王子とナルシスト女

(ぐぬぬ……。

 それじゃいくら褒めても意味ないじゃないか。

 だったら次は――。

 よし、萌黄ちゃんの好きなダンスの話題だ!

 自分の好きな事についてなら、会話も弾むはず!)


 イアンに指摘された王子が、路線変更を図る。


「いやぁ、俺も萌黄ちゃんみたいに踊れるようになりたいよ。

 萌黄ちゃんてなにか特別な練習してるの?」


「ん~、別に。

 普通に踊りたいように踊ってるだけだけど?」


「へ、へぇ、そっか。

 けど学校の授業とは違って、本格的なダンスってやってみるとなかなか難しいよね?」


「ふーん、王子先輩は難しいんだ?

 ボクはすぐに踊れるようになったから、踊れない人の気持ちは分からないなぁ」


「そ、そうなんだ……。

 そ、それじゃ萌黄ちゃんがダンス教えてよ。

 何かコツとかあるの?」


「あ~、ごめんなさい。

 人に教えるのって苦手だから、聞かれても分かんないや」


「そ、そっか……」


 しかし一向に弾まない会話に、またしても慌てだす王子。


(あれ、おかしいな?

 興味のある話題をふれば、すぐにのってくると思ったのに……?)


『まー会話の内容以上に、王子がどうでもいいんやろな』


(ぬぁっ!)


『自分の興味があるものにしか関心が持てないってタイプみたいやしな。

 何の興味も持たれてない王子が、ここから関心を買うんは並大抵やないで』


(く、くっそぉおっ!)


 イアンのさらなる指摘に、さすがの王子も怒りを覚えた様子。


(俺の事を無視するなら、俺だってイジワルな事を言ってやる)


「で、でもさぁ、萌黄ちゃん。

 ソロアイドルなんて大丈夫なの?

 今はグループアイドル全盛の時代だよ?

 いくら一人で頑張ったところでたかが知れてるんじゃないの?」


「アハハ、ご心配なく。

 ボクの場合はアイドルを辞めても、歌手やダンサーとしてやっていけるだけの実力があるんで。

 顔だけの王子先輩とは違いますよ」


「ぐふっ!

 そ、そうですか……」


 王子の嫌味もあっさり切り返してくる紅葉。


(か、返す刀でバッサリと……)


『やったらやった分だけ返ってくるなぁ。

 見事な反撃や』


 ダメージを負った王子に、感嘆の声を上げるイアン。

 と――


「――で、王子先輩。

 まだ何か話あります?」


「へ?

 いや、それは……」


 ――今度は萌黄の方から切り出され、慌てて次の話題を探す王子。


(他に話題は……えっと……)


 そこで王子が思い出したのは、昼休みに合った紫織の言葉だ。

『あんなパフォーマンスを行おうとしたら、どれほどの練習が必要になるか』

 そんな風に、萌黄のパフォーマンスを見た事のあった紫織は、萌黄の事を認めるような発言をしていた。


「そ、そういえば!

 俺、萌黄ちゃんがこんなに努力家だったなんて知らなかったよ」


「――努力家?」


 何とかひねり出した王子の話題に、萌黄は思わず眉を顰めた。

 そんな萌黄に気づくことなく話題を続ける王子。


「だってこんなダンススクールに通って、まじめに練習してるじゃないか。

 やっぱり一流のパフォーマーは努力を欠かさないものなんだね」


「うーん……」


 思わず考え込んでしまう萌黄。

 そして――


「王子先輩、何か勘違いしてません?」


「勘違い?」


「だってボク、生まれてきてからこれまで、努力なんて一度もしたことがないですよ?」


「へ?」


 萌黄の答えに、王子は思わず呆けた声を上げた。


「ダンスも楽しいからやってるだけだし。

 ボクって自分の好きな事にしか興味が持てない人間なんだよねぇ。

 だからこうして話をするのも、興味のある人とじゃないと楽しくないんですよ」


「そ、そうなんだ……」


(ち、違う……。

 なんか色々と思ってたのと違う……)


 予想していた返しをことごとく裏切る萌黄に、王子は頭がパンク寸前だ。

 そして――


「ってワケで、もういいですよね?」


「へ?」


 ――唐突に終わりを宣言する萌黄。


「もうこれ以上話す事もないし、ボク、そろそろ上がりますね」


 そう言いながら、萌黄はサクサクと身支度を終えると――


「それじゃお先に失礼します、王子先輩。

 ――っと、そうだ。

 先輩、ボクと話がしたいなら、次からはもっと楽しい話題を用意しといてくださいね。

 でないとボク、先輩に興味持てないから。

 それじゃ、さよなら~!」


 ――そう言い残して立ち去ってしまった。

 残された王子は、呆然とその姿を見送ると――


「なっ、なっ……なんじゃそりゃあ――っ!」


 ――そんな敗者の悲鳴を上げたのだった。



     *



 翌日の昼休み――。

 人目を避けた屋上で、昼食のサンドイッチを齧りながら愚痴る王子の姿があった。


「ちくしょう、あの子なんなんだよ。

 あの萌黄ってやつ」


 愚痴の内容はもちろん昨日の一件だ。


『どうやら次のターゲットは“ナルシスト女”みたいやな』


 そう指摘したのはぬいぐるみのイアン。

 王子が思わず聞き返す。


「――ナルシスト女?」


『自信満々で自分大好き。

 自分の興味のある事だけで生きている楽天家。

 そんな感じやな。

 俺様と同じタイプやで』


「そう言われると、確かにあの子、イアンっぽいかも……」


『俺様は自他ともに認めるナルシストやからな。

 萌黄は俺様と同じ匂いがするで』


「くっ!

 だからこんなに面倒なのか……」


『失敬な!

 こんなに可愛いクマやのに!』


「イアン……ついにクマのぬいぐるみの自覚まで芽生えたのか……。

 いや、そんな事より、これからどうすればいいんだよ?」


『方向性は簡単やな。

 萌黄も言うとったやろ、楽しい話題を用意しとけって。

 “ナルシスト女”は楽しい事を貪欲に求める傾向があるからな。

 とにかく相手を楽しませて、こっちに興味を持たせるしかないで』


「楽しませるって……どうやって?」


『そんなもんは自分で考えや。

 とにかく相手を楽しませながら、キスするチャンスを待つしかないやろな。

 ナルシスト女は気まぐれやから、すぐその気になるかも知らんし、延々とその気にならん場合もある。

 その辺は運やな』


 イアンのアドバイスもいつもに比べて投げやりだ。


「ぐぬぬ……。

 成功するビジョンが全くみえないんだけど……」


『そりゃそうや。

 顔しか取り柄のない王子とは相性が悪すぎるわ。

 下手すりゃ紫織以上の強敵やで』


「生徒会長より!?

 ――ダ、ダメだ、上手くいく気がしない……」


 絶望的な状況に思わず頭を抱える王子。

 と、そのとき――


「見つけたわ、王子くん」


 ――塔屋から屋上へ、颯爽と現れた一人の女生徒。


「し、白雪先輩?」


 王子が驚いたその相手は、ゴシックファッションに身を包んだ、漫研部所属の天才芸術家、四阿白雪だった。


「ど、どうしたんですか?

 そんなに慌てて……」


「どうしたですって?

 それはこっちのセリフかしら」


 白雪はそういうと、王子に一枚の紙を渡す。

 王子が確認すると、それは――

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