王子と九重紅葉――攻略終了――

 ガタゴト――

 電車に揺られながら、窓の外の夜景を眺める紅葉。


(あぁああああああ、やっちゃったぁああああああ……。

 まさか王子くんを引っ叩いちゃうなんて……)


 その頭の中は、王子の事でいっぱいだ。


(私の気持ちが分かってもらえてなかったと思ったらつい……。

 でも、よくよく考えたら仕方ないのかもしれないよね。

 王子くんくらいの年頃って、頭の中はエッチな事ばかりだって聞くし……。

 やっぱり何もさせずに卒業までなんて無理なのかな……?)


 王子に悪いことをしたと思いつつ、(でも……)と紅葉は続ける。


(でも……こればっかりは譲れないわ。

 王子くんの事は好きだけど、その前に私は先生なんだもの。

 先生として、絶対に守らなきゃいけないものがある――。

 王子くんにはその事を、ちゃんと話して分かってもらわなきゃ!)


 ――――――

 ――――

 ――


 8時を少し過ぎたころ、紅葉の乗った電車がようやく目的の駅に着いた。

 急いで改札を抜け、待ち合わせ場所に向かう紅葉。

 日曜のデートでも利用した待ち合わせ場所、駅前広場の噴水へと急ぐ。

 すぐに王子の姿を見つけた紅葉は、急いで彼の元へと駆け寄った。


「ご、ごめんなさい、王子くん。

 思ったより職員会議が長引いちゃって。

 ……待ったよね?」


「いえ、大丈夫です」


「そう? よかった。

 それじゃ立ち話もなんだし、近くのカフェでも……」


 王子を連れて移動しようとする紅葉。

 だが――


「その必要はありません。話ならすぐ済みますから」


「――え?」


 動かない王子は、簡潔に気持ちを伝える。


「紅葉先生……別れましょう、俺たち」


「――――っ!」


「先生と生徒、やっぱり無理だったんです。

 俺たちが付き合うなんて……」


「そ、それは……」


「だから……ごめんなさい」


 王子の短い謝罪の言葉。

 そして……言葉を失う二人。

 永遠とも思える沈黙が続く。


『王子……ええんか、これで?』


 沈黙を破ったのはイアン。

 ただし、その声は王子にしか聞こえていない。


『紅葉を諦めて、ホンマにええんやな?』


(……ああ、構わない。

 俺じゃ紅葉先生を泣かせるだけだ。

 それに、ターゲットは他にもいる。

 紅葉先生にこだわる必要はないんだろ?)


『そうやな、その通りや』


 そして――王子とイアンが話す間、紅葉の方も葛藤を終えたようだ。


「そ、そう……そうね。

 それがいいのかもしれないわね……」


(先生と生徒、もともと付き合うのは無理があったのよ。

 こうやって別れるのが、二人りにとっては一番いい選択よ、きっと)


 そう自分に言い聞かせ、別れを受け入れる紅葉。


「……分かったわ、別れましょう、王子くん」


「紅葉先生……俺、楽しかったです。

 ありがとうございました」


「私も……楽しかったわ」


「さようなら、紅葉先生」


「ええ、さようなら――」


 あっさりと――

 実にあっさりとした別れ――


 こういう時、優柔不断な人間は縋らない。

 受け身だから相手の気持ちを受け入れる。

 それがイイワケ女の習性。

 だけど――


(これで終わり……。

 王子くんとの関係……。

 楽しかった思い出……。

 これっきり、全部終わり……)


 だけど――


(もう二度と……。

 そんなの……そんなの……)


 だけど――


(そんなの――やっぱりイヤ――!)


「――王子くん!」


 踵を返した紅葉は、王子を腕を引き――

 驚く王子の頬に手を添えて――

 そして――


 ――唇を重ねた。


 数秒ほどの短いキスを終え、縋るような目で王子を見る。 


「――これで、ダメかな?

 これで、もう少しだけ私と一緒に……」


「も、紅葉先生……」


「お願い、王子くん……。

 別れるなんて嫌……お願い……」


 “約束”も“選択”も“決断”も、全てをかなぐり捨てた紅葉の願い。

 だけど――


「…………ごめん、なさい」


「お、王子くん……」


「俺……決めたんです……。

 きっと俺は、先生を傷つける事しかできないから……。

 だから……ごめんなさい!」


 そう言い残すと、逃げるように走り去る王子。


「まっ――!」


 引き留めようとするも間に合わない――。

 あっという間に、王子の姿は夜の街へと消えていった。


「ふぐっ……うぅ……うぁあ……」


 残された紅葉は、かみ殺した泣き声をあげるのだった。


 ――――――

 ――――

 ――


『結果オーライやな、王子』


 努めて明るい声で話すイアン。


『まさか最後の最後にキスできるとは思わんかったで。

 自分の選択を曲げてまでキスしてくるやなんてなぁ。

 紅葉のヤツ思った以上に王子の事を好きになってたんやな』


 一方の王子は死ぬほど落ち込んでいる様子。


「俺……やっぱり最低だよな……」


『なんや、後悔しとるんか?』


「してるよ、後悔……。

 後悔だらけだ……」


『なんやったら紅葉に、もう一回謝りに行くか?』


「謝れるものなら謝りたいけど……。

 今の俺じゃどうやったって紅葉先生を傷つけるだけだよ。

 だから……もう諦めるって決めたから……」


『そっか、決めたんならしゃあないな。

 王子も優柔不断な分、決めたら頑固やし』


「……なぁイアン」


 祈るように王子が言う。


「次のターゲット、めっちゃ性格悪い奴にしてよ。

 騙しても平気なくらい嫌な奴」


『アホ、俺が選んでるわけちゃうわ』


「だよね……」


 バカなことを言ったと、自嘲的に笑う王子。

 そして――


「さようなら、紅葉先生――」


 ――遠くを見る目でそう呟く。

 そんな王子にイアンは――


『トイレでカッコつけてもしゃーないで』


 ――客観的にツッコむのであった。

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