王子と思わぬ涙
王子が保健室に来た、翌日の放課後。
(あぁ……放課後が来ちゃいました。本当に今日も王子くんは来るのかなぁ?)
保健室では、昨日の事を想い出し、悶々とする紅葉の姿があった。
(生徒とはいえあんなイケメンと一緒にいると、緊張して疲れちゃうよねぇ。
私は“平穏な保健室生活”が送れればいいだけなのに、どうしてこんな試練が……。
あぁ神様、あの約束がただの挨拶でありますように……)
だが紅葉のそんな祈りもむなしく――
――コンコン、ガラッ!
――ドアがノックと同時に開き、王子が保健室にやってきてしまった。
「こんにちは、紅葉先生」
「こ、こんにちは、王子野くん」
(あぁあ、やっぱり来ちゃった……。
約束した手前、今さら断れないですし……。
困りました、あぁ、私の平穏な保健室生活が……)
そんな紅葉の心の内を察したかのように、王子はまず謝罪から入る。
「……ごめんなさい、紅葉先生。
きっと迷惑ですよね、何度も保健室に押し掛けるなんて……」
「えっ、いやその……」
(も、もしかして顔に出てたかな?
ダ、ダメじゃない私!)
王子を謝らせてしまったことに、紅葉は慌てて反省する。
(養護教諭になるときに決めたでしょう。
もっとしっかりした人間になって、生徒たちの役に立つんだって)
初心を思い出し、王子に向き直る。
「そ、そんなことないですよ、王子野くん。
ここは皆のための保健室。
困ってる人ならいつでも大歓迎ですから」
「本当ですか? 良かったぁ。
いま俺学校に居場所が無くて、ココでも追い出されたらどうしようかと……」
「そうですか、大変ですね。
大丈夫、私でよければ何でも相談してください」
(そうよ、それが私の勤めなんだから!)
力強く見つめ返された王子は相好を崩す。
「本当ですか?
それじゃ紅葉先生、聞いてください。
俺の話を――」
そこから王子は、最近の身の上を紅葉に語りはじめた。
曰く――
――あの新聞が出て以降、周囲の人間の目が冷たい。
――大衆は真実よりスキャンダルを求め、いくら俺が訂正しても誰も聞いてくれない。
――今までチヤホヤしていた人は手のひらを返し、毎日のように自分を罵倒し蔑んでくる。
――ジャーナリズムという名の刃で傷つけられる日々。
――という、全くの嘘ではないが、かなり大げさに盛ったエピソードトークで、紅葉の同情を得ようとする王子。
「もう今の学校に、俺の味方は誰もいないんです。
いったいどうしてこんな事に……」
「それは……うーん……。
そう、ひょっとしてみんな、王子野くんに嫉妬しているんじゃないかしら。
君がカッコいいから羨んでいるのよ、きっと」
紅葉の無難な指摘に、王子は大げさに首を横に振る。
「カッコいいですか……。
こんなもの、何も羨ましくありませんよ。
確かに顔がよければ女性にモテるかもしれない。
だけどみんな俺の顔だけにしか興味を持ってくれないんだ」
秀麗な顔を歪ませて、苦悩にじませる王子。
「女子は俺の顔にしか興味が無くて、そして男子からは妬まれて……。
そのせいで本当の自分が出せなくなって、今まで恋人も友達もできた例がない。
誰も彼もが俺の外見だけに興味があって、俺の中身なんて誰も見ていないんだ……」
「そ、それって……」
王子の悩みを聞き、自分と重ね合わせる紅葉。
(ひょっとして、昔の私と同じ……?)
紅葉は思わず自分の胸を見る。
そこには平均を大きく上回る二つのふくらみがあった。
(私も男性が胸ばかりを見て、本当の私を見てくれないとよく悩んでた。
今考えると深刻に考える事でもないんだけれど、思春期のころは『こんな胸じゃなければ』なんて本気で悩んでたな……。
まさか王子野くんも、同じような悩みを抱えていたなんて……)
思わぬ共通点に戸惑う紅葉に対し、王子はさも深刻な悩みかのように話を続ける。
「ぜいたくな悩みだって事は分かってます。
でも俺は、皆に羨ましがられるような人間になりたかったわけじゃない。
俺はただ、普通に誰かを好きになって、穏やかな恋愛をして、平和な人生が送れたらって……。
俺が望んでいるのはたったそれだけの事なのに……」
「王子野くん……」
(……私も彼を外見でしか見ていなかった。
目の覚めるようなイケメンで、だから誰からも愛されるような人間なんだろうって、勝手にそんな想像をしてた。
私なんかとは住む世界が違う、世界の中心にいるような人間なんだって。
でも――)
――穏やかな恋愛をして、平和な人生が送れたらって――
(王子くんが言ったその願い。
その願いは私と似てる――)
――私は“平穏な保健室生活”が送れればそれでいいの――
(王子野くんも私と何ら変わらない――。
人の目を気にして悩んじゃうような、いたって普通の人間なんだ――)
王子の身の上に、思いがけず深く共感してしまう紅葉。
黙り込んでしまった紅葉を見て――
「――って、すみません紅葉先生。
つまらない話をしてしまって」
――と、取り繕う王子。
その態度に紅葉は思わず慌ててしまう。
「あっ、いえ、違うんです。
気にしないでください」
そして、少し逡巡したあと、王子に向き合う紅葉。
「王子くん、私に何でも話してください。
私がどんな悩みや相談でも聞きますから」
「本当ですか? ありがとうございます、紅葉先生」
「それに……」
(私は養護教諭――保健の先生です。
保健の先生は、生徒のために頑張るのが仕事なんです。
だから――)
何かを決意したかのように頷くと、王子に真摯に語り掛ける。
「王子野くん。
私は何があっても君の味方です」
「も、紅葉先生……?」
「さっき言っていたでしょう、誰も味方がいないって。
安心してください、私があなたの力になります。
皆が敵になったとしても、私だけは君の味方ですよ」
「み、味方……」
「はい。一緒に頑張りましょう。
どんなにつらい事があっても大丈夫。
私がついてますから」
そう言いにっこりと笑いかける紅葉。
その瞬間――
「あ――……」
――スゥーッと王子の頬を涙が伝った。
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