王子と“究極の二択”作戦

『名付けて……“究極の二択”作戦や!』


(“究極の二択”作戦?

 それってどんな……?)


『それはやな――』


 ――ひそひそひそ……。


 王子に作戦を伝授するイアン。


(えぇえっ! ムリムリ!

 そんな事を頼んで、断られたら終わりじゃないか!

 そんな賭けには乗れないよ!)


『大丈夫やって』


 王子は慌てて否定するが、イアンは自信満々に提案する。


『そりゃ確かに王子の言う通り、賭けの部分はあるで。

 けど失敗する可能性は、相当低い確率のはずや。

 だって、昨日の紅葉を思い出してみい』


「昨日の紅葉先生……?」


『紅葉はお前と同じ優柔不断な人間や。

 それが王子のために、新聞部の女に突っかかって行ってたやろ?

 事なかれ主義の人間が、あんな風に感情を露にして怒るって相当やぞ。

 その原因はたった一つ、王子の事がかなり好きになっとるって証拠や』


(えぇ、ホントに……?

 で、でも……)


『あーもう! やっぱ王子も相当な優柔不断やな!

 ええからやれ! 失敗したら失敗したときや!』


(わ、分かったよ!

 やればいいんだろ、やれば)


 押し切られてしまった王子は、イアンの支持を受け紅葉に向き直る。


「えっと、あの、紅葉先生……」


「何ですか、王子野くん」


「……ごめんなさい紅葉先生。

 やっぱり今回の事は、俺のせいだと思います」


「そ、そんなことありませんよ。

 それならやっぱり私が……」


「いえ、俺のせいです。

 俺なんかが保健室に来なければ、こんな騒動は起こっていないんですから」


「そ、そんな事は……」


「いえ、そうなんです。

 俺……先生に迷惑をかけてしまった事が悔しくて……」


「お、王子くん……」


「だから……」


 思わず言い淀んでしまう王子。

 だが、意を決したように口を開く。


「紅葉先生、俺、決めました。

 もう保健室には来ません」


「――っ!

 そ、それは――」


 それは嫌ーー

 そう言いかけて、思い止まる紅葉。

 教頭の怒って赤くなった顔と、彼の言った『今の状態を一刻も早く是正してください!』という言葉が思い出される。


(王子野くんが来なくなる――。

 現状ではそれが一番いい対処法だって、私にも分かる。

 けど……)


 理性では分かっても、感情では納得しきれず逡巡する紅葉。


「お、王子野くんは、それでもいいんですか……?」


 気持ちが漏れ出し言葉になる。


「もう保健室に来れなくなって平気なんですか……?」


「――平気なわけないでしょう!」


「――っ!?」


 思ってもみなかった力強い王子の返事に、思わず驚いてしまう紅葉。

 それをチャンスとばかり、王子は言葉を畳み掛ける。


「これでいいわけがない!

 俺だって紅葉先生と話すのは楽しかった!

 これからも毎日紅葉先生と会いたい!

 けど、これ以上先生に迷惑かけるわけにはいかないじゃないですか!」


「そ、そんなの気にしないでください。

 私の迷惑なんてどうでもいいです。

 だから……」


 王子の勢いに飲まれて言いかけた言葉を、紅葉は慌てて飲み込んだ。


(――だから、何?

 また来てくださいって言うの?

 そんなの言えない、言っちゃいけない事よ……。

 でも私……私は……。

 嫌、もう王子野くんと話せないなんて、そんなの……)


「…………」


 何も言えなくなった紅葉は黙り込んでしまった。

 その様子を見て、さらに王子は言葉で踏み込んでいく。


「……ごめんなさい、紅葉先生。

 やっぱり俺はもう、この保健室には来れません。

 だから……ひとつだけ、お願いを聞いてもらえませんか?」


「お願い……何ですか?」


「それは……」


 そこで王子は言葉を区切った。

 たっぷりと溜めて間を作り、そして――核心の一言を言い放つ――。


「俺と……学校の外で会ってもらえませんか?」


「――なっ!?」


 これこそイアンが提案した“究極の二択”作戦。

 学校の外で会うか――。

 それとも二度と会わないか――。

 選択肢を限定してから相手に選ばせることで、自発的に決断したように錯覚させる作戦だ。

 こちらの狙い通りの選択肢を選ばせることができるかどうか、確かに賭けの要素が大きい方法である。


「お、王子くん、それは……」


 その内容に絶句する紅葉。

 その気に乗じて、王子はさらに紅葉を追い込んでいく。

 賽の目を振った以上、王子としてはやれることをやるだけだ。


「保健室でこうして会うのはもう無理です。

 いくら相談活動だからって言っても、世間は信じてくれません。

 それは紅葉先生も思い知ったはずです」


「そ、それは……」


「今回の俺と先生の関係もでっち上げられたもの。

 でもいくら否定したところで、どうせ世間は真実よりもスキャンダルを求めるんです。

 だから……」


「そ、外で会う? でもそれって……」


(ダメよ、そんなの。

 先生と生徒が外で二人っきりだなんて、それこそ……)


 それはつまり――禁断の関係だ。

 校内新聞に書かれていた内容が、嘘ではなく本当になってしまう。


「俺、先生に助けてもらって、先生の事が好きになりました。

 先生としてじゃなく、一人の女性として!」


「――っ!」


(こ、これって告白――? お、王子くんが私に――?)


 ――本当になってしまうんじゃない。

 ――もうすでに本当になっている。

 王子の告白は、紅葉にそう思わせるものだ。


「俺は紅葉先生ともっと話がしたい。

 もっと先生の事が知りたいって、そう思ったんです。

 だから、これっきりなんて絶対に嫌だ!

 お願いです先生、俺と外で会ってくれる約束をしてください!」


「そ、それは……」


(私……私も王子くんとこれっきりなんて嫌。

 ……だけど……だからって……)


 教師である立場と本当の気持ち――。

 板挟みで激しく動揺する紅葉。


「……ダメですか? お願いします、紅葉先生。

 俺はただ、紅葉先生ともう少し一緒にいたいだけなんです」


「わ、私は……」


(ああっ! 私は一体どうすれば――)


 悩んだ末に、紅葉は結論を出した――。

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