王子とお弁当を食べる方法
「ところで王子くん。
そろそろランチの時間だと思うんですけど……」
――紅葉が指摘したとおり、気づけばもう正午を少し過ぎていた。
「ああ、そうですね。じゃあどこかお店には言えりますか?」
そういいつつも、呪いのせいで何も食べられない王子は、用意していた言い訳を口に出す。
「ただちょっと俺、ダイエット中なんで、先生だけ食べてくれれば――」
「えっ、そ、そうなんですか?」
そんな王子の言い訳に、戸惑った様子の紅葉。
おずおずと手荷物から弁当箱を取り出す。
「あ、あの……私、お弁当を作ってきたんですけど……」
「へ? 弁当?」
「ダイエット中じゃ、いりませんよね……?」
「そ、それは……」
シュンとした態度を見せる紅葉に、思わずときめいてしまう王子。
(うぅっ、可愛い……。
そんな上目遣いで見られたら……ダメだ、断るなんて俺には無理だ。
こんなに関心でいる紅葉さんに、食べたくないだなんて言えないよ……)
追い詰められた王子はイアンに助けを求める。
(お、おいイアン、何とかならないのか?)
『別に食ってもええと思うで』
イアンの意外な答えに驚く王子。
(食っていいって……呪いは大丈夫なのか?)
『俺様の経験上、食ってから十時間くらいは大丈夫やで。
食ったもんが消化されるまで、呪いで早まったとしてもそのくらいの時間はかかるみたいやな。
腹は痛くなるやろけど、トイレに駆け込む羽目にはならんはずや』
(そ、そうなのか……)
『ただし、食うなら覚悟はしときや。
食ったあと十時間は、女子に触れてなくてもずっと腹痛やで』
(うぅ……十時間ずっとか……。
でもお弁当は断れないし、我慢して食べるしかないか……)
覚悟を決めた王子は紅葉に向き直る。
「だ、大丈夫です、紅葉さん。
それじゃあベンチかどこか、食べられる場所を探しましょう。
いやぁ、嬉しいな、紅葉さんの手作り弁当なんて。
そんなのダイエットどころじゃないですよ」
「ほ、本当ですか?
それならよかったです」
(うぅ、やっぱ可愛い……)
嬉しそうに笑顔をほころばせる紅葉に、思わず見とれる王子であった。
――――――
――――
――
公園の中にある、広い芝生の広場に移動した二人。
レジャーシートを芝生に敷き、紅葉は持参した弁当を広げていく。
二段の重箱に、色とりどりの料理が並んだ和風弁当だ。
「うぉおっ! す、凄い豪華――!
料理が得意なんですね、紅葉さんて」
思わず感動する王子に、そんなそんなと謙遜する紅葉。
「さぁ王子くん。
見てないでどれでもどうぞ」
「そ、それじゃいただきます」
どれも確かにおいしそうだが、呪いの事もあるので迂闊に手は出せない。
だが戸惑っている姿を見せるわけにはいかない。
意を決し、まずは卵焼きを箸でつまむと、恐る恐る口に近づける。
そして一口――
――ぎゅるるるるるるるっ!
「――っ!」
当然襲ってくる腹部の痛みに、思わず顔を覆ってうずくまる王子。
(やっぱ来たぁー!
け、けどこの腹痛とは十年以上付き合ってきたんだ。
この程度、我慢できない痛みじゃない!)
「ど、どうしたの、王子くん?
も、もしかしてダメだった……?」
心配そうに声をかけてくれた紅葉に、王子は無理やり笑顔を作る。
「い、いえ、美味すぎて声にならなかっただけです。
いやぁ、こんな美味しい弁当を食べられるなんて、俺は幸せだなぁ」
「ホントに?
良かったぁ、どんどん食べてくださいね」
「は、はい。じゃあ……」
止まるわけにはいかないと、王子は二口目、三口目と箸を進める。
そして――。
(……うん、痛みにはもう随分と慣れてきたな。
今日はずっと腹痛だったし、そもそも子供のころからずっとだから、痛みには相当の耐性がある。
これなら十時間、何とかなりそうだぞ)
――どうやら呪いを克服した様子の王子。
(それよりも……このお弁当、ホントに美味しいな。
俺も料理するから分かるんだ。
下ごしらえから丁寧に、すごく手間をかけて作ってある。
これを、俺のために……)
ようやく味を感じられるようになり、食事を楽しむ余裕も出てきたようだ。
「美味しい……。
紅葉さん、これ、本当に美味しいです」
「うふふ、口に合ってよかったわ。
たくさん食べてね」
「あ、これ!
このから揚げ、すげー美味い!
何かひと味違いますよね、何か入れてます?」
「へぇ、分かる?
下味にリンゴと玉ねぎをすりおろして入れてあるの。
お肉が柔らかくなるのよ」
「リンゴと玉ねぎかぁ、それで甘味があるんですね。
俺も真似してみようかなぁ」
「あら、王子くんも料理するの?」
「ウチは母子家庭で、母さんは毎日忙しそうに働いてますからね。
家事は俺の仕事で、料理もほぼ毎日やってます。
そうだ、紅葉さん。
今日の弁当のお礼に、今度は俺が弁当作ってきますよ」
「ホントに? わぁあ、楽しみね」
和気あいあいと話の弾む二人。
その二人の観察を続けているイアンは独り言ちる。
『ふーん、随分と打ち解けてきたやんけ。
紅葉の方はすっかり敬語からタメ口になっとるな。
それだけ心を許してるっちゅうことか。
これはもう一押しちゃうか?』
――どうやらデートの初期から、イアンの評価はここまで上がった様子。
そんなイアンの評価などつゆ知らず、二人は会話を続けていた。
「ねぇ王子くん。
食べ終わったらこの後どうするの?」
「そうですね、映画なんてどうです?
紅葉さんサスペンスが好きって言ってたでしょ?
今やってる“楽園の殺人犯”なんてどうですか?」
「うーん、それもいいけど……。
ねぇ、だったら“八回分のキス”はどうかな?」
「いいですけど……恋愛映画ですよ?」
「うん、今日はそういう気分なの」
「分かりました、じゃあ行きましょう」
次の行き先を決めた二人は、片づけをして映画館へ向かう。
『ほぉお、紅葉のヤツ、自分から行きたい映画を指定したな。
優柔不断な人間が自分の意見を言うなんて、よっぽどリラックスしてないとありえへん事や。
……これはもうミッションコンプリートとちゃうか?』
どうやらイアンの評価はさらに上がったようだ。
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