王子と積極的な萌黄

「はぁ、はぁ、なんとか逃げ切ったか……」


 姉争奪戦が繰り広げられた屋上から、何とか逃げ出した王子。

 勢いで逃げてきた校舎裏で、ハァハァと息を整えていると――


「あ、王子先輩」


「ひぃっ!」


 ――突然の呼びかけに、王子は思わず身をすくめてしまった。


「……どうしてそんなにビビってるの?」


「な、なんだ、萌黄ちゃんか」


 現れたのは王子が恐れる姉候補二人ではなく、ロリ巨乳アイドルの七瀬萌黄だった。


「はい、みんな大好き萌黄ちゃんですよ。

 ところで王子先輩。今日はレッスンに来ますか?」


 昨日の事がなかったかのように、気さくに声をかけてくる萌黄。


「レッスンてダンスの?

 う、うん、一応行くつもりだったけど……?」


 萌黄の様子に戸惑いつつも返事をする王子。

 すると萌黄は「よかったぁ!」と、はじけるような笑顔を見せた。


「それじゃ王子先輩。

 レッスンの後、少し時間いいですか?」


「へ? 時間?

 いいけど……何で?」


 戸惑う王子に、萌黄はさらに可愛く微笑む。


「ボク、先輩とお話ししたいなーって思って♥」


「へ?」


「それじゃ放課後、ダンススクールで!

 約束ですよ~!」


 そう言い残すと、スキップする勢いで萌黄は立ち去っていった。


「イ、イアン……どうなってんだ、アレ?」


『さぁ?』


 残された王子は意味が分からず、イアンと首をひねるばかりであった。



     *



 放課後のダンススクールにて。

 ダンスレッスンを終え――


「――というわけで王子先輩!

 お話しましょう!」


 ――食い気味に話しかけてくる萌黄に、思わずたじろぐ王子。


「あ、いや、お話はいいんだけど……。

 いったいどうして?」


「そんなの決まってるじゃないですか!

 コレですよ、コレ!」


 そう言って萌黄が見せてきたのは、昼間に見た校内新聞だった。


「ねぇ、コレに書いてある事って本当なんですか?

 先生と生徒の禁断の恋!

 やーん、ス・テ・キ♥

 ボクって自分の恋愛には興味ないんだけど、その代わり、他人の恋愛には興味深々なんだよねぇ~」


「な、なるほど、コレが原因だったのか……」


 萌黄の急な態度の変化に、ようやく納得する王子。


「ねぇ先輩、教えてくださいよぉ。

 紅葉先生と、実際は何があったんですか?」


「いや、それは……」


 興味津々の萌黄に対し、どう誤魔化そうかと王子が悩んでいると――


『おい王子、ちょい待ちぃ』


 ――と、イアンから待ったが入った。


(な、何だよイアン?)


『作戦会議や、ちょっと席外せ』


(わ、分かったよ)


 イアンの指示に従い、イアンの入ったバッグを手に持つと、王子はその場を離れようとする。


「ご、ごめん萌黄ちゃん。

 ちょっとトイレに……」


 ――――――

 ――――

 ――


 ――トイレへと場所を移した王子。


「で、何だよイアン?」


『ええか王子、これはチャンスやぞ』


「へ? なにが?」


『だからあの新聞や。

 今まで王子の事なんて眼中になかった萌黄が、新聞のお陰で向こうから興味を持ってくれたんや。

 コレを利用せんでどうすんねん』


「利用って……いったいどうするんだよ?」


『せやから萌黄ちゃんが喜ぶよう、嘘でもなんでも適当に盛り上げて、こっちに興味を向けさせるんや』


(そんな事言ったって……。

 嘘っていっても何を言えば……)


『いつも通りでええやんけ。

 お前、適当に話を盛って話すの得意やろ?」


「な、なに言ってるんだよ!

 自慢じゃないけど、アレルギーを隠すための嘘は慣れてても、それ以外は顔に出るってアカ姉からももっぱらの評判だぞ?」


『変なもんに自信持っとるんやないで』


 呆れるイアンは、何かを思いついたようにポンと手を叩く。


『よし、しゃーないなぁ。

 せやったら王子、俺様に体を貸せ』


「はぁ?

 な、何で!?」


『王子の代わりに俺様が適当に話合わせたるわ。

 なんやったらキスまでしてやってもええんやで』


「い、いやでも……」


 以前体を貸したとき、イアンが母親の胸を揉もうとしていたことを思い出す王子。


「やっぱりだめだ!

 イアンに体を貸すと、母さんの時のようにまた余計な事しそうだし……」


『大丈夫や、もうあんな事はせえへんから。

 それに、あの時だって簡単に体の主導権を取り返せたやろ?

 アカンと思たらまたそのタイミングで取り戻せばええだけやん』


「そ、それは確かにそうだけど……」


 煮え切らない王子にイアンが煽る。


『――はぁ、いつまで迷うてんねん?

 どうせ王子には解決できへんねんやから、俺様に任せとけって。

 それとも王子にアイツが何とか出来るんか?」


「うっ……それは……!」


『ムリや、王子に萌黄は手に負えへんわ。

 今のお前に出来るんは、俺様に任せることだけや』


「ぐぬぬ……」


 歯ぎしりしながら別の方法を考えるも、何も思いつかない王子。


「わ、わかったよ。

 じゃあ頼むけど、くれぐれも余計な事はするなよ?」


『分かっとるって。

 それじゃ行こか』


 結局イアンの提案に乗っかる王子だった。


 ――――――

 ――――

 ――


 そして萌黄の元へ戻ってきた王子――の体を借りたイアン。


「お待たせ、萌黄ちゃん。

 それじゃ聞かせてあげるよ。

 俺と紅葉先生の、甘く悲しい恋の物語を――」


 そうして萌黄に適当なことを言って聞かせるのであった。

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