王子とお姉ちゃん争奪戦

「どうしたですって?

 それはこっちのセリフかしら」


 白雪はそういうと、王子に一枚の紙を渡す。

 王子が確認すると、それは――


【王子のスキャンダルの行方。

 先生と生徒の禁断の恋。

 その疑惑の真相は?】


 ――そんなタイトルの、新たに発行された校内新聞のようだ。


「な、何だこりゃあっ!」


 王子は慌てて内容に目を通す。


『先日我々がスクープした、王子野王子くんと九重紅葉先生の熱愛疑惑。

 本人たちは疑惑を完全否定しており、読者からも捏造記事ではないかとの声が上がっていた。

 我々としても疑惑のままでは終われないと、追加取材を続けていたのだが、その中で有力な情報がもたらされた。

 それがこの写真だ。

 とある生徒が偶然撮ったというこの写真、親密そうに歩くこの二人だが、どう見ても王子くんと紅葉先生だ。

 この事実を紅葉先生に突撃インタビューしたところ――王子くんと外で会った事実は認めたものの、あくまで偶然出会っただけで、我々の想像するような関係ではないという返答を得た。

 確かにこの写真一枚の証拠だけでは、違うと証言されてしまえばそれまでだ。

 だが我々は諦めず、しつこく取材を敢行したところ、たった一言だけだが、紅葉先生から重要な言質を引き出すことに成功した。

『もう終わった事だから、しつこく聞きに来ないで』

 彼女は確かにそう言ったのだ。

 確証はない、あくまで取材を続けてきた我々の想像だ。

 だが我々は『終わった事』というこの一言から、王子くんと紅葉先生は男女の仲であったものの、最近になって破局してしまったと考えている。

 先生と生徒という禁断の恋に身を焦がし、別れという悲しい結末に達してしまった――二人の間にはそんな悲しいドラマがあったのではないだろうか。』


「い、いつの間にこんな写真を……?」


「これは先ほど掲示板に張り出されたばかりの校内新聞よ。

 ねぇ、これは一体どういう事かしら?」


 驚く王子をよそに、白雪の語気に怒りが込められていく。


「ねぇ王子くん、約束したわよね?

 秘密を守る代わりに、起きた事は欠かさず報告してくれるって?

 なのに私の知らないうちに、いつの間にこんな楽しいことになっているのかしら?」


「そ、それは……」


「どうして約束を守らないの、王子くん?

 もしかして王子くんは、私の事をどうでもいい女だと思ってるんじゃないかしら?」


「い、いえ決してそんなことは……」


 グイグイ詰めてくる白雪に思わず――


(どうでもいい女じゃなくて面倒な女だと思ってます……)


 ――そんな失礼なことを考える王子。


「……今何か失礼なことを考えたかしら?」


「い、いえいえそんな! 滅相もない!」


 見事に態度に出る王子に、やれやれと白雪は首を横に振る。


「……ねぇ王子くん。

 勘違いして欲しくないのだけれど、私は何も興味本位で、事の経緯を聞きたいわけじゃないのよ?」


「そ、そうなんですか?」


「そう、そうなのよ。

 私はあくまで君の事が心配だから、どうしているのかと気になってしまうのよ。

 だからね、王子くん。

 あったことは全て、私に話してくれないかしら?」


 いかにも心配していますといった様子を見せる白雪。


「こんな風に隠し事はして欲しくないわ。

 だって心配で胸がはちきれてしまうから」


「い、いえ、隠し事なんてそんなつもりは……」


 チョロい王子は、慌てて言い訳を始める。


「今度イアンを預けるときに、ついでに話そうかと思っていたんです。

 ほ、本当ですよ?」


「そうなの?

 ふーん……だったらいいわ」


 その返事を聞き、白雪の瞳が怪しく光る。


「これからはちゃんと話してね、何でも相談に乗るから。

 ――そうだ、王子くん。

 これからは私をお姉さんだと思いなさい」


「お、お姉さん?」


「そうよ。

 何でも相談できる近所のお姉さん。

 私の事はそう思っていいのだわ」


 白雪がそう宣言する。

 そのとき――


 ――ガタッ!


 ――塔屋の方で大きな音がした。

 見るとドアに寄り掛かるように、こちらをのぞき込んでいる女生徒がいた。


「ア、アカ姉?」


 その正体は、王子の幼馴染で副生徒会長の二階堂朱音だ。


「プ、プーちゃん……。

 これはいったいどういう事なの?」


「へ?」


 今度は朱音に詰め寄られ、呆けた声を上げる王子。


「最近、生徒会室に来ないと思ったら、まさか他のところに別のお姉ちゃんを作っていたなんて……。

 許せない、許せないわ!」


「ちょ、ちょっとアカ姉……?」


「どうしてなのプーちゃん!

 今まで散々面倒見てあげて、その上キ、キ、キ、キスまでしてあげたのに!

 私の事はもうどうだっていいの?

 お姉ちゃんなんていらないっていうの?」


「ま、待って!

 落ち着いてアカ姉!」


 慌てふためく王子に目もくれず、今度は白雪に食ってかかる朱音。


「白雪さん、貴女もよ!

 貴女がお姉ちゃんってどういう事なの!

 勝手なことを言わないで!」


 だが白雪も負けてはいない。


「あら、朱里さん。

 私が王子くんとどういう関係になろうと、貴女には関係ないんじゃないかしら?」


 そう朱音に言い返すと、もたれかかるように王子の肩に手をかける白雪。

 その様子を見た朱音がサッと顔色を変える。


「――っ!

 あ、貴女、どうしてプーちゃんに触れてるの?」


「そんなの決まっているじゃない。

 私と彼が、そういう関係だからよ。

 だから朱音さんも、キスしてた程度で彼の姉さんぶるのは止めた方がいいわ」


「なっ、なんですってぇ!」


「それにガミガミ怒鳴るのもどうかしら?

 姉だというならもっと弟をいたわるものじゃなくて?

 そう考えると私の方が、彼の姉としてふさわしいように思うのだけれど?」


「ふ、ふざけないで!

 私とプーちゃんは小学校の頃からの付き合いなの!

 ずっと姉弟同然で育ってきたんだから!]


「だけど最近の事なら、朱音さんより私の方が詳しいんじゃないかしら?

 あらあら、いったいどちらが、彼の姉にふさわしいのかしらね?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 朱音は鬼のような目で白雪を睨むと、再度王子に食ってかかる。


「プーちゃん!

 プーちゃんはどう思うの!」


「へ?」


「そうね、彼に決めてもらいましょう。

 どちらが姉にふさわしいのかを」


 朱音に乗っかり、王子を追い詰める白雪。


「へ? へ?」


「プーちゃん、私よね?

 私がお姉ちゃんよね?」


「二階堂さん、無理強いは良くないわ。

 さあ王子くん、どちらを選ぶのかしら?」


「いや、それは……」


「さぁどっち?」

「どっちかしら?」


「…………」


「「ほら、選んで!」」


 どっちを選んでも地獄の状況に王子は――


「…………俺は」


「「俺は?」」


「俺は――――一人っ子だぁあああああっ!」


 ――イアンの入ったバッグを引っ掴み、ダッシュで屋上から逃走を図る。


「あ、コラ! プーちゃん!」

「待ちなさい、王子くん!」


 後ろで聞こえる二人の姉の声を振り切って、王子はその場を離脱したのだった。

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