王子と遭遇、生徒会長三度目!

 翌日――

 悲鳴を上げる体を引きずりながら登校し、なんとか授業を受ける王子。

 ようやく昼休みになり、体を休めるため人気のない屋上へと向かう。


「うぐぐ、痛ってぇ……」


『なんや王子、モヤシやな。

 あの程度で筋肉痛なんて』


 イアンの嘲りに、王子は「うるさいな」と喧嘩腰だ。


「俺だってやりたくなかったのに、イアンが辞めるなって言ったんだろ?

 しかもこんな目に遭ったってのに……ちくしょう!

 肝心の萌黄ちゃんは先に帰っちゃって、結局一言もしゃべれてないなんて……」


 昨日の事を思い返し、歯噛みをして悔しがる王子。

 と、そのとき――


「ボクがどうかしました?

 王子先輩」


 ――ふいに声をかけられた王子。

 背後へ目を向けると、前日と同様に廊下の奥から、取り巻きを引き連れた萌黄が現れた。


「も、萌黄ちゃ……」


 ――ギロッ!


「じ、じゃなくて、七瀬ちゃん?」


 取り巻きの男子生徒たちに睨まれ、慌てて名前から苗字呼びへと変える王子。

 そんな王子を気に留めず、萌黄が尋ねる。


「今、私の話してました?

 会話で私の名前が出た気がするんですけど。

 ……ってアレ?

 誰としゃべってたんです?」


「そ、それは……。

 ア、アハハハハ……」


 笑って誤魔化すしかない王子。

 気にせず萌黄が「あ、そうだ」と話を続ける。


「ねぇ王子先輩。

 ちょっと聞きたい事があるんですけど……」


「な、何かな?」


「もしかして先輩って……」


 そこで少し息をひそめる萌黄。


「……ボクのストーカーですか?」


「――へ?」


 思ってもみなかった言葉に、素っ頓狂な声を上げる王子。

 だがそれ以上に――


「「「な、なにぃ――――っ!」」」


 ――そろって驚愕の声を上げる、取り巻きの男子生徒たち。


「だって昨日、先輩ダンススクールに来てたでしょ?

 アレって偶然かなぁ?」


 さらなる萌黄の発言に、男子たちが一斉に怒号を上げる。


「ききき、貴様!

 七瀬さまをつけ狙ってるでござるか!?」


「ふざけんなコラァッ!

 舐めてんのかこの野郎!」


「やってやんぞ!

 マジやってやんぞテメェ!」


 殺気立つ取り巻きたちに、王子は慌てて言い訳する。


「ま、待って! 偶然だよ、偶然!

 俺が通うことになったダンススクールに、たまたま萌黄ちゃんがいただけ!

 全部偶然に決まってるじゃないか!」


 だが――


「ホントに? 何だかボク、怖いなぁ~」


 ――そう怯えた真似をして、おどけて見せた萌黄に――


「ぬぉおおおっ!

 貴様許さんでござるぅううううう!」


「こんの野郎ぉおおおっ!

 ぶっ殺してやるぅううううう!」


「殺ってやんぞ!

 マジ殺ってやんぞテメェ!」


 ――取り巻きたちの怒りのボルテージが、一気にマックスへと跳ね上がった。


「ひぃいいいいいいいいっ!」


 王子、絶体絶命のピンチ!

 と、そこへ――



「何を騒いでいる、お前たち」


 ――突然そう声をかけられた。

 そして現れた人物に、王子は見覚えがあった。

 その人物は――


「あ、生徒会長!

 こんにちはー!」


 ――王子が挨拶をする前に、萌黄がそう声をかけた。

 萌黄の言う通り、現れたのは生徒会長の八神紫織だった。


「七瀬萌黄、騒いでるのはお前か。

 ……ふむ」


 紫織は萌黄を確認した後、王子や取り巻きの男子生徒たちの方へ視線が移る。

 騒ぎを起こした者たちに対する厳しい表情だ。


 だが王子は(ふぅ、助かった)と胸をなでおろす。


(だってこれで、萌黄ちゃんのファンたちからは身が守られる。

 それに騒いだのは俺じゃなく取り巻きたちだからな。

 今回の俺に非はないはずだ)


 王子の言う通り、紫織の厳しい視線は、主に萌黄と取り巻きたちに向けられているようだ。


(これは間違いない。

 俺もファンの子たちが騒いじゃった時、紫織さんからしこたま怒られたし。

 可哀そうだけど萌黄ちゃん、今回は君が紫織さんに怒られる番だな)


 そう確信し、王子はクックとほくそ笑む。 

 だが――


「……まぁいい。

 七瀬萌黄、コイツラを静かにさせろ」


 ――と、王子の予想を裏切り、たったそれだけで済まそうとする紫織。


「はーい、分かりましたぁ!」


 萌黄も良い返事で紫織に答える。


「こ、こやつ、いくら生徒会長とは言え、七瀬さまに命令するなど許せんでござる!」


「け、けど生徒会長って……メチャメチャ美人じゃね?」


「あ、てめ! それでも七瀬ファンクラブの会員か!?」


「惑わされるな! 俺たちはMoE《モエ》ちゃん一筋だろ!」


 取り巻きたちがざわざわと騒めきだすが――


「はいはい、キミたち!

 静かにしてね~!」


 ――と萌黄が一括すると――


「「「は、はーい!」」」


 ――と静かになってしまった。

 その様子にウンウンと満足そうにうなずくと、萌黄は紫織に向き直る。


「静かにさせました。

 これでいいですか、生徒会長?」


「ああ、それじゃ全員連れて帰れ」


「分かりましたぁっ!

 ホラみんな、行くよ~!」


「「「はーい!」」」


 萌黄が先導し、集団がおとなしく帰っていく。

 その様子を「やれやれ……」と見送っていた紫織だったが――


「……ん? どうした王子?」


 ――と、ジト目で自分を見る王子に目を止める。


「い、いえ……。

 ただ、俺の時とは態度が随分と違うなぁ……って」


 どうやら王子は、萌黄に対する紫織の態度に納得がいかない様子。


「だって俺の時は、もっと厳しく説教したじゃないですか。

 同じことを長々と執拗に言い続けて……」


「……ほう。

 お前は私の話を、そんな風に思って聞いていたのか?」


 柳眉の吊り上がる紫織に、王子は自分の失言を自覚したようだ。


「――はっ!

 い、いえ、そうじゃなくてですね……」


 必死に言い訳しようとするももう遅い。


「そもそもだ、王子」


 すでに説教モードに入ってしまった紫織を止める術など王子にはない。


「お前とあの七瀬では立場が違うだろう。

 王子も異性ににキャーキャー言われているが、お前のそれはのはただの遊びだ。

 だが七瀬萌黄、彼女のそれは仕事に近い。

 話題になっていただろう、彼女のライブ動画が。

 お前も見た事があるんじゃないか?」


「は、はい、ありますけど……」


「なら分かるだろう。

 あんなパフォーマンスを行おうとしたら、どれほどの練習が必要になるか。

 彼女がどれだけ努力しているのか、それくらいは理解できるはずだ」


「そ、それは……。

 た、確かにそうですけど……」


「王子と七瀬、確かに二人とも同じ迷惑な人間だ。

 だが何の努力もしていないお前と、曲がりなりにもプロとして努力する彼女。

 その努力の分くらいは認めてやらないと不公平だ。

 そうは思わないか?」


「う、うぅ……」


「というわけで――」


 紫織の目がスゥっと細められる。


「お前はこれから説教だ。ちょっとこっちに来い」


「え、えぇえっ! な、何で?」


 王子が「今回は俺、何も悪いことしてないのに!」と抗議するも――


「私の事を『長々と説教する人間』だと思っていたのだろう?

 だったら期待に応えてやらんとな」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

 許してぇー!」


 ――残念ながら紫織からは逃げられない王子であった。

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