王子と紅葉の初デート
――次の日曜の朝。
王子の通う嘉数高校の学区外にある繁華街。
その最寄り駅の駅前広場にある、キャンドル型噴水が立ち並ぶ円形の噴水池。
夜になると美しくライトアップされるその場所は、カップルたちの格好の待ち合わせ場所となっている。
そんな場所で人を待っているイケメンが一人。
立っているだけで人の注目を集めているのは、もちろん王子だ。
「あの、お待たせしました」
そこへやってきたのは、いつもとは違ったおしゃれな格好をした紅葉だ。
髪の色よりさらに白に近いベージュのブラウスに、サイドバックルのついたモスグリーンのスカートを合わせている。
学校での白衣姿しか見ていない王子には新鮮な格好だ。
「紅葉先生、その恰好……」
「え、え、何か変ですか?」
「いえその、とっても可愛いです。
いつもは白衣姿しか知らないから見違えました」
「はぅっ、そ、そうですか。
ありがとうごさいます」
そう言って照れる紅葉の姿は、王子より六つも年上なのにとても可愛くみえた。
「そ、それじゃ行きましょうか、紅葉先生」
紅葉に見惚れた自分を誤魔化すように、王子は紅葉を促す。
「あ、先生……はマズいかな?
じゃぁ……紅葉さんで。
紅葉さんはどこか行きたいところはありますか?」
「私は別に……。
王子野くんの好きなところでいいですよ」
紅葉は王子に行き先を委ねてきた。
『やっぱりそう来たか。
イイワケ女はなかなか決められん奴やからな。
デートプランはこっちが決めるのが鉄則やで』
そのイアンの言葉通り、この紅葉の返しは予想していたことだった。
王子はここがいいだろうと尋ねる前から決めていた行き先を告げる。
「紅葉さんも俺の事は王子でいいですよ。
そうですねぇ、じゃあ喫茶店か公園散策でどうですか?
静かなところで紅葉さんと話がしたいです」
「そ、そうですね、私もそれがいいです。
じゃあ行きましょう、王子くん」
紅葉は当然のように同意すると、自然な感じで軽く王子の腕を取った。
その瞬間――
――ぎゅるるるるっ!
「はぅうっ!」
――発動する女性除けの呪い。
激しい腹痛に襲われる王子は、いつもならトイレへ一目散に向かわなければいけないのだが――。
「ど、どうしました、王子くん?
……あ、ひょっとして、腕組んじゃダメでしたか?」
「い、いえ、大丈夫です。
それじゃ行きましょう」
――今日の王子はいつもと違った。
腹痛に苦しんではいるようだが、トイレへ駈け込もうとする様子はない。
(うぐぐ……腹がめっちゃ痛い……。
けど、確かに便意は来ないな。
これはイアンの言うとおりだったみたい……)
容赦ない腹痛に耐えながら、王子はイアンのアドバイスを思い出す――。
――――回想――――
「うぅ、日曜日にデートか。
……どうしよう?」
『なんや、ビビっとんのか?』
「いやだって、コレが俺の人生で初のデートだし……。
今までは呪いのせいで、女性とデートなんて夢のまた夢だったからなぁ……。
つか、よく考えたら呪いはどうすんだ?
相手に触れないでデートなんかできるのか?」
『それなら問題ないで。
一ついい方法があるんや』
「方法ってどんな?」
『それはなぁ――絶食や』
「ぜ、絶食?」
『食べ物は口から入って外に出るまで丸二日かかる。
つまり二日前から絶食しとけば、体の中が空っぽになるんや。
そうすればいくら呪いで腹が痛くなったって平気やで。
何しろ腹の中には出るモンが一切ないんやから』
「な、なるほど!
そんな手があったのか!」
『ちなみに水分もできるだけ採らんほうがええ。
なるべく全身カラカラで行くんや』
「そ、それはきついかも……。
でもデートのためなら仕方ないな」
――――回想終了――――
待ち合わせした駅前から、歩いて五分にある大きな公園。
緑が豊富でアクセスも良く、ウォーキングに最適なロケーションとして人気の場所だ。
そんな公園を縦断する、木漏れ日の漏れる遊歩道を、腕を組んだ王子と紅葉が散策していた。
――ぎゅるるるるるる……。
(うぐぐ……い、痛い……。
で、でも我慢はできる……。
なんとか紅葉先生には気づかれないようにしないと……)
いまだに腹痛と闘いながら、おくびにも出さずに笑顔を作る王子。
こんな時でもアイドルスマイルを崩さないとは、今まで培ってきた王子様キャラの賜物だろう。
そんな王子の事情に全く気付いていない紅葉は、のんびりと森林浴を楽しんでいた。
ふと道沿いの植え込みに目をやると、緑に埋もれたお地蔵様を見つけた。
「見てください、王子くん。
こんなところにお地蔵さんがいますよ」
「あ、ホントだ。
よく見つけましたね、紅葉さん」
「私、好きなんですよねぇ。
仏像とか神社とか」
「あぁ、何となく分かりますよ。
紅葉さん、そういう趣味が似合いそうだって」
「むぅう、それって私がおばちゃんっぽいって事なんじゃ……」
「いやぁ、むしろおばあちゃん感があるというか……」
「おばあちゃん感!?
わ、私まだ二十二なのに……」
「い、いい意味でですよ、いい意味で!
誉め言葉ですって!」
「知りません!
全然褒められてる気がしませんし」
「ホントですって。
紅葉さんのそういう優しい雰囲気、俺、大好きですし」
「うっ……そ、それなら仕方ありませんね……」
初々しいトークを続ける二人。
王子のポケットの中の、今日は勲章のみのイアンは――
『うーん、まぁいい雰囲気やな。
まだお互い敬称付けて敬語なんは、他人行儀な気はするけど……。
まぁ、二人とも奥手っちゅーか、受け身なタイプやししゃーないか』
――そんな二人の様子を見守りながら、そんな評価を下していた。
もともと穏やかな性格の二人、のんびりとした時間が流れていく――。
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