王子と教師としての決意

 二時間ほどが経過し――。

 映画を見終わった二人は、近くの喫茶店でその余韻を楽しんでいた。


「あー面白かった!

 十回キスをするって前振りから、まさかあんな展開になるなんて思わなかったわ」


「どうやら気に入ったみたいですね、紅葉さん」


「ええ、すごくよかったわ。

 まさか三回目までと四回目以降で、キスの相手が変わっていたなんて。

 しかも七回目がまさかのあの人よ、ビックリしちゃったわ。

 ねぇ、王子くんはどう?」


「俺も面白かったですよ。

 ラストのキスシーンはジンと来ちゃいました。

 けどちょっと話が難しかったかなぁ?

 恋愛映画だと思って見てたらミステリーだったって感じで」


「あー、確かに。

 私も途中からサスペンス映画のつもりで見ていたわね」


「最初からサスペンス映画だと言ってくれればよかったのに。

 どうして恋愛映画だなんて宣伝してたんだろ?」


「それは……きっと恋愛映画だって言った方がお客さんが来るんじゃない?」


「集客効果ですか……姑息ですね」


「確かに姑息ね」


「『ミステリーは不人気ジャンルだからラブコメ書こう』とか考える、小説投稿者くらいに姑息ですね」


「姑息ね」


 ――そう、それは確かに姑息だ。

 書きたいものを書けばいいのに、読者におもねって人気ジャンルに手を出そうなんて姑息すぎる。

 本当にそんな姑息な投稿者がいるなら、顔が見てみたいものだ。


 …………。


 うっせバーカ!


『おい、そんな事より王子』


 映画の感想を言い合う二人の間に割って入るイアン。


(な、何だよイアン?)


『今日で決めるで!

 帰るまでに一気に紅葉とキスするんや』


 イアンの突然のキス宣言に狼狽える王子。


(な、何で? まだ早すぎだろ!)


『いーや、俺様の見立てでは十中八九いけるで。

 紅葉は完全に王子に心を許しとるハズや』


(え~、ホントに? 大丈夫か?)


『ええからやれ!

 どうせ王子には女心の機微とか分からんのやから、俺様の言う通りにやっとけばええんや!』


(うぐぐ……確かに女心は分からないけど……。

 わ、分かったよ! やればいいんだろ、やれば!)


 そんな王子の様子に首をかしげる紅葉。


「……? どうかしたの、王子くん?」


「い、いや、何でも。アハハ……」


 笑ってごまかすしかない王子だった。


 ――――――

 ――――

 ――


 すっかり日も暮れたころ――。

 王子たちはデートを終え、朝に待ち合わせした駅前広場の噴水前まで戻ってきていた。

 噴水はガラス細工のようにライトアップされ、周りのカップルたちもウットリと噴水を眺めている。


「ありがとう、王子くん。今日は本当に楽しかったわ」


「俺も、楽しかったです」


 そんな綺麗な光景の中、別れを惜しむ王子と紅葉。


「ウフフ、また遊びに来ましょうね」


「……紅葉さん。一つ聞いていいですか?」


「ええ、いいですよ。なんですか?」


 笑顔で言葉を待つ紅葉に、王子は踏み込んだ質問をする。


「――俺たちって、もう恋人同士ですよね?」


「――っ! そ、それは……」


「俺が告白をして、こうしてデートまでしてくれた。

 それって紅葉さんがおれの気持ちに応えてくれたって事ですよね?」


「そ……そうね。わ、私もそのつもりだけど……」


「そうですか、だったら――」


 ――その瞬間、王子はぎゅっと先生を抱きしめた。

 体が密着し、王子と紅葉の頬が触れ合う。


「――っ!」


「いいよね、紅葉――」


 紅葉の耳元でささやく王子。


「あ、あの……」


「好きだ、紅葉――」


「――っ!」


 そして王子は顔を上げ、手を紅葉の腰から肩に移すと、目を閉じゆっくり唇を近づけていく。

 お互いの息がかかる距離――。

 唇と唇が触れ合う寸前――。


「……ごめんなさい、王子くん」


 拒否の言葉とともに、そっと王子の腕を振りほどく紅葉。


「紅葉……先生……」


「私も、王子くんの事が好きよ。

 だけど……やっぱり私は先生なの……。

 だから……こういう事はできないわ……」


 そう言い、じっと王子の目を見つめる紅葉。

 その眼差しは力強く、相当な決意が込められているとわかる。


「そう……ですか……」


 紅葉の覚悟を見せられ、王子は何も言えなくなってしまった。

 そんな王子に、紅葉は優しく諭すように語り掛ける。


「ねぇ王子くん。あと二年待ってくれないかな?

 あと二年して、王子くんが卒業したら、私もちゃんと応えるから。

 それまで待ってくれないかな?」


「それは……」


「……やっぱりダメかな?

 ムリ……なのかな?」


「……いえ、分かりました」


 嫌だと言いたい気持ちをグッと飲み込んだ王子。


「紅葉さんの気持ち、分かりました。

 真面目なんですね、紅葉さん」


「王子くん……」


「大丈夫、無理強いはしませんよ。

 俺も紅葉さんが好きだから」


「――っ! ごめんなさい、王子くん。

 ありがとう――」


 そしてゆっくりと体を離す二人。

 名残惜しそうに、紅葉は王子に背を向ける。


「それじゃ王子くん、またね」


「はい、また」


 そんな別れの言葉を残し、紅葉は改札口へ消えていく。

 その後ろ姿を見えなくなるまで見送った後――


「はぁあ……」


 ――そんなため息をついて、しゃがみ込む王子。


『大丈夫か、王子?』


 心配そうなイアンに王子は――


「チョー腹痛ぇ……」


 ――腹を抱えながらそう答えるのであった。

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