王子とダンススクール初日
「――って、ああ!
もしかして、幻のプリンスくん!」
そう言って王子の顔を指さした。
なんのことだか心当たりのない王子は「へ? な、何すかそれ?」ときょとんとしてしまう。
そんな王子を気にも留めず、インストラクターは興奮気味だ。
「何って決まってるじゃない!
ちょっと待って、えっと……。
あ、あった! コレよ、コレ!」
そして彼女が取り出したのは、今月発売のファッション雑誌“ハイスタンダード”。
その中のとある特集記事を開いて王子に見せる。
そこには――カッコよくポーズを決めた王子の写真が印刷されていた。
「あ、コレって……」
『紺奈を口説くのに、モデルの真似事したときの写真やな』
イアンの言葉にそういえば――と王子は思い出す。
結局モデルは続けることなく辞めたのだが、撮影した写真は何かの雑誌に載ると聞かされていた。
おそらくこれがその雑誌なんだろうと見当をつける王子。
「この特集のせいで、君の事が一部で話題になってるのよ!
『あの謎のイケメンは誰だ?』ってね!」
インストラクターの高揚は止まらない。
「ググっても過去の経歴は分からないし、問い合わせても今後の活動は不明!
分かっているのは『プリンス』ってふざけた芸名だけ!」
「ふ、ふざけた……」
『そういや王子ってホンマはプリンスって読むんやっけ?』
名前をイジられ落ち込む王子。
そんな王子を余所に、さらにテンションを上げるインストラクター。
「ねぇ、コレって君だよね?
ね、ね、間違いないよね?」
「えっと……はい、まぁ一応……」
「きゃーっ! 凄い凄い!
本物のプリンスよ!
謎のモデルが今、目の前に!」
「い、いや、ちょっと待ってください。
慌てて王子は訂正する。
「俺、モデルでもなんでもないので……」
「え、どういう事?」
「で、ですから、モデルはこれ一回だけのバイトみたいなもので……」
「それじゃ君はいったい……。
あ、もしかして君、男性アイドル目指してる?」
「へ?」
「なるほど、それだけのイケメンだもんね、納得。
今日ダンスの見学に来たのもそのためなんでしょ?」
勘違いし始めたインストラクターに王子は――
「いえ、それも違……」
『待て王子、否定すんな。見学に来たふりして萌黄に近づくんや』
「……わないです、その通りです」
――訂正しようとしてイアンにとめられてしまった。
「やっぱり! いいわよ、入って。
なんなら早速レッスンしていく?
今は一日体験無料キャンペーン中だし」
「それは……えっと……」
迷う王子にイアンから『おい、断るなよ。キスのためや』と檄が飛ぶ。
「じ、じゃあ、お願いしようかな……」
「ホント? それじゃ入って入って!」
「よ、よろしくお願いします……」
そしてインストラクターに促されるまま、王子はダンススクールの中へ。
(俺、運動苦手なんだけどなぁ……)
レッスン場に入ると、講師の前で十名ほどの生徒たちが整列し、曲に合わせて真剣にダンスをしていた。
その集団の列から外れ、一人で鏡に向かって黙々と踊る少女が一人――七瀬萌黄だ。
(あ、いた。萌黄ちゃん)
萌黄の姿を発見した王子は、ふらふらとそちらに近づこうと――
「ちょっと、どこ行くの?
君はこっちよ」
「あ、いや、はい……」
――近づこうとしたところを、引率していたインストラクターに止められてしまった。
ズルズルと引きずられるように、ほかの生徒たちの中へ連れていかれる王子。
「――ん? アレって……」
その騒動に、萌黄のほうも王子の存在に気づいた様子。
だがお互い声をかける暇もなく、王子はそのままダンスレッスンに参加させられてしまうのだった。
そして――。
――――――
――――
――
――パンパンッ!
「はい、今日はここまで」
そんなインストラクターの合図で、王子はその場に座り込み――
「っだはーっ! だはーっ!」
――と激しく息切れし、イケメンも取り繕えない程の疲労を見せた。
(きっつっ!
ダンスレッスンきっつっ!)
スタイル維持のランニング程度しか運動をしていない王子には、本格的なダンスレッスンは厳しかったようだ。
ゆっくりと息を整えていると、最初に声をかけてくれたインストラクターの女性が寄ってきた。
「どうだった王子くん、今日のダンスレッスン?
今後も続けて行けそう?」
「はぁ、はぁ、どうって……。
はぁ、はぁ、ちょっと無理かも……」
王子は弱音を吐露するも――
『おい、なに言うてんねん?』
――とイアンの叱咤が飛ぶ。
『ダンススクールに通うんが、萌黄に接近する一番の近道なんや。
アイツとキスするまで辞める事は許さんで!』
(そ、そんな事言われても……。
お金だってないぞ、レッスン代はどうするんだ?)
お金の心配もあるだろうと、王子は念のためインストラクターに尋ねてみる。
「ち、ちなみに先生……。
はぁ、はぁ、ここの受講料って……」
「ああ、それならもうしばらく免除してあげてもいいわよ」
「へ?」
インストラクターの予想外の答えに、王子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「無料って……。
はぁ、はぁ、どういう事ですか?」
「だってホラ、周りを見てよ」
インストラクターに促されて周りを見ると、王子の様子を窺っている女子たちがいた。
「ねぇねぇ、あの子カッコよくない?」
「うんうん、ちょっと信じられないくらいのイケメンよね」
「彼もここに通うのかな? だったらめちゃヤバいんだけど♥」
先ほどレッスンを終えた生徒たちが、どうやら王子に興味を持った様子で、ひそひそと話し合っている。
そんな彼女たちを見て、満足げにうなずくインストラクター。
「ね、君なら客寄せパンダにもなりそうだし。
もうあと一週間くらいなら体験期間って事で、受講料無しで構わないと思ってるんだけど……。
どうかな?」
「はぁ、はぁ、それは……」
インストラクターの質問に、王子は思案を巡らせる。
(辞めたい、けど……)
『おい王子、分かっとるな?』
(ぐ、ぐぬぬぬぬ……)
イアンに釘を刺されると、諦めたように頭を下げる王子。
「よ、よろしくお願いします……」
「ホントに!
やったわ、あのプリンスがウチの生徒に!」
王子の答えを聞いて喜ぶインストラクター。
そんな騒ぎに、帰宅しようとしていた萌黄もを止める。
「……やっぱり王子先輩だね。
何でこんなところにいるんだろ?」
王子の姿を再確認した萌黄は眉を潜ませる。
「もしかして……王子先輩って……」
疑問に対してある答えを想起するも――
「ま、いっか。帰ろっと」
――そのまま帰宅する萌黄。
その日――。
王子はダンスレッスンを受けただけで、結局萌黄とは一言も交わさないままで一日を終えたのだった。
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