王子と萌黄の罠

 翌日――。

 昨日の事を思い出しながら、学校へと向かう王子。

 校門をくぐり、校舎入口へと向かう。


「――うーん。

 萌黄ちゃん、『楽しませてくれれば』って言ってたけど……。

 一体何をすればいいんだ?」


『いや、王子……。

 あれは何かしてもらおうと思ってる態度やないやろ。

 むしろ逆に何か面白い事をやってやろうって感じやったで」


「面白い事をって、一体何を……?

 って、なんだ?」


 校舎入口に差し掛かると、掲示板の前に人だかりが出来ているが見えてきた。

 何だろう? ……と王子が掲示板をのぞき込むと――


【衝撃告発!

 あの王子様がストーカー?

 アイドルを狙う嘉数高校のプリンス!】


 ――そんなタイトルの新たな校内新聞が張り出されていた。


「な、何だこれ!?」


 慌てて内容を確認する王子。


『我が新聞部にとある告発文が届いた。

 差出人は不明だが、その内容は衝撃だった。

 最近お騒がせのあの王子野王子くんが、今度はとある女性のストーカーを始めたと指摘されていたのだ。

 しかも相手が一年生の七瀬萌黄――なんと今話題のアイドル『MoE《モエ》』だという。

 王子くんは彼女の通うダンススクールを突き止め、ダンスを習うフリをして接近し、挙句強引にキスを迫った――と告発文では語られていた。

 上記の写真はその証拠として送られたものだ。

 七瀬さんと同じフロアでダンスを習う王子くんと、萌黄さんを抱き寄せている王子くんの姿が捉えられている。

 この告発文のどこまでが本当かは分からない。

 だが少なくともこの写真から、王子くんが七瀬さんに付きまとっているのは間違いないと考え、我々はこの記事を公開することにした。

 かつての学園の王子様の変容を、全校生徒に警告するためである。

 王子くんは今までの王子くんではない、もはやただの性欲モンスターだ。

 特に女子生徒は気を付けてほしい。

 彼の次の標的は、もしかしたら貴女かもしれないのだから』


「俺が萌黄ちゃんのストーカーだって!?

 どうなってんだよこれ!」


『王子がダンススクールに通ってる事までバレてんなぁ。

 しかも写真まで撮ってるやなんて』


 掲示板に向かって騒ぐ王子に――


「最低! ストーカーですって!」


「あの王子くんがそこまで落ちぶれたなんて……」


「信じてたのに……私だけは信じてたのに……」


 ーー周りの野次馬たちも遠巻きにざわざわと騒ぎ出した。


「ち、違うって!

 俺はストーカーなんかじゃないから!」


 慌てて弁明しようとする王子。

 と、そこへ――


「おはよー、王子先輩」


「も、萌黄ちゃん!」


 ――能天気に現れたのは、もう片方の渦中の人物である萌黄だ。

 萌黄の姿を見つけた王子は、野次馬を避け彼女を校庭の端へと連れていく。


「た、大変なんだ、萌黄ちゃん!

 今キミと俺のとんでもない噂が流れてて――」


「ストーカーの話?

 それなら知ってますよ、大変ですよねぇ」


 大変な事が起きたと相談する姿勢の王子に、萌黄はなぜだか他人事な様子だ。


「知ってるって……もう校内新聞読んだのか?

 だったら頼むよ!

 一緒に記事を否定してくれ!」


「え~、何でそんな事しなきゃいけないんですか?」


「何でって……誤解を解くのに理由なんかいらないだろ!

 それに君だってアイドルなんだから、変な噂が流れるのは困るんじゃないのか?」


「うーん、別に困らないかな?

 それに……」


 そこで萌黄は満面の笑みを浮かべる。


「――この情報をリークしたの、実はボクなんですよねぇ」


「は? ……はぁあっ!?」


 信じられない萌黄の告白に、思わず大声をあげてしまう王子。


「ど、どういうことだよ!?

 萌黄ちゃん!」


「昨日、あれからウチに帰って、王子先輩と話したことをまとめて、新聞部HPの投書コーナーにメールしてみましたぁ!

 黒子ちゃんからもらった写真を添えてね♥」


 こともなげに答える紅葉の言葉で、イアンは納得の声を上げる。


『なるほどなぁ。

 あの校内新聞の写真、いったい誰がいつ撮ったんか気になってたんやけど……。

 黒子が撮ったんか、納得やわ』


(は?

 何で黒子ちゃんがおれの写真なんか……?)


『そりゃお前、黒子がお前のストー――』


「そ、そんな事より萌黄ちゃん!」


 全力で見ないフリをする王子は、慌てて話題を元に戻す。


「新聞部にリークなんて、なんでそんな事するんだよ!?」


「だから言ったでしょ、ボクを楽しませてって。

 そんなことより……いいんですか先輩、逃げなくて?」


「へ? 逃げる?」


 と、そのとき――。


「見つけたぞぉっ! ストーカー王子だ!」


 ――そんな大声が校舎の方から上がった。


「へ?」


 王子が慌てて確認すると、校舎入口からこちらを指さす男子生徒がいた。

 そしてその大声を合図に、校舎から大勢の男子生徒たちがゾロゾロと湧いて出てくる。


「いたぞ、逃がすな!

 ストーカーを捕まえろ!」


「殺すでござる!

 二度と近寄れないよう殺すでござる!」


「なぁっ!」


 不穏な掛け声を上げながらこちらに向かってくる男子生徒たち。

 どうやら萌黄のファンたちのようで、その迫力に思わず震えあがる王子。

 そんな王子に向かって――


「それじゃ頑張ってくださいね、先輩♥」


 ――ニコリと笑顔を見せると、紅葉は足取り軽く去っていく。


「あ、悪魔だ……悪魔の微笑だ……」


 そんな萌黄を青ざめた顔で見送る王子。

 そして――


「ストーカー死なすべし!」


「ガチ恋ハブるべし!」


「繋がり潰すべし!」


「「「異端者は殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 ――ワァアアアアアアアッ!


 殺気立ちながら押し寄せてくる萌黄の信者たちに――


「ひぃいっ!

 た、助けてぇっ!」


 ――王子は慌ててその場から逃げ出すのであった。

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