王子と萌黄の情報源

「――とまぁ、そういうわけだ」


「うぅう……クスン……。

 王子先輩と紅葉先生の間に、そんな悲しい事があったなんて……」


 どうやら萌黄は、すっかりイアンの適当な話を信じてしまったようだ。


『――って、イアン……これはちょっと盛り過ぎじゃね?

 ハ〇ウッド版ドラ〇ンボールくらい話が変わってるんだけど……』


 王子が苦言を呈するもイアンはどこ吹く風だ


(萌黄にウケれば何でもええんや、気にすんな)


『うぅ……俺と紅葉先生との思い出が汚されていく……』


 王子は嘆くが、体を貸してしまっている状況では何もできない。

 そんな王子を横に、萌黄はいたく感じ入った様子。


「感動したよ、王子先輩!

 先輩がそんな素敵な恋愛をしてきたなんて!」


「アハハ、そうだろうそうだろう」


「でも……それって本当なの?

 ボクにはどうも信じられないなぁ」


「へぇえ、それはまた、どうしてかな?」


「だって今までの先輩を見てきて、そんな面白い人間だとは思えなかったんだもん。

 なんて言うか、全てにおいて受け身な人間って感じ?」


『ぐぬっ、あ、当たってる……』


 萌黄の指摘に、図星を刺されてダメージを受ける王子。

 だがイアンには通じない。


「へぇ、萌黄ちゃんには俺がそう見えてたんだ。

 それじゃあ――」


 ――クイッ!


 王子の体を借りたイアンは、萌黄を抱き抱えると顎クイを決めてみせる。


「俺が本当はどんな人間なのか、その体に教えてあげなきゃね」


『ちょっ!

 何やってんだイアン!?』


 思わぬイアンの行動に、驚きの声を上げる王子。


(ええから任せてとけって。

 久々やしこのままキスまでやったるで!)


『それ、お前がキスしたいだけじゃないか!』


 王子がクレームを入れるもイアンは無視。

 そのまま萌黄を 抱き寄せ、唇を重ね――


「んむっ!」


 ――る寸前、萌黄の手が王子の唇を防ぐ。


「――なるほど、これが先輩の手口なんだ。

 そうやら噂は本当だったみたいね」


「う、噂?」


「ええ――王子先輩って、いろんな女とキスをして回ってるんでしょ?」


 萌黄の不意の発言に、思わず動揺してしまう王子。


『――なっ! ど、どうしてそれを!?』


(――待つんや、王子!)


『な、何で止めるんだよ、イアン?

 どうしてキスの事を知ってるのか聞き出さないと!』


(分かっとる! でもその前に――)


 ――ぎゅるるるるっ!


 激しい腹痛が、王子の体を借りたイアンを襲う。


「ま、待っとけや、萌黄ちゃん!

 すぐ戻ってくるから!」


 そう言ってトイレに逃げ出すイアン。

 その後姿を見送りながら――


「……なんで急に関西弁?」


 ――小首をかしげる萌黄であった。


 ――――――

 ――――

 ――


 そしてトイレに逃げ込んだイアンは、すぐに体を王子に返す。


『ふいぃ……。

久々の呪いはキツかったで。さすがに焦ったわ』


「だからってこんな時だけすぐ俺に体を戻すなよ!

 ぐぉおおおっ、腹がぁああああっ!

 失敗したのはイアンなんだから、最後まで責任持てよ!」


『まぁまぁ、お前の失敗はお前のもの、俺の失敗もお前のものってな』


「なんだよその嫌なジャイアニズムは!」


 そうして王子は大の方へと駆け込む。

 十分後――。


「はぁあ、ようやく収まった……」


 ようやく腹痛から解放された様子の王子。


『しかしなぁ……』


 先ほどの萌黄の様子を思い出し、イアンは首をひねる。


『萌黄のヤツ、なんでキスの事知っとったんや?』


「――そ、そうだよ!」


 王子も慌てて同意する。


「もしかして萌黄ちゃん、俺の呪いの事まで知ってるんじゃないのか?」


『うーん、どうやろな?

 どこまで知ってるかは本人に聞いてみんと分からんわ』


「ぐぬぬ……。

 もう一度聞きに行くしかないか……」


 そうしてトイレから、王子は再び萌黄の元へと戻る――。


 ――――――

 ――――

 ――


「お、お待たせ萌黄ちゃん」


「ああ、王子先輩。

 もうトイレはいいのかな?」


「な、何でトイレの事まで――!?」


 驚く王子に、萌黄は事も無げに答える。


「そりゃ色々と聞いてますからね。

 ――黒子ちゃんに」


「く、黒子ちゃん?」


 思わぬ人物の名前に驚く王子。


「例えばいろんな女とキスして回ってる事とか。

 ぬいぐるみに話しかける事とか。

 何故かしょっちゅうトイレに駆け込んでる事とか」


「なっ!?

 何でそんな事まで黒子ちゃんが知ってるんだ!?」


 黒子に行動が把握されていることに取り乱す王子だったが――


『あー…………』


 ――イアンは何だか納得顔だ。


(おいイアン。

 『あー』てなんだ、『あー』て?)


『いやだって、黒子ちゃんならしゃーないわ。

 だってアイツ、王子のストー――』


(何で黒子ちゃんなら仕方ないんだ!?

 分からない、俺には全く意味が分からないからな!)


 ――全力で気付かないフリをする王子であった。


「……で、王子先輩」


 そんな王子に向かって、萌黄が話題を切り替える。


「どうしてそんなに女の子とキスしたいんですか?」


「そ、それは……」


「ひょっとしてボクともキスしたいんですか?」


「い、いやその……」


「どうなんですか? ねぇ先輩?」


「うぅう……」


「むぅう、はっきりしない男ですねぇ。

 これだから童貞は……」


「どどど、童貞ちゃうわ!

 わ、分かった、認める!

 俺は萌黄ちゃんとキスしたい!

 コレでいいだろ!」


「うーん、開き直られるとそれはそれで……」


「じゃあどうすればいいんだよ!?

 つか、こんな事聞き出してどうしたいんだよ!?」


「そうですねぇ……。

 条件さえクリアしてくれれば、別にキスくらいしてあげてもいいですよ」


「――――へ、マジ?」


「ええ、条件。ボクを楽しませてくれれば、ね♥」


「た、楽しませ……っていったいどうやって……」


「それなら任せてください。

 ボクに一つ、考えがあるんですよね~」


「か、考え……?」


「いずれ分かりますよ。

 それじゃ先輩、また明日~♡」


 意味深なセリフを残し、萌黄はダンススクールを後にする。


「な……何か、最後の笑顔が怖い……」


 残された王子は、嫌な予感がして仕方がないのであった。

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