王子と喧嘩を売る紺奈
――その日の放課後。
昇降口の横にある掲示板の前に、またもや人だかりができていた。
掲示板に張られているのは――
【実は二股ではなく三股だった!?
王子くん放課後の漫研部通いの真相は!】
――そんなタイトルの校内新聞だ。
内容はというと――
『先日、二股疑惑で世間を騒がせた『嘉数高校のプリンス』こと王子野王子くん。
だがここにきて、実は三股だったのではないかとの憶測が飛び交っている。
そのお相手は、かつて美術部の天才として知られ、現在は女子漫画研究部に所属している、三年の四阿白雪さんだ。
漫研部に直撃取材をしたところ、ここしばらくは毎日のように、王子野くんが漫研部の部室に姿を現していたとのこと。
放課後になると現れては、ずっと四阿さんの創作風景を見学していたそうだ。
部員たちが言うには、いつも部員たちが一緒にいたため、怪しい関係になるチャンスはあまりなかったのではないかとの事なのだが……。
果たして真相は?
我々新聞部は今後も取材を続け、事の真相を追求していくつもりだ』
――そんな記事と共に、王子と白雪の仲の良さそうな写真が掲載されていた。
「ま、またこんな新聞が……。
俺の評判がさらに落ちる……」
『気にすんな、どうせもうどん底や。
これ以上落ちる事はないで』
落ち込む王子に、励ましにならない励ましを送るイアンであった。
――――――
――――
――
「見て見て、王子くんよ! 皆を騙してた裏切者の!」
「二股だけでなく、四阿さんにまで手をかけていた鬼畜男!」
「みんなのアイドルみたいな顔しておいて、裏で三股だなんて……」
「私はあの中二病みたいな考え方がもう……うぅ、寒気がする」
「ホントに幻滅したわ、何が嘉数高校のプリンスよ」
王子が学校の廊下を歩いていると、周りの女子たちから非難の声が聞こえてくる。
原因はもちろん、ここ最近の校内新聞のスクープだ。
二股の告発記事から始まり、イアンの工作による王子中二病疑惑、さらには三股疑惑と、王子の評判は史上最低まで落ち込んでいた。
もちろん最近まで仲良くしていた漫研部部員や、接する時間の長いクラスメイトの女子など――
「大丈夫よ、王子くん! 私は王子くんを信じてるから!」
――などと言ってくれるファンの女子が、まだ少ないながらもいるようだが。
それでも学校中で王子の批判が渦巻き、炎上を超えてお祭り状態となっていた。
さらには最近――
「――はっ! 殺気!?」
――たまに背後から恐ろしい視線を感じることのある王子。
慌てて振り返ってもそこには誰も見当たらない――。
そんな事が頻繁に起こるようになっていた。
王子も視線の主を捉えようとはしているのだが、未だ犯人は不明のまま。
「……きっと気のせいだろう」
分からない以上、考えても仕方がないと、王子は気にしていない様だ。
『ちゅうかそれ黒子やろ。
アイツ以外に該当者なんておらんがな』
「考えない様にしてるんだから黙れ!」
――訂正、気にしない様に努力しているようだ。
ともかく。
イアンの入ったバックを背負い、批判の目に晒されながらも放課後の校舎を練り歩く王子。
その理由は――次のターゲット探しだ。
早くキスをして呪いを解く、その目的のため、王子は恥を忍んで行動していた。
(で、イアン、誰かターゲットになる女子はいた?)
『いや、おらんな。ハズレばっかりや』
学校中を徘徊しながら、テレパシーで成果を確かめる王子。
イアンからの返事を聞くに、結果はどうやら芳しくないようだ。
(うーん、学校内にはもういないのかな?
外に探しに行った方がいいんじゃ?)
『いや、それはあんまり意味ないで』
校内でのターゲット探しを諦めようとする王子を、イアンが止める。
『ターゲットになるんは“王子の知り合いで、俺様の愛人十人と共通点のある女性”や。
見ず知らずの女性はそもそもキスの相手としてフラグが経ってない状態やからな』
「そ、そうなの?」
『せや。だから外に探しに行く事を考えるよりも、話したことのない奴に話しかけて、知り合いを増やす努力をした方がええやろな。
今みたいにブラブラ歩くだけやなくて、こっちから積極的に話しかけたらどうや?』
(な、なるほど……)
いくら王子とはいえ、女子生徒全員と交流があるわけじゃない。
むしろ話したこともない人の方がはるかに多いはず。
それに知人を作るなら、全く関係のない校外の人より、同じ高校の生徒という共通点があった方が話しかけやすいだろう。
(そう考えるとイアンの言う通り、校内でターゲット探しを続けた方がよさそうだな)
――なんて事を王子が考えていると――
「ねぇ王子、ちょっと聞きたいことがあんだけど」
――そう声が掛けられた。
場所は階段の踊り場。
声がしたのは背後、降りてきた階段の上からだ。
王子が振り返ってみると、その視線の先には――
「――げっ!
か、紺奈ちゃん!」
「なにそのリアクション?
失礼じゃね? ねぇ?」
――階段の上に立っていたのは、モデルで『嘉数高校のカリスマ』と称される三枝紺奈だ
王子が引いた態度になったのも仕方がない。
キスした後、喧嘩別れのようになってしまっていたので、王子としては顔を合わせづらい相手だ。
「ご、ごめん紺奈ちゃん。
いや、それにしても……」
階段を降りてくる紺奈を、改めて観察する王子。
紺奈はいつもどおりのギャルファッション――なのだが、普段に比べると随分と控えめな印象だ。
髪も明るいブロンドだったのが、ダークブロンド――金髪と茶髪の中間くらい――の大人しやかな色に変わっている。
「――今日のファッションは随分と落ち着いてるよね。
どうかしたの?」
「……別に。ちょっと心境の変化があっただけよ」
その変化というのは、ギャルモデルを脱却しスーパーモデルを目指し始めたことだろう(前回の閑話参照)。
王子に弄ばれてからの紺奈は、王子を見返すため上を目指し、モデルとしてチャレンジしている最中なのだ。
「そんな事より、ねぇ王子。これなに?」
そういって紺奈が一枚の紙を差し出した来た。
それは――今話題の校内新聞だ。
「何って……白雪先輩とのうわさの事?」
そう言って校内新聞に目を通した王子は間違いに気づく。
【王子野王子くんに10の質問】
(……うっ! こ、これ、俺に対する質問記事の方だ……)
それは――イアンが推敲した中二感あふれる返答が、王子の声として記載されている前号の新聞だった。
見たくないものを見せられた王子の額から、嫌な汗がツゥーっと流れ出す。
「これに書いてある事って本気なの?
だとしたら相当イタいんだけど……」
「いやいやいや、違うから! 全然違うから!」
紺奈の疑惑に慌てて弁解する王子。
「あれは何と言うか……ギャグ……そう、ギャグなんだよ!
笑いを取ろうとしたらガチに受け取られちゃってさぁ。
いやぁ、まいったよ、アッハッハ」
「ふぅん、ギャグかぁ……。
だとしたら相当スベってるわね」
「うっ……!」
「それに……この内容は何?」
紺奈が新聞の内容の一部を読み上げる――。
「問6.
同じくインタビューに応じてくれた三枝紺奈さんに、何か言いたいことはありますか?
答6.
それこそ彼女の嫉妬だよ、俺の美貌に対するね。
俺が本気を出せば、俺以外のモデルなんてこの世から必要がなくなってしまう。
彼女もそれが分かっているから、俺の事が許せないんだろうさ」
――紺奈の朗読を聞きながら、(こ、これはヤバい……)と、どんどん青ざめてゆく王子。
「……ねぇ、何これ?
私に喧嘩売ってんの?
ギャグだからって許せる範囲超えてんだけど?」
「いや、それは、えっと……」
しどろもどろになる王子に、見かねたイアンが口を出す。
『おい王子、ごにょごにょ……』
(――はっ! それだ!)
アドバイスを受けてイキり立つ王子。
「こ、これに関しては、俺が一方的に攻められる謂れはないぞ!
そもそも先にインタビューを受けて、俺をディスりまくったのは紺奈ちゃんの方じゃないか!」
その言葉を聞いた紺奈は、途端に柳眉を吊り上げる。
「へぇえ、つまり仕返しでこんな発言したって事?」
「そ……そうだ!」
「私が先に喧嘩を売ったから、王子がそれを買ったって事?」
「そ……そう……かな?」
「先に私を騙してキスさせたくせに、それでも私が悪いって事?」
「そ……それは……」
最初の勢いは何処へやら、紺奈に睨まれタジタジとなる王子。
考えてみれば最初に酷い事をしたのは王子の方だ。
「私は一切嘘は言ってないつもりだけど、それでも自分が正しいって?」
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
――ガバァッ!
言い訳のできなくなった王子は即座に土下座してみせた。
『おいおい王子、せっかくアドバイスしたのに言い負けてどうするんや?』
(し、仕方ないだろ、どう考えたって相手の方が正論じゃないか)
その見事な土下座っぷりに、イアンは不満を表し、詰めていたはずの紺奈も――
「……ねぇ王子。いきなり土下座って、プライドとかないの?」
――と呆れ気味だ
(プライド……うーん、あんまり無いかな……?)
……という返事は、さすがの王子も言葉にせず胸の内にしまったようだ。
土下座したまま沈黙を続ける王子に、痺れを切らした紺奈が言葉を続ける。
「で、いつまでそうしてるワケ?」
「……紺奈ちゃんが許してくれるまで」
ようやく発した王子の答えに「はぁー……」と大きくため息をつく紺奈。
「あーもう、分かった分かった。
確かに私も、インタビューで言い過ぎたとこもあったしさ。
許してあげるから立ちなって」
紺奈から諦め半分の許しがあり、王子も土下座を辞めて立ち上がる。
そんな王子に、ヤレヤレと首を横に振る紺奈。
「まったく。
新聞を見て一発ぶん殴ってやろうと思って来たのに……。
なんだかその気がなくなっちゃったわ」
「は、はは、それは助かった……あ、そうだ紺奈ちゃん」
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