王子とイアンの人間観

 その夜――。

 まっすぐ帰宅した王子は、一目散に自室へと駆け込む。

 そしてイアンと喧々諤々の罵りあいを始めた。


「おい! どういうつもりだよイアン!

 何であのとき動かなかったんだよ!」


『どういうつもりはこっちの台詞や!

 何を勝手にバラそうとしてんねん!

 言うたやろ、呪いを知ってる人間が増えれば呪いも悪化するって!

 誰かに秘密を洩らせばその分噂が広がる可能性も高まるっちゅうのに、お前は気軽にバラそうとしすぎなんじゃ、ボケッ!』


「それの何が悪い!

 紅葉さんは噂を言いふらすような、そんな人じゃないって言ってるだろ!

 あの人は真面目で優しい人なんだから!」


『はっ!? 

 真面目で優しい事と、口が堅い事に何の関係があんねん?

 言っとくけど俺様は、真面目な人間も優しい人間も信じとらんからな!』


「な、何でだよ!?」


『そもそも紅葉に呪いの事を話してどうするつもりやったんや?

 それで無事キスができたとして、その後は?

 キスして用無しになった紅葉をどうするつもりやったんや?』


「用無しだなんてそんな!

 そりゃ今まで通りの関係を……」


『それを相手が許してくれると思っとるんかい?

 王子は他の女とキスせなあかんっちゅうのに、それを優しく見守ってくれると思うんか?

 アホ抜かせ』


「そ、それは……」


『それに今はええとして、もし関係がこじれたらどうすんねん?

 たとえば喧嘩別れしたとして、それでも紅葉は秘密を守ってくれると思うんか?』


「そ、それは守ってくれるよ!

 だって彼女は真面目で……」


『真面目やったら絶対に裏切らんのか?

 そう言い切れる根拠はなんや?』


「こ、根拠……?」


『例えば……朱音ならどうや?

 アイツは王子を弟というだけあって、王子に対して恋愛じゃなく親愛の情を持っとる。

 恋愛ならこじれたらお終いやけど、親愛はずっと続くもんや。

 朱音ならどんなことがあっても王子を裏切ることはないやろな。

 王子もそう思うやろ?』


「そ、そりゃアカ姉は信頼できるけど……」


『じゃあ次は白雪や。

 アイツは中二病だけあって、周りの目を気にしない性格や。

 白雪にとって重要なのは特別であること。

 それも周りの評価じゃなく、全て自分の価値観で判断しとる。

 そんな人間なら、特別な存在である俺様や呪いの存在は、誰にも話さず自分だけのものにしておきたいはずや。

 周りに吹聴してその価値を下げるなんて事はまずあり得へんわ』


「た、確かにそうかも……」


『それに対して紅葉はどうや?

 真面目やから秘密は守るって?

 アホか、そんなわけ無いやろ。

 逆に真面目やからこそ秘密を守れないってこともあるぞ』


「ぎゃ、逆にってどんな……?」


『例えば義憤やな。

 お前がキスしまくっとるのを許せなくなって……みたいな感じや。

 あとはストレスも考えられるで。

 真面目な人間だからこそ、秘密を抱えることが重荷になり、追い詰められることもある。

 他にも考えられることはいろいろあるで。

 それでもお前は、『真面目な人間は絶対に裏切らん』て言うんか?』


「そ、それは……」


『さらに言えば、紅葉は受け身で周りに合わせる性格や。

 周りに流されやすいから、秘密をポロっとしゃべってしまう可能性はある。

 少なくともかつての俺様なら、紅葉からあの手この手で秘密を聞き出せる自信はあるで』


「うぅっ……」


『せやから俺様はアイツを信用せん。

 朱音や白雪はともかく、アイツはアカン。

 王子が何と言おうと、紅葉には絶対に呪いの事を教えへんからな』


「な、何だよそれ!」


『そもそもお前は卑怯なんや。

 自分が罪悪感に苛まれたからって、それを紅葉に押し付けんな。

 秘密という重荷を紅葉に負わせて、自分だけ楽になろうとすんなや』


「違っ! 俺はそんな――」


 その一瞬、王子の脳裏に紅葉の泣き顔がよぎる。


「俺は……」


 叩かれた頬より、紅葉を泣かせてしまった心の方がズキズキと痛む。


「俺は……ただ紅葉さんを傷付けただけなのか……?」


 すべてが裏目だと知り、愕然となる王子。

 その様子に、やれやれと肩をすくめるイアン。


『そうや王子、ちゃんと反省せぇ。

 で、これからどうするかを考えるんや。

 今回の事は相当な失点やからなぁ。

 それを取り返すには……って、聞いとんのか王子?』


 今後のことを語るイアンだが、ショックでそれどころではない王子。

 イアンが何を言っても、王子の耳には入らないようだ。


 ――とその時。

 スマホの着信音が鳴り、紅葉からのメッセージが届く。


『――ごめんなさい、王子くん。

 ――思わず叩いてしまった事、反省しています。

 ――ちゃんと話がしたいので、今晩会ってもらえませんか?

 ――今日、夜の8時、○○駅前の噴水で待ってます』


(紅葉さん……)


 傷つけたはずなのに、反省しているという。

 そのメッセージを読むうちに、胸がざわざわと疼きだす王子。


『なんや、これは朗報やな。向こうから連絡が来るっちゅうことは、思ったよりダメージは少ないかも知らんで』


 楽観的なイアンをよそに、王子の気持ちはどんどんと沈んでゆく。


(俺は……)


 そんな気持ちを抱えたまま、王子はメッセージにあった待ち合わせ場所へと向かう。

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