王子とジャンピング土下座

 翌日――。

 フラフラとした足取りで学校へ向かう王子。


「うぅう……全然眠れなかった……」


『一晩中チャイム鳴らされとったからな』


 目の下に隈を作った王子は、愚痴りながら校門を抜け、校舎の昇降口へ。

 上履きに履き替えようと下駄箱を開けると――


 ――ドササァッ!


 ――またしても中から大量の何かが溢れ出てきた。


「わぁっ!

 な、何だこりゃ!?」


 下駄箱から出てきたのは、大量の藁人形だった。


『しかもコレ全部、使用済みやで』


 イアンの言う通り、全ての藁人形には釘が打ちつけられていた。


「こ、怖っ! キモッ! 怖っ!」


 思わず王子は鳥肌を立てる。

 そのとき――


 ――ぞくっ!


 異様な雰囲気を感じ、慌てて周囲を見回す王子。

 見るとあちこち下駄箱の影から、こちらの様子をうかがる男子生徒たちの姿が。


「……ちっ、生きてやがる」


「呪ったのに……あれだけ呪ったのに……」


「やはり呪いじゃ殺害は無理か……」


「いや待て、次は髪の毛じゃなく血を使えば……」


 彼らから聞こえてくるのは、そんな不穏な会話。

 どうやら彼らは萌黄の信者たちのようだ。


「こ、怖い……」


『おぉう、こいつらマジやな……』


 ビビる王子は涙目で、さすがのイアンも引き気味だ。


「い、いやでも、さすがに呪いなんてあるわけ……」


『王子……お前何でキスして回ってるか忘れたんか?』


「……あ」


 自分の女性アレルギーに思い当たった王子は、さらに恐怖で血の気を引かせた様子。

 と、そこへ――


「おはよう、王子先輩♥」


 ――そんな挨拶とともに、王子の背中がぺチンと鞄で叩かれる。

 そうして現れたのは――七瀬萌黄だ。


「ぐぬぬ、現れたな元凶!」


「うわぁ、なんだか大変ですねぇ~」


「大変ですね、じゃねぇ! 誰のせいだと思って――」


「もう、そんなに怒らないでよ、ダーリン♡」


「――ダっ!?」


 思わぬダーリン呼びに引く王子。

 その瞬間――!


「ダ、ダーリンだと……!」


「ぐぬぬ……やっぱり呪いなんかじゃダメだ」


「こうなったら直接この手で殺るしか……」


「殺ってやる……たとえ犯罪でも殺ってやる……」


 ――ゴゴゴゴゴ……


 そんな効果音がつきそうなほど、周囲の殺意が跳ね上がった。


「ひぃいいいいいいいいいいいっ!」


「どうかしたの、ダーリン?」


「ぐっ! こ、この悪魔――」


 さらに『ダーリン』で追い込みをかけてくる萌黄が、王子には本当の悪魔に見えた。


(ヤ、ヤバい、早く何とかしないと!

 で、でもどうすれば?

 この悪魔から逃れるにはどうすればいい?)


 必死に考える王子。

 それに対して萌黄は――


「ウフフ。楽しいね、ダーリン♡」


 ――そう言って心底楽しそうに笑う。

 さすがはアイドル、可愛い笑顔のはずなのだが、王子にとってはもはや恐怖の対象でしかない。

 この悪魔に対抗するにはどうすればいいか?

 必死に考え付いた結果――


(うう、くそ、もうこうなったら……)


 ――王子はある一つの答えにたどり着いた。


(やるしかない!

 アレを、久々に!)


「……?

 何をする気なのかな、ダーリン?」


 不穏な気配を察知して、可愛く眉を潜ませる萌黄。 

 だがもう遅い。

 王子はすでに行動を起こしていた。


「何をする気かだって?

 それは……こうだ!」


 おもむろに膝をつくと、王子はそのまま――


 ――ガバッ!


 ――と、両手と額を地面にこすりつけた。


 いわゆる土下座というやつだ。


「えっ?

 ちょっ!?」


 戸惑う萌黄を気にも留めず、王子は――


「――すみませんっした!」


 ――と大きな声で詫びを入れた。


「ま、待って先輩!

 いったい何を―ー?」


「萌黄ちゃん、許してください!

 もう付きまとったりしません!

 二度と近寄りません!

 だからもう勘弁してください!」


 流れるような土下座からの、言い訳をしない大声の謝罪。

 情けない姿ながら、王子は勝利を確信する。


(どうだ、この見事な土下座っぷり!

 しかも公衆の面前で!

 これは許さざるを得ないだろ!)


『醜聞的には最悪やけどな』


 呆れたようなイアンのツッコミも気にしない。


(どうせもう評判は最悪なんだ。

 それより命のほうが大事だって。

 悪魔のような萌黄ちゃんも、これでもうイジメムーヴは起こせないはず!)


 そう期待する王子。

 だが――


「……ど、どうしてそんなこと言うの?」


「……ん?」


 予想外な萌黄の震えた声に、王子は思わず顔を上げる。

 するとそこには……。


「……ど、どうして謝るの?

 これじゃボクが悪者みたいじゃんか……」


 顔を歪ませ、目に涙を溜めた萌黄の姿があった。


「へ?

 あ、あの……」


 思ってたのと違う展開に、ついていけず混乱する王子。

 王子がおたおたしている間に、萌黄の目からついに涙があふれ出す。


「こんなの酷いよ……。

 ふぇえ、王子先輩のアホ――っ!」


「ちょっ、萌黄ちゃん!?」


 王子が止めるのも聞かず、萌黄は泣きながら走り去ってしまった。

 その後ろ姿を、唖然と見送るだけの王子。


「も、萌黄ちゃん、泣いて……」


 取り残された王子は、理解が及ばず茫然自失の様子。

 だが――


 ――ゴゴゴゴゴ……


 ――再び膨れ上がる殺気に、すぐに我に返る王子。

 


「な、泣いた……」


「七瀬ちゃんが泣いた……」


「泣かせやがった……コイツが……」


 信者たちの怒りの視線が王子に集まる。


「――へ? あ、あの……」


「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 そして号令と共に、王子に襲いかかってくる萌黄の信者たち。


「ひぃいいいいいいいいいっ!」


 かくして王子の命がけの鬼ごっこが再び始まったのだった。

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