王子と真実と不信と

 翌日――。

 放課後、学校の廊下を早足で歩く王子の姿があった。

 イアンの入ったバッグを肩にかけ、真剣な面持ちでどこかへ向かっている。


『どこ行くんや王子?』


「いいからちょっと付き合ってくれ」


 そう言って王子が向かうのは――どうやら保健室のようだ。

 行先に気づいたイアンが焦った声を上げる。


「お、おい王子、何で保健室に向かっとんのや?

 保健室にはもう行かんて、紅葉と約束してたやろ。

 何しに行くつもりや?」


「……そんなの決まってるだろ」


 決意を込めた表情で王子が答える。


「今から紅葉先生に、全部本当の事を話すから」


 ――――――

 ――――

 ――


 そのころ、保健室では――


(昨日のデートは楽しかったなぁ)


 ――ニコニコ顔で昨日の出来事を反芻する紅葉がいた。


(それにしても……。

 まさか自分が生徒と付き合うようになるとは思わなかったなぁ。

 でも一応、一線は守ってるわけだし、大丈夫よね?

 王子くんもそれでいいって言ってくれたもの。

 手をつなぐ以上の事はしてないし、倫理的にはギリギリ大丈夫……のはず)


 そう自分の中で折り合いをつける紅葉。

 まじめな性格だからこそ、納得できる言い訳が必要なのだ。


(でも……もう保健室に来てくれないのはやっぱり寂しいな……。

 同じ学校にいるのに会えないなんて……。

 ……ううん、これは私の我儘ね。

 週に一度会える、それだけで充分幸せじゃない)


 紅葉がフワフワとそんなことを考えていると――


 ――コンコン。


 ――と、ドアがノックされ、紅葉の思考が引き戻された。


「は、はい、どうぞ」


 ――ガラララッ。


 紅葉の返事でドアが開き、現れたのは――


「なっ! お、王子くん?」


「こんにちは、紅葉先生」


 ――もう保健室には来ない、そう言っていたはずの王子だった。


「ど、どうして保健室に?

 もうここには来ないハズじゃ……?」


「どうしても先生に言わなきゃいけない事があって……。

 すみません、話を聞いてもらっていいですか?」


「わ、分かったわ、ちょっと待って」


 ――シャーッ!


 外から見られないよう、急いでカーテンを閉める紅葉。


「こ、これでいいわ。それで王子くん、話って何?」


「そ、それは……」


 一瞬言い淀んだ王子だが、意を決して頭を下げる。


「ごめんなさい、紅葉先生。

 俺、先生に嘘を付いてました」


「……嘘? え、えっと……。

 いったいどんな……?」


「……俺が悩みを相談したとき、最初に見せた校内新聞がありましたよね?

 あの内容を全て真っ赤な嘘だって言ったんですけど……。

 違います、アレは本当の事なんです」


「本当の事……?」


「もちろん相手側の一方的な言い分なので、大げさだったり誤解だったりするところはありますけど……。

 でも彼女たちにキスを迫って、傷つけてしまった事は本当なんです」


 信じていた王子の、突然の罪の自白に――――


「そう……なんだ……」


 うまく頭の回らない紅葉は、かろうじてそんな一言を絞り出した。

 紅葉が混乱する中、王子の告白は続く。


「だけどそれには理由があって……。

 実は昨日、紅葉先生にキスを迫ったのも同じ理由からでした……。

 俺はどうしても、女性とキスをしなければならない理由があるんです」


「な、何ですか、その理由って?」


「それは……俺が呪いにかけられているからです」


「……は?」


 いっぱいいっぱいだったところに聞かされた突然のオカルト話。

 その振り幅に、思わず間の抜けた声を上げてしまう紅葉。


「俺には女性に触ると腹痛を起こすっていう呪いが掛けられてるんです。

 そしてそれを解呪するためには、決められた相手とキスをしなきゃいけないんです」


「…………」


「だから……紅葉先生。俺とキスしてもらえませんか?」


 王子の主張は、紅葉にとって理解のできないものだ。


「王子くん……それ、本気で言ってるんですか……?」


 思わず声が強張ってしまうのを自覚する紅葉。

 その声色に、王子は狼狽えながら弁解する。


「わ、分かってます!

 こんな事言っても信じられませんよね?

 でも証拠があるんです。

 ほら、イアン、出てこいよ」


 王子は肩にかけたバックからイアンを取り出し、紅葉の方へ差し出した。

 急にクマのぬいぐるみを見せられた紅葉は、さらに困惑する。


「こいつはイアンって言って、呪いの番人とか管理人みたいな奴なんですけど……ほらイアン、動けって」


 朱音や白雪の時のように、ぬいぐるみであるイアンが動くところを見せて、呪いがあることを証明しようとする王子。

 だが――イアンはピクリとも動かない。


「ちょっと、おい、何してんだよイアン?

 動けって、おい! 分かってんのか?

 動かないと勲章をペンチでへし折るからな!?」


 王子が必死に呼びかけるも、やはりイアンは微動だにしない。

 当てが外れた王子が焦りを見せ始める。


「おい、イアン、いい加減にしろよ!

 本気で折るぞ、分かってんのか!?

 動けって言ってるだろ!

 無視すんなよおい!」


「――もうやめて!」


「――っ!」


 ヒステリックな紅葉の声に、思わず動きを止める王子。

 感情を露わに、肩を震わせた紅葉が王子に詰問する。


「何のつもりなの、王子くん。

 どうしてそこまで……。

 こんなあり得ない嘘を付いてまで、どうしてキスをしようとするの?」


「ま、待ってください!

 これは嘘なんかじゃ――」


「あの時……私の気持ちが分かったって……そう言ってくれたよね?

 ちゃんと気持ちが伝わったんだって、あのとき本当に嬉しかったのに……。

 悩んで悩んで、ようやく出した答え……。

 それを王子くんは分かってくれたって……。

 本当に、本当にうれしかったのに……。

 それなのに、どうして……?

 こんな悪ふざけで返されるなんて思ってもみなかった……」


「ち、違っ! 

俺、そんなつもりじゃ――」


「……出ていって」


 王子に退出を促す紅葉。


「早く出て行ってください、王子くん」


「も、紅葉先せ――」


 弁解しようと王子が詰め寄った、瞬間――


 ――パァンッ!


 ――と破裂音がし、王子の頬が赤く腫れあがった。

 手を振り切った格好の紅葉の頬を涙が伝う。

 紅葉のビンタと涙――その両方に驚き、思わず固まる王子。


「も、紅葉さ……」


「――出てって! 早く!」


「――っ!」


 あえなく保健室を追い出された王子。

 そして――


 ――ぐるるるるるるるるっ!


 ――呪いによる腹痛に襲われ、慌ててトイレへ駆け込むのであった。

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