王子とおっぱいの降る階段

「は、はは、それは助かった……あ、そうだ紺奈ちゃん」


 紺奈に会ったら言おうと思っていた事を思い出し、王子が彼女の仕事の話題を振る。


「見たよ今月のハニーティーン。

 先月の表紙に続いて巻頭特集なんて凄いよね。

 尊敬するよ」


「……何それ? またバカにしてる?」


 褒められたはずの紺奈はなぜか渋面を作る。

 思っていたリアクションと違っていて慌てる王子。


「い、いやいや、今めっちゃ褒めたでしょ?」


「あれだけモデルの仕事をディスっておいて、今さら褒められてもバカにされてるようにしか聞こえないんだけど」


「あっ……そ、そうだったっけ……ごめん……」


 紺奈の指摘で、王子は自分が彼女にした仕打ちを思い返す。

 キスさえすれば用済みといった態度で、一方的に紺奈を傷つけたのだ。


(俺……改めて考えたらホントに酷い事してるよな……)


 解呪に命がかかっているとはいえ、最低な事をしていると再認識する王子。

 そのまま黙り込んでしまった王子に、紺奈は軽く肩をすくめ――


「……もういいわ」


 ――と言い残し踊り場から立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待って!」


 階段を降りようとする紺奈を慌てて引き止める王子。

 紺奈の足が止まったのを確認すると、王子は話を続ける。


「俺、紺奈ちゃんの事、尊敬してるのは本当だよ。

 やりたい事があって、それに向かって頑張る人って素敵だと思う。

 俺って何もやりたい事がないからさ。

 モデルとして努力してる紺奈ちゃんはめっちゃカッコいいよ」


 それは王子の本当の気持ちだ。

 これからもキスを続けなきゃいけない王子にとって、誰か一人と仲良くなるのは難しい。

 そんな王子にとって、傷つけてしまった紺奈にせめて言っておきたい自分の気持ちだった。


「…………バーカ」


 そんな王子に対し、素っ気ない一言だけを残して立ち去ろうとする紺奈。

 踊り場から下りの階段へ足を踏み出――そうとしたそのとき――


「きゃぁああああああああああっ!」


 ――そんな悲鳴が上から聞こえた。

 慌てて王子が見上げると、階段の上から――


 ――巨大なおっぱいが降ってきた。


 王子の目の前に突然現れた、たわわに実ったスイカのようなおっぱい。

 どうやら何者かが足を踏み外して階段から落ちてきたようだ。

 だが王子には、それがどんな人物なのかは分からない。

 なぜならそれを確認する前に、すでにおっぱいが目の前にあったのだから。


「むぎゅうううううっ!」


 避ける暇もなく王子はおっぱいを顔面で受け止める。


(な、何だこの柔らかいものは――!?

 この世のものとは思えないこの張りと感触――!

 ふあぁぁ、まるで優しさに包まれているかのよう――)


 王子が一瞬で幸せに染まったそのとき――


 ――ズルッ!


 ――と王子の足が滑る。

 階段から落ちてきたおっぱい(とその持ち主)を支える形になった王子だが、その重さに耐えきれなかったようだ。

 そのままおっぱいに押しつぶされるように倒れ込み――


 ――ゴンッ!


 ――という鈍い音とともに、王子の後頭部が床に打ち付けられた。


「ぐぅおおおおおおおおおおっ!」


 あまりの痛さに苦悶の声をあげる王子。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 王子にのしかかってきたおっぱい――の持ち主が慌てて飛びのき、頭を抱えて悶絶する王子に謝罪する。


「ぐぅう……だ、大丈夫です……」


「ほ、本当に?

 さっきすごい音がしてましたけど……?」


「いえ、平気ですから、本当に……」


 涙目になりながらも気丈に答える王子は、改めて相手の女性を見る。

 白衣を着たその巨乳女性――王子はその彼女に見覚えがあった。


(確かこの人って……)


 だが王子が思い出す前に――


「――プッ! キャハハハハ!」


 ――まるで邪魔をするように、隣の紺奈から笑い声が上がった。


「プークスクス! なに今の? 王子ってば痛そーっ!

 いま後頭部『ゴンッ』っていったよね、『ゴンッ』って!

 アッハッハ! ヤッバ、笑い止まんないって!」


(ぐっ……ちくしょう、やっぱ紺奈ちゃん嫌いだ!)


 王子の不幸に大爆笑する紺奈に、思わずそんな批判が王子の頭をよぎった。

 と、そのとき――


 ――ぎゅるるるるるるるるるっ!


「タイムラグゥぉおおおおおおおおっ!」


「あっ! 君、待って! まだ治療が――」


 ――時間差で呪いの腹痛に襲われた王子は、全てを置き去りにトイレへ走るのだった。


 ――――――

 ――――

 ――


 ――王子が逃げ込んだいつもの男子トイレ。


『なぁ王子。あのおっぱい姉ちゃん、誰か知ってるか?』


「えっと……確かに見覚えがあるんだけど……誰だっけ……」


 個室の便器に腰を掛けたまま、平然と会議をしている王子とイアン。

 ……これが慣れと言うものなのだろう。


「そうだ、思い出した!

 今年から赴任してきた保健の先生だ!

 新年度の始業式で紹介されてたんだっけ。

 そういや男子たちが噂してたよ、『保健室にでっかいおっぱいがいる』って」


『なるほど、先生か。こりゃ面白くなってきたで』


「……? 何が面白いんだ?」


『そりゃ決まっとる。次のターゲットの話やんけ』


「次のターゲットって……ま、まさか!」


『そのまさかや。

 ぶつかったことでフラグが経ったようやな。

 次のターゲットはあの先生やで』


 予想的中に青ざめる王子。


「ちょ、ちょっと待てよ!

 先生が相手?

 ムリムリ、さすがにハードル高いって!」


『おいおい、まだそんな事言うとんのか?

 今まで俺様のアドバイスで全部上手く行っとるやろ。

 俺様にかかれば相手が先生でも楽勝やで』


「そ、そんなワケが……」


 無い――と言いかけて、ふと今までの事を思い出す王子。


(そういえば……イアンのアドバイスで酷い目に遭う事も多いけど、最近は的を射たアドバイスも多くて随分と助けられたっけ……)


 とはいえ完全に信じられない王子は、うーん……と考えを巡らせた結果――


(……まぁ、聞くだけ聞いてみればいいか)


 ――という結論に至った。


「よしイアン、試しにどうするか言ってみ?」


『ええか王子、まずはな――』


 ――個室トイレでの会議はまだ続く。

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