第2話 「シェルター」

 通用口のドアがあき、中から50代くらいのすらりとした長身の女性が顔を出した。

「いらっしゃい。急に呼び出して、ごめんなさいね」

 慧子と同じく美しいプロポーションの女性だが、慧子とは対照的に、この人にはおだやかで包み込む優しさがある。

 しかし、その目には慧子と同じ鋭い知性の光が宿っている。彼女は包容力があると同時に、切れ味も鋭い人間だ。


 この女性は「M」。アオイたちと「シェルター」の仲介役。本名はあるのだろうが、アオイも慧子も尋ねたことはない。「知らなくて済むことは知ろうとしない」――それが、「シェルター」の掟だから。


 「シェルター」は、国家や企業、反社会的勢力等の不正を追及したために命を狙われている内部告発者、ジャーナリストなどの個人を守る秘密のグループだ。リジッドな組織の形態をとらず、柔軟な「互助会」的構造をしている。

 

 メンバーは自活が原則。病気その他の理由で職につけないメンバーには、余力のあるメンバーの寄付をプールした基金から支援金が提供される。

 支援金の拠出を手配する「世話役」と呼ばれるメンバーがいる。「世話役」は各自が3~4人のメンバーをカバーしている。

 「世話役」は金銭面のフォローだけでなく、メンバーのセキュリティにも目を配り、追跡者の手が迫った場合には逃亡を助ける。


 「世話役」にフォローされる一般メンバーは、自分の「世話役」を知るだけで、 グループ内の他のメンバーについては、何も知らない。一人のメンバーが追っ手に捕らわれても他のメンバーに危険が及ばないための仕組みだ。

 グループ全体にかかわる重要事項は、「世話役」が集まって対応を決定する。その場の議長を務める「世話役」が「長老」と呼ばれる。


 アオイと慧子は、追っ手に発見され危険が切迫しているメンバーを守る用心棒だ。といっても、二人は「シェルター」のメンバーではない。「シェルター」の外部にいて「シェルター」からの仕事だけを請け負う用心棒という位置づけだ。

 

 アオイは元々は「シェルター」のメンバーだったが、追っ手と武力衝突したため「シェルター」を追われた。アオイの戦闘力に目を付けた「長老」が一部の「世話役」の反対を押し切ってアオイに用心棒の役割を与えたのだ。

 慧子は、初めから用心棒として「シェルター」にかかわっている。


 アオイの微妙な位置づけは、「シェルター」が本来「専守防衛」のグループであることから来ている。

 「シェルター」の使命はあくまで個人の命を守ることで、個人の闘いを支援することではない。「シェルター」に受け入れられる条件は、整形手術を受け戸籍を変え、まったくの別人となり、それまでの闘いを放棄することだ。

 ひたすら匿い守り通すが、決して闘わない――それが「シェルター」の原則なのだ。

 

 そのような「シェルター」が武力をもってメンバーを守る用心棒を使うことには 根本的な矛盾がある。だから、アオイと慧子には「シェルター」の依頼で仕事をしている最中に「シェルター」から切られる可能性がある。

 「M」は「シェルター」とアオイたちの仲介役だが、アオイたちが「シェルター」から切り捨てられないよう見守ってくれている。

 それは、「M」が「シェルター」時代のアオイの「世話役」だったからだ。現在では、「M」は「世話役」から外れてアオイたちと「シェルター」の仲介役に徹している。


 その「M」が、アオイたちをカウンターに招く。本人はカウンターの中に入り、飲み物を作り始める。

「慧子さんはギムレットだったわね」

「まだ日が高いですが?」

「飲む量は自制できるでしょ」

「M」が慧子に微笑みかけ、慧子が目の端に小さな笑みを浮かべて応じる。

「アオイさんは、クリームソーダでいいわね」

「ええ、もちろん」

 二人の前にそれぞれの飲み物が並ぶ。「M」はジンジャーエールをグラスに注いだ。

「初めに、お互いの無事を乾杯」

「M」の唱和で、三人がグラスを突き合わせる。

「では、今回のミッションを説明します」

「M」が自分のグラスをカウンターに置いて、改まった口調になった。

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守護神 ・山科アオイ 亀野 あゆみ @FoEtern

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