王子と命をかけた鬼ごっこ

「どこ行った、あのクソ野郎!」


「逃げ足だけは早いなアイツ!」


「そう遠くへは行ってないはずだ、探せ!」


「見つけ次第、殺せ!」


 そんな物騒な会話を残し、走り去っていく信者たち。


「……行ったか」


 その様子を校舎の影から確認し、ホッと胸をなでおろす王子。


「くっそぉ、最悪だ!

 なんて女だ、七瀬萌黄!」


 ひとまず安全が確保された途端、王子の愚痴が止まらない。


「まさか泣きだすとは思わなかったよ。

 あのタイミングで泣かれたら、決死の土下座も台無しじゃないか。

 あぁあ、これでまた俺が悪者に……」


『確かにアレは予想外やったなぁ』


「やっぱりアイツは悪魔だ!

 ウソ泣きまでして俺を陥れるなんて、どこまでドSなんだ萌黄ちゃんは!」


『……いや、あれはガチ泣きやったで』


「……へ?」


 イアンの思わぬ指摘に、王子の愚痴が止まった。


「な、何で?

 何で萌黄ちゃんがガチ泣きするんだ?」


『どうやらこの萌黄って娘は、俺様が思ってたよりもさらに上のナルシストやったみたいやな』


「思った以上のナルシスト?」


『ナルシストっちゅうのは自分が大好きなんや。

 自分を素晴らしい人間やと思ってて、自分が好かれるのは当然やと思っとる。

 それは分かるやろ?』


「う、うん、まぁ……」


『そして、その自分大好きな思いが行き過ぎると――いずれそいつは『そんな自分と一緒にいられる人間はそれだけで幸せ』と考えるようになる。

 それが真のナルシストっちゅうもんや』


「な、なにそれ?」


 イアンの言葉に、王子は思わず目を白黒させた。


「萌黄ちゃん……。

 あの子、どんだけ自分に自信あんの……?」


『まぁアイドルなんてやってる奴は、それくらいやないと成功出来へんのやろ』


 イアンは軽く肩をすくめ、話を続ける。


『ともかく萌黄は、そんな自分大好きが高じて――『自分が楽しいとみんなも楽しい』『自分の幸せがみんなの幸せ』なんてことを心の底から信じるところまで行っとる。

 せやから彼女の今までの嫌がらせのような言動は、本気で王子も楽しんでると思っての行為やったんや。

 あのとき萌黄が泣いたんは、自分が良かれと思ってやった行動を、王子に否定されて傷ついたからってとこやろな』


「な、なんだよ、その身勝手な涙は……」


『独善的とはいえ好意は好意。

 それを否定した王子は、萌黄にとっては敵やからな。

 信者の暴走はもう止められへんで』


「ひ、酷い、酷すぎる……」


『で、どうするんや王子?

 このまま逃げ回ってても埒があかんで』


「っても、逃げ回るしか手段が……」


『うーん……せや!』


 イアンがポンっと手を叩く。


『なぁ王子、いっそのこと捕まってみたらどうや?

 一度ボコられとけば、アイツらも収まりがつくやろ』


「ぬぁっ! イアン!

 お前は俺に死ねっていうのか!」


『大げさやなぁ。

 そりゃまぁ半殺しくらいはあるやろうけど、いくら何でもホンマに殺されるなんてことは――』


 と、そのとき――


「いたぞっ! あそこだ!」


 校舎裏に隠れていた王子を指さす一人の信者。

 どうやら見つかったようだ。


「やべっ! 逃げなきゃ!」


 慌てて駆け出そうとする王子。

 だが――


「逃がすか、このクソ野郎!」


 ――そんな掛け声とともに、王子に何かを投げつける信者。


 ――ヒュンッ!


 投げられたものは王子の鼻先をかすめ――


 ――グサッ!


 ――王子の傍の壁に突き刺さった。


「ぬぁっ!?」


 それは刃渡り6センチを優に超える、銃刀法に引っかかるサイズのナイフだった。


「ちょっ!

 これ、当たったら死ぬやつ!」


 王子が思わず抗議の声を上げるが―― 


「くそっ、外した!」


「逃がすな! 今度こそ処刑しろ!」


 ――全く聞く気配もなく、王子の方へ向かってくる。


「ひぃいいいいいいいっ!」


 改めて逃げようと、校舎に沿って走り出す王子。


 だが――


『お、おい王子! 上!』


 ――と慌てたイアンの声。

 その声に王子が頭上を見上げると、王子の頭めがけて落ちてくる植木鉢の影が。


 ――ヒュウウ――ガシャンっ!


「どわっ!?」


 ――ヒュウウ――ガシャンっ!


「ひぃっ!」


 ――ヒュウウ――ガシャンっ!


「ぬぉおっ!」


 しかも三連発だ。

 なんとか躱しきった王子の頭上から、ガヤガヤと声が聞こえてくる。


「ちっ、外れたか!」


「弾幕薄いぞ! なにやってんの!」


「脳天狙って! 当たるまで落とせ!」


 明らかに殺意が込められた信者たちの声に、イアンが珍しく間違いを認める。


『……前言撤回。これは捕まったらガチで殺されるわ』


「のぉおおおおおおおおおっ!」


 死の危険を感じた王子は、イケメンにあるまじき必死の形相で逃亡を図るのであった。



     *



 王子が必死で逃げている一方――。

 そのまま登校を済ませた萌黄は、教室で王子との出来事を愚痴っていた。


「ねぇ黒子ちゃん、酷いと思わない?」


 愚痴る相手は黒子だ。

 黒子は黙って萌黄の話に耳を傾けている。


「ボクがわざわざ構ってあげてるのに、王子先輩ってば、全然分かってくれてないんだから!

 しかも土下座の真似までして、ボクを悪者にしようとするなんて!

 黒子ちゃんもどうしてあんなのが好きなのかなぁ?

 騙されちゃダメ、顔は良くても中身は最低だよ?

 キスの事ばっかり考えて、それが叶わないとなると手段を選ばず嫌がらせしてくるんだから」


「あ、あの七瀬さん」


 いつまでも続く萌黄の愚痴に、思わず口をはさむ黒子。


「さ、さっきから七瀬さん、王子先輩の悪口ばかり言ってるけど……」


「あ、ごめんごめん。

 でもさぁ、王子先輩ってはホントに酷くてぇ――」


「そ、それに聞いてると、七瀬さんの方がイジワルしてるように思えるんだけど……」


「へ? ボクが?

 いやいや、ボクは皆が楽しいだろうって思って――」


 ヘラヘラと笑いながら王子の悪口を言う萌黄に、黒子は顔を背けて言い放つ。


「私……そんな事する七瀬さん……嫌い」


 ――ガァ――――ンッ!


 黒子の初めての拒絶に、ショックが隠せない萌黄であった。

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