王子とラブコメディらしからぬ完全犯罪

「ひぃ、はぁ、ひぃ、はぁ」


 息を切らせながら必死で階段を上る王子。


『しつこい奴らやなぁ。

 どや、上手く撒いたか?』


「わ、分かんない……。

 と、とにかく人のいないところへ……」


 萌黄の信者から行き当たりばったりで逃げ続け、今は校舎を上へ上へと逃亡中。

 そして――到着したのは晴天の屋上だ。


「屋上……あっ、しまった!」


『思いっきり行き止まりやな』


 その事実に気付き、慌てて踵を返そうとするも――


「いたぞ! 上だ!」


 ――すでに下の階まで迫っていた信者たちが、ドタドタと階段を駆け上がってきた。


「追い詰めたぞ! 捕まえろ!」


「ひぃいいいいいいいっ!」


 逃げ場のない王子は、屋上を囲むフェンスまで追い詰められ、あっという間に萌黄ファンに取り囲まれてしまった。


「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


「ダ、ダメだ、こ、殺されるぅう……」


 信者たちの「殺せ」コールに、自分の命運が尽きたことを知る王子。

 と、その時――


「王子野王子、貴様にチャンスをやろう!」


 ――信者の一人からそんな提案が挙がった。

 王子は「もしかして助かるのか?」と期待に目を輝かせるも――


「このまま俺たちに殺されるか、ここから自主的に飛び降りるか、好きな方を選ばせてやる!」


「全然チャンスじゃない!?」


 ――やはりそんな都合のいい話はないようだ。


「オススメは自分で飛び降りる方だぞ。

 ひょっとしたら生き残る可能性があるからな」


「そうそう。

 自殺なら俺たちも手を汚さずに済むし、ウィンウィンじゃないか」


「どっちにしろお前は死ぬんだよ。

 あとは俺たちに前科がつくかつかないかだ」


 口々に死を迫ってくる信者たちに、王子はもはや成す術もない。


「な、なんだかとんでもなくデンジャーなことを言われてるんですが……」


『ラブコメディらしからぬ不穏なゼリフやな』


 ひきつった顔で成り行きを見守る王子と、呆れたようにツッコむイアン。

 すると痺れを切らしたように――


「おい、早く選べ!

 あと十秒だけ待ってやる!」


「ホラ、じゅー、きゅー、はーち、なーな……」


 ――とカウントダウンを始める信者たち。


「ま、待ってくれみんな!

 誤解なんだ! 話を聞いてくれ!」


 慌てた王子が、最後の足掻きとばかりに言い訳を捲し立てる。


「俺と萌黄ちゃんが付き合ってるっていうのは真っ赤な嘘なんだ!

 本当は――」


「――ゼロ! 時間切れだ!」


 だが無情にもカウントが尽き――


「みんな、殺っちまえ!」


「「「おぉおおお――っ!」」」


 ――一斉に信者たちが王子に襲い掛かった。


「ひぃいいいいいいっ!」


 そのまま王子は信者たちに担ぎ上げられると、フェンスの上へと持ち上げられる。


「お前ら、このまま屋上から投げ捨てろ!」


「ちょっ! 待って!

 ホントに落ちちゃう!」


「いいか、証拠は残すなよ!

 あくまでこれは自殺だ!

 自分で飛び降りたように偽装するんだ!」


「なにそのラブコメディらしからぬ計画性!?」


「「「落とせ! 落とせ! 落とせ!」」」


「助けてぇええええええええっ!」


 まさに絶体絶命!

 王子の体の半分がフェンスを越え、屋上から落ちようとする――

 まさにその瞬間――


「待って、みんな!」


 信者たちの背後から、呼び止めるような声がかかる。

 彼らが一斉に振り返ると、屋上の塔屋――屋上へ上がってくる階段から、息を切らせてた萌黄が姿を現したところだった。


「やめてみんな!

 王子先輩を下ろして!」


 そんな萌黄の声に、戸惑った様子を見せる信者たち。


「な、七瀬ちゃん?」


「ど、どうして止めるんだ?

 こいつは七瀬ちゃんを泣かせたんだぞ!」


「そうだ!

 コイツだけは許さない!」


 口々に不満を述べる信者たち。


「だから違うの!

 ボクが悪いんだよ!

 ボクがみんなに嘘をついたから!」


 だがそんな萌黄の言葉に、信者たちは一斉に静かになる。


「う、嘘?」


「ど、どういう事なんだ、七瀬ちゃん?」


 戸惑いを越え困惑した様子の信者たちに、萌黄は神妙な面持ちで語り掛ける。


「ボクと王子先輩が付き合ってるっていうのは嘘なんだよ。

 あのキスもキスをしたふりをしただけで、本当は何もしてない。

 ちょっとしたドッキリのつもりだったの。

 それでみんな面白がってくれるかなって思って……」


「そ、そうだったのか……」


「でも先輩には土下座されるし……。

 みんなはラブコメディらしからぬ完全犯罪を目論むし……。

 まさかこんなことになるなんて……」


「な、七瀬ちゃん……」


「みんな、ごめんなさい。

 ボクの嘘のせいでみんなを嫌な目に合わせちゃって……」


 そう言った萌黄の頬を、ツゥーっと涙が伝う。

 その瞬間――


「何言ってるんだ!

 俺たち何とも思ってないよ!」


「そうだそうだ!

 楽しかったよな、みんな!」


「「「おーっ!」」」


 ――一斉に萌黄のフォローを始める信者たち。

 その様子を見た萌黄は、感激した様子でさらに涙を流す。


「みんな……ありがとう!」


「「「うぉおおおおおおおっ!」」」


「「「MoE《モエ》! MoE《モエ》! MoE《モエ》!」」」


 鳴りやまないMoE《モエ》コールに、途中から放り出されていた王子は――

――


「な、何だこれ?

 どゆこと?」


『さ、さぁ……?』


 イアンとともに、その急展開についていけない様子であった。

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