王子と襲い来る信者たち

「と、とにかく萌黄ちゃんのファンたちに、見つからないようにしないと……」


 トイレを出た王子は人目を避け、校舎の裏を身を顰めつつ移動していた。

 萌黄の信者たちに見つからないよう、周囲に気を使いつつ教室に向かっていたのだが……。


 ――ドササッ!


「うわぁっ!」


 ノーマークだった頭上からの落下物に、思わず悲鳴を上げる王子。

 見上げると真上の校舎の窓から、ごみ箱を持った数名の男子生徒が見えた。


「けっ! このゴミ野郎が!」


「テメェの地獄はまだまだこれからでござる!」


 ――ダダダッ!


 そして走り去る足音。


「こ、今度は何だ?

 ……クサッ! これ、ゴミじゃないか!」


『なるほど、だからゴミ野郎か』


「うぅう、ひ、ひどい……」


 頭から大量のごみを被った王子は、涙目になりながら行先を洗い場へ変えた


 ――――――

 ――――

 ――


 ――キーンコーン

 チャイムに合わせて王子が教室に戻ると、待ち構えていた様子で駆け寄ってくる三人の女子生徒たち。

 王子のファンの赤城奈美、黄瀬美香、青山加奈の三人組、信号機ガールズだ。


「ど、どうしたの王子くん?

 ずぶ濡れじゃない」


 ごみを洗い場で流してきたため、今の王子は物理的に水が滴っていた。


「それに何だかドロドロだし……何かあったの?」


「ひょっとしてあの校内新聞のせい?」


「大丈夫、私たちは王子くんの事信じてるから!」


 口々に王子の心配をする信号機ガールズ。

 そんな彼女たちに――


「みんな、心配してくれてありがとう。

 俺は大丈夫だから」


 ――いつものアイドルスマイルで答える王子。


(よ、良かった……。

 教室はまだ俺のホームだな。

 彼女のファンは一年中心みたいだし、教室ここに敵はいないはず……)


 胸をなでおろしながら自分の席に向かうと――


 ――ガチ恋許さん!

 ――夜道に気をつけろボケ!

 ――殺す! 殺す! 殺す! 

 ――イケメン爆発しろ!


 ――机にはそんな物騒な落書きが、マジックで一面に書かれていた。


「おぉう……。

 い、いつの間に……」


『こりゃ萌黄の信者、どこに潜んどるか分からんなぁ』


 ドン引きしながら着席する王子。

 落書きをこすってみても落ちる気配がないので、諦めて授業の準備を始める。


(はぁ、これからどうしよう……?

 ――って)


 机から教科書やノートを取り出して開くと――


 ――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………


 ――ノート一面に書かれた『死ね』の文字。


(こ、こっちにも……)


『ものすごい労力かけとんな……』


(怖ぇ、萌黄ちゃんの信者怖ぇ……)


 その執念に改めて恐怖を感じる王子であった。


 ――――――

 ――――

 ――


 その日の下校時刻――。

 萌黄の信者たちに見つからないよう、こそこそと校舎の出口へと向かう王子。

 ようやく昇降口にたどり着き、靴を履き替えようと下駄箱を開くと――


 ――ドササァッ!


 ――中から大量の書類が溢れ出てきた。


「な、何だ?

 久しぶりにラブレターか?」


 イケメンチートな王子がまず思いついたのはそれだった。

 だがよく確認すると、ラブレターではなく何かのパンフレットのようだ。


「……な、何これ?

 お墓のパンフレット?」


 どうやらすべてがお墓と葬式のパンフレットのようだ。


「し、しかもこんなに大量に……どういう事?」


 意味が分からず混乱する王子に、イアンが答える。


『殺される前に買っとけって事やな……』


「――ぬぁっ!

 ひ、酷すぎる……」


 ――――――

 ――――

 ――


 逃げるように帰宅した王子。

 自宅マンションのエントランスを抜けようとしたとき、自室用のポストの受け口から、大量の封筒がはみ出しているのを見つけた。

 ポストのドアを開けてみると――


 ――ドササァッ!


 ――またしても大量の書類が溢れ出てきた。

 今度はすべて封書のようだ。


「これは……」


 王子はそのうちの一通を拾い上げ、封を開いてみる。

 中から出てきたのは――


 ――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……


 ――と、びっしり書かれた便箋が三枚。


「も、もしかしてこれ全部、呪いの手紙……?」


 足元に散らばった封書の山を見て戦慄する王子。

 だが、それ以上に――


『ヤバいやん、自宅まで特定されとるで』


「ぬぁっ!」


 ――イアンの指摘に、さらに恐怖を募らせる王子であった。


 ――――――

 ――――

 ――


 それから――


 ――ピンポーン!

「ピザ十人前、配達に来ました~!」


 ――ピンポーン!

「寿司十人前で~す!」


 ――ピンポーン!

「ユキで~す! チェンジは有料で~す!」


 ――ひっきりなしにやってくるデリバリに――


「頼んでません! 頼んでません!」


 ――その都度、必死の断りを入れる王子。

 何度もそんなやり取りを繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻す。


「え、えぐい……この嫌がらせはえぐい……」


『この悪戯は相手よりお店に迷惑がかかるから、良い子のみんなは真似したらアカンで』


「くっそー、母さんが帰らない日でよかったよ」


 王子が悪態をついていると、急にスマホが鳴りだした。


「誰だ? 母さんかな?」


 だが確認すると見覚えのない番号だ。

 恐る恐る受信する王子。


「……はい、もしもし」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」


「ひぃっ!」


 スマホから聞こえてくる怨嗟の声に、王子はすかさず電話を切った。

 だがすくコールが鳴る。


「……もしもし」


「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空――」


「怖っ! やめろよ!」


 王子慌てて電話を切る。

 だがすかさず再コール。


「し、しつこい!

 いい加減にしろ!」


『こりゃ電源切るしかないで』


 イアンに言われ、スマホの電源切る王子。


「……ふう、これでもう大丈夫だろ」


 一息ついたのもつかの間――


 ――ピンポーン!


 ――再び玄関のチャイムが鳴る。


「……なんだよ、またデリバリーか?」


『けどもう近所の出前は一通り来尽くしたで?」


「だったらお客さん?

 こんな時間にいったい誰が……って、アレ?」


 インターホンのモニターには誰も映っていない。


「おかしいな、いたずらか?」


 そう考えてモニターから離れようとしたとき――


 ――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!


 ――けたたましく鳴らされるチャイム。

 モニターを見るも、やはり誰も映っていない。


「――っ!

 うるせぇ! 何なんだよ!」


『ま、これも嫌がらせやろな』


 姿の見えないチャイム連打は、散発的に朝まで続いたのであった。

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