでしょうか。
ブランドン家が受けた仕打ちに対する復讐です。
争いごととは無縁の18年でしたが、ここから先は、騙しあい殺しあいの人生となります。
とても気が進まないけど――
(敵に買われてまで生き続けるなんて、目的がないと絶対に無理)
わたしは唇を噛みしめ、メアリに続いて客間へ向かいました。
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