王子とダンススクール二日目

 その日の放課後――

 昨日と同じダンススクールで、レッスンを受ける王子の姿があった。


「はい、そこまで! いったん休憩します!」


「ふぃいいいい~」


 終了の合図と同時に大きく息を吐く王子。

 だが昨日のように座り込むことはなく、少し離れてきた様だ。

 そんな王子にインストラクターの女性が声をかけてくる。


「どう、王子くん?

 昨日に比べて動きが良くなってるようだけど」


「い、いやぁ、そうですね。

 自分でも少しずつ、ついていけるようになってる気がします」


「そう、よかったわ。

 それじゃしばらく休憩しててね」


 インストラクターはそう言い残すと、王子たちとは別のグループの指導に行ってしまった。

 同じグループの生徒たちも、トイレや水分補給など、各々共計に入った様子。

 王子も壁際の自分の荷物に寄ると、水稲を取り出そうとバッグを漁る。

 すると同じバッグからイアンが首だけ出してきた。


『で、どんな調子や、王子?』


(どんな調子って……ダンスには大分慣れてきたかな)


 そう言い水筒を取り出した王子は、壁に背を預けるように座り込んで飲み始める。

 その“ダンス頑張ってます”感が満載な王子に、イアンは呆れた声を上げる。


『おい王子、お前目的忘れてへんか?』


(目的?)


『お前はここにダンスを習いに来たんちゃうぞ?』


(そりゃもちろん……はっ!)


 イアンの言葉に目的を思い出した王子は、慌ててキョロキョロと辺りを探る。

 レッスン場の端、一人黙々と練習する萌黄を発見した。


(そうだった、萌黄ちゃんと仲良くなるのが目的だったっけ)


 反省しながら萌黄を観察する王子。


 ――次第に彼女から目が離せなくなってくる。

 ――小さな体で繰り出されるキレのある動きは、躍動感だけでなく感情まで伝わってくるようだ。

 ――楽しそうに踊る彼女を見ていると、引きずられてこちらまで楽しくなってしまう。

 ――ただ上手に踊るだけではない、表現力のあるダンス。

 ――素人でもわかるほど、他の生徒たちに比べて彼女のダンスは頭一つ抜き出ていた。


「…………」


 思わず黙り込んでしまった王子。

 その様子を訝しんだイアンが声をかける。


『ん? どうしたんや、王子?』


(いや……紫織さんの言う通り……。

 萌黄ちゃん、スゲー頑張ってるなって思ってさ)


 これほどのダンスができるまで、彼女はどれほどの練習を積み重ねてきたのだろう?

 そんな彼女を騙してキスしようとしている自分は、彼女と比べてどれほどちっぽけな人間なのだろう。

 そんなことを考え、自分が恥ずかしくなってくる王子。


『そういや王子って、頑張ってるヤツが好きやったなぁ』


 そんな王子に訳知り顔を見せるイアン。


『紺奈や白雪のときもそうやったっけ。

 まぁ王子が一切頑張らん人間やからな。

 反対の人間に惹かれるんやろ』


(う、煩いな!

 自分でもそう思うけど、他人から指摘されると腹立つんだよ!)


 ……人間誰しも、図星な指摘ほど腹が立つようだ。

 そうこうしているうちにレッスンが再開し、王子は再びダンスに興じるのであった。


 ――――――

 ――――

 ――


「はい、今日はここまで」


「お疲れさまでしたー」


 ――そしてようやくダンスレッスンが終わった。


「ふぅう……今日もしんどかったぁ……」


『おいおい、なに言うてんねん?』


 終わった感を出す王子にイアンのツッコミが入る。


『ここからが本番やろが。

 ちゃんとやらんかい』


(う、わ、分かったよ)


 王子はそう返すと、イアンの入ったバッグを担ぐ。

 そして同じようにレッスンを終えた萌黄に、努めて軽く声を掛ける。


「やぁ、萌黄ちゃん。

 お疲れ様~」


「あ、王子先輩。

 ……じゃなくてストーカー先輩。

 お疲れ様でーす」


「違うから!

 ストーカーじゃなくて偶然だから!」


「ふーん、じゃあそういう事にしておきますよ、先輩。

 それで、ボクに何の用ですか?」


「い、いやその……。

 一緒になったのは、あくまで、あくまで偶然だけど、せっかく同じダンススクールに通ってるんだし、少しくらいは話でもして、仲良くなっておきたいなと思って……」


「ボクと仲良く?

 うーん、まぁいいですけど。

 それで、どんな話をするんですか?」


「へ? え、えっと……」


 王子は頭をフル回転させ、何とか話題をひねり出そうとする。


(――そうだ!

 まずは紺奈ちゃんの時のように褒め殺しで……)


 思い出したのは、ギャルモデルの紺奈に対してやったゴマすりだ。


「そ、そういや前にテレビを見たよ。

 いやー、びっくりしちゃったよ。

 すごい人気だよね、萌黄ちゃんて」


「ん~まあね。

 ボクってこんなに可愛いし、当然って感じ?」


「と、当ぜ……。

 そ、それに歌もダンスも最高だよね。

 さすが話題になるだけの事はあるよ」


「うん、だよねー。

 ……で、それで?」


「それでって……あれ?」


 思ったリアクションが無くうろたえる王子。


(褒めても全然手応えがないぞ?

 紺奈ちゃんはホイホイ喜んでくれたのに)


『どうやら萌黄は、褒められて当然やと思てるみたいやな。

 自分大好き~って感じやろ』


(で、でもそれって紺奈ちゃんも同じじゃ……?)


『それがちょっと違うんや。

 紺奈は自分が褒められて当然と思っとるから、どんな誉め言葉も当然としてそのまま受け入れて喜んどった。

 けど萌黄の場合、褒められて当然と思ってるんは同じでも、当たり前の事には興味がないって感じやな。

 いくら褒められても喜ぶんやなくて『そんなこと言われなくても分かってるわ』ってなもんや』


(ぐぬぬ……。

 それじゃいくら褒めても意味ないじゃないか。

 だったら次は――)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る