王子と七瀬萌黄――攻略終了――

 その日の放課後――。

 ダンススクールのエントランスで、レッスン休憩中の萌黄に呼び止められた王子。


「ねぇ王子先輩、分かってますか?」


 なぜだか不機嫌な様子の萌黄に、王子は戸惑いの色を隠せない。


「は、はぁ……」


「ボク本当は謝りたくなんてないんですよ?

 でも黒子ちゃんが『謝らなきゃ絶交』だなんていうから……。

 仕方なく謝ってるんですよ、仕方なく」


 そんな萌黄のセリフに――


『なるほど、萌黄が謝ったんは黒子のせいか。

 ナルシストな人間が謝るなんてどういうこっちゃと思ったけど納得や』


 ――そう納得するイアン。

 それに対して王子は――


(そ、そもそもなんで萌黄ちゃんが黒子ちゃんと繋がってんの……?)


 ――と戦々恐々な様子。

 そんな王子に、萌黄はさらに言い募る。


「――って王子先輩、話聞いてます?

 ボクが嫌々謝ろうとしてるって、ちゃんと分かってるんですか?」


「わ、分かってる、分かってるって」


「……そう? だったらいいです。

 それじゃ――」


 ようやく一息ついた萌黄は、改めて王子に向き直り、深々と頭を下げる。


「王子先輩、いろいろとイジワルしてごめんなさい!」


 そして頭を上げた萌黄は、上目遣いに王子を見ると――


「……許してくれる?」


 ――と、媚びるように瞳を潤ませる。


(うっ! か、可愛い……)


『おーっ、さすがはアイドル!

 自分の可愛さを完璧に理解してる上目使いやで』


 萌黄の可愛さに思わずやられてしまった王子とイアン。


「ねぇ、許してくれるでしょ、王子先輩?」


「わ、分かった、許す、許すよ」


 さらに言い募られ、思わず許してしまう王子。

 と、その瞬間――。


「ホント? 良かったぁ~!

 これで黒子ちゃんとの約束も果たしたし、肩の荷が下りたよ。

 あ、王子先輩はもう帰っていいから」


「か、変わり身はやっ!」


 萌黄の切り替えの早さに思わずツッコむ王子だったが、萌黄の方はもう用はないといった態度だ。


「じ、じゃあ……」


 王子も何とか気持ちを切り替えると、帰ろうとダンススクールの出口へ向かう。


(はぁあ、疲れた……。

 萌黄ちゃんと関わるととんでもなく疲れるよ)


 ダンススクールを出て、エレベーターホールへ。

 その道すがら、これまでの事を振り返る王子。


(でもこれで、何とか助かったよなぁ~。

 結局キスはできなかったけど……まぁ仕方ないよ。

 これ以上萌黄ちゃんに振り回されるのは御免だし、諦めるしかないね。

 これからは彼女になるべく関わらないようにしよう。

 ダンススクールに来るのも今日が最後に……)


「あ、待って王子先輩!」


 エレベーターを待っている王子の背に、追ってきた萌黄から声がかかる。


(――うっ!

 関わらないって決意したばかりなのに……)


 恐る恐る萌黄に返事をする王子。


「な、何かな萌黄ちゃん?」


「謝ったのは黒子ちゃんに言われたからだけど……」


 王子に追いついた萌黄は、その低い身長を生かし、潜り込むように王子の懐へ接近する。

 そして――。


「それでも一応反省はしてるんだよ?

 ちょっとやり過ぎちゃったかもしれないな~って。

 だから――」


 萌黄は王子の首に抱きつくように腕を回すと――


 ――チュッ♥


 ――そのまま瞬のスキを突き、王子の唇を奪う。


「――――っ!?」


「――ボクとキスしたかったんでしょ?

 だからこれはお詫びの印ね」


 そう言って腕をほどくと、悪戯が成功した子供のような笑顔を見せる萌黄。


「なっ、なっ!」


「あ、これ、黒子ちゃんには内緒にしてくださいね。

 それじゃ!」


 動揺収まらない王子を残し、萌黄は手を振りながらダンススクールへと戻っていった。

 そして――。


 ――ギュルルルルルルルッ!


「うぐっ!

 と、とにかくトイレに……」


 いつもの腹痛に襲われ、トイレへと駆けてゆく王子。


「…………」


 そんな王子の後姿を追う無言の視線。

 いつからそこにいたのか、階段に通じる出入口の陰から王子を見送る影があった。

 黒髪で黒縁眼鏡の少女――彼女は――


 ――――――

 ――――

 ――


 ――ジャー、ゴボゴボゴボ……。


 トイレを流す音と共に、ようやく個室の方のドアが開く。


「ふぃい……ようやく落ち着いたよ」


 出てきた王子は洗面所に向かい手を洗い始める。


「それにしても……。

 まさか萌黄ちゃんが、いきなりキスしてくるなんて……。

 俺としては助かったけど……何考えてんだろ?

 最後まで行動の読めない子だったな」


『まぁ前に王子の言うてた通り、萌黄は悪魔やったって事ちゃうか。

 いわゆる男を惑わす小悪魔っちゅうやつや』


 いまだに困惑しきりな王子に、イアンはしたり顔でそう答えた。

 そんなイアンが顔を覗かせているバッグを担ぎ直すと、王子はトイレから外へ出る。


「小悪魔か……。

 まぁ確かに振り回されたよな。

 紫織さんと並んで、俺の人生史上一位二位を争う厄介さんだったよ……」


 そんな会話をしながらエレベーターホールへと戻っているとき――


 ――ゾクッ!


 突然感じた寒気に、足とセリフを止める王子。

 背後からの異様な気配に、王子が慌てて振り返ると――


「く、黒子ちゃん!?」


 階段口の陰から王子の様子をうかがう、黒髪で黒縁眼鏡の少女――黒子がいた。


「ど、どうしてこんなとこに!?」


「……見てましたよ、王子先輩」


 階段口から体を半分だけ覗かせて、黒子が王子に質問を投げ掛ける。


「先輩、しましたね?」


「し、したって何を?」


「――キスですよ。

 私の友達の七瀬さんと」


 そういって半分だけ覗かせた黒子の顔がニヤリと歪んだ。


「――――っ!」


 その瞬間、再び王子の背筋が凍る。


「いや待って!

 これはその、違うから!

 とにかく違うから!」


「慌てなくても大丈夫ですよ。

 別に怒ってませんから」


 慌てて言い訳しようとする王子に、寛容な態度を見せる黒子。


「そ、そうなの?」


 その様子に王子はホッと胸をなでおろした。

 だが――。


「ええもちろん。

 むしろ嬉しいくらいですよ。

 私のために頑張ってくれてるんですから」


「へ? 私のため?」


 ――思いもしない黒子のセリフに、思わず聞き返す王子。

 だが黒子はそれに答えず、ニヤリと不気味に微笑むと――


「キス、頑張ってくださいね。

 私、待ってますから」


「ま、待つって何を……?

 って、ちょ、黒子ちゃん?」


 ――そのまま王子が止めるのも聞かず、階段へとその姿を消したのだった。


「…………」


 一方取り残された王子は、状況に思考が追いつかずフリーズしたまま黒子を見送ることしかできない。

 そこへ――。


『どうやら一番厄介なんは、紫織でも萌黄でもなくてくろ……』


「やめて言わないで!

 何のことだか俺にはさっぱりわからないなぁ~!」


 イアンの指摘で再起動した王子は、全力で現実から目をそらすのであった。


 がんばれ王子! 負けるな王子!

 解呪まであとキス四人分だ!

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