王子と四阿白雪――攻略完了――

 翌日――。


『ええか王子、ゲイ設定を忘れんな。

 心からゲイになりきるんや。

 上辺だけ真似て騙せる思うたらアカンで』


(あーもー煩い! いい加減イアンは黙ってろよ)


 いがみ合いながら階段を王子とイアン。

 イアンはいつも通りカバンの中に入れられ、王子の肩にかけられている。

 向かった先は――屋上だ。

 塔屋のドアを開け外に出ると、そこには一人の女性が待ち受けていた。


「来たわね、王子くん。待っていたわ」


 王子に気づいた白雪が、気まずそうに挨拶をする。


「すみません、白雪先輩。こんなところへ呼び出してしまって」



「いいのよ、何か大事な話があるのでしょう?

 それより私の方こそ、昨日はごめんなさい。

 私も突然で戸惑ってしまって……」


「いいんです、白雪先輩。

 こちらこそごめんなさい、失礼な事をしてしまいました」


 謝罪を済ませた王子は、「それで……」と本題に入る。


「今日は白雪先輩に、折り入って相談があるんです」


「ええ、聞いているわ。

 でも、わざわざ屋上に呼び出すなんて、いったいどんな相談なのかしら?」


「実は今まで白雪先輩に黙っていた事があります。

 俺には誰にも言えない秘密があるんです。

 こんな屋上で、人目を忍ばないと話せない、特別な秘密です」


「――特別、ですって?」


 特別という言葉に簡単に釣られる白雪。


「それで、いったいどんな秘密なのかしら?」

「それは――」


 一瞬言い淀んだ王子。

 イアンから『言え! ゲイになり切って言うんや!』という叱咤が飛ぶ。

 そして――王子は覚悟を決めた表情で白雪に告げる。


「実は――






 ――実は俺、女除けの呪いにかかってるんです」


「……は?」『はぁあああああっ!?』


 王子が秘密を話した直後、二つの声が同時に上がる。

 戸惑う白雪の声と、イアンの驚愕の声だ。


「の、呪い?

 いったいどういう事なのかしら?」


「ですから、昔の悪い魔女に、女性に触ると腹痛を起こす呪いをかけられてるんです」


『ちょっ、待たんかい!

 いったいどういうつもりや王子!?』


 慌ててイアンが詰問するが、無視して話を続ける王子。


「本当なんです。

 信じてください白雪先輩」


「えっと……急にそんなオカルトを聞かされても……」


「信じてもらえませんか?

 仕方ないですね。じゃあ証拠を見せましょう」


 そう言って王子はカバンを開けると――


「コレがその証拠、しゃべるぬいぐるみです!」


 ――イアンを掴んで白雪に差し出した。


『――――――――っ!』


 イアンは声にならない悲鳴を上げるが、耐えて身動き一つ取らずにじっとしている。

 ぬいぐるみ然としたイアンを突き出され、困惑する白雪。


「……ひょっとして私、バカにされているのかしら? それとも昨日の意趣返し?」


 少し怒った様子を見せ始めた白雪に、だが慌てず王子はイアンを詰める。


「おいイアン。早く喋れ」


『…………』


 王子にブンブン振り回されるも、イアンはただのぬいぐるみのフリを続ける。

 だが――


「喋らないと勲章をペンチでへし折るぞ?」


『ふざけんな、このボケェえええええっ!』


 ――ついに脅迫に屈してしまったイアン。


『おいコラこのクソ子孫!

 ベラベラ秘密を喋りやがって、どういうつもりや!』


「だってイアンが言ったんじゃないか。

 特別感を演出しろって。

 この“女除けの呪い”以上に、特別な事なんてないだろ」


『アホか!

 勝手に予定と違う事をやりおって、このボケカス!』


「うるさいなぁ。

 ゲイなんて嘘つくくらいなら、本当の事をカミングアウトした方がマシなんだよ!」


 言い争いを続ける王子とイアン。

 ぬいぐるみと喧嘩をする男というあり得ない事態に――


「なっ、なっ、なっ……なぁああああああっ!」


 ――白雪は思わず奇声を上げていた。


「どういう事なのかしら?

 ぬ、ぬいぐるみが喋って……はっ、コレがいま流行のAIなのかしら?」


「違いますよ白雪先輩。

 ほら、触ってみてください。

 中には綿しか入っていない普通のぬいぐるみですよ」


『ちょっ! 待たんかい王子!』


 王子が嫌がるイアンを無理矢理白雪に渡す。

 ――ムニムニムニムニ……。


「ほ、本当だわ。中には何も入ってない」


『ほわっ! ほわわっ! やめっ!

 俺様を揉むんやない!』


「ならこの勲章に何か仕掛けが?

 AIやスピーカーが仕込まれてるんじゃ……」


『ア、アカン! 擦らんといて!

 勲章はビンカンで……アフンッ♡』


「わ、分からないわ。

 たとえ勲章に何か仕込まれていたとしても、こんなふにゃふにゃな人形が動けるわけがないもの」


『な、何やコレ?

 こんなん初めてや!

 アカン、アカンてぇえっ!』


「まさかコレ……本当にオカルトなのかしら……?」


『もう無理っ! やめっ!

 やっ……らっ、らめぇえええええええっ!』


 白雪に凌辱の限りを尽くされ、ついに昇天してしまったイアン。

 そして、ようやく白雪もオカルトを認め始めた。


「た、確かに科学では解明できない事が起きているようね……」


「どうです? そろそろ信じてもらえました?」


「……とりあえず詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」


 白雪に促され、王子は呪いについて説明を始める――。


 ――――――

 ――――

 ――


「なるほど、それで私とキスしようとしていたのね」


「は、はい……」


「私はただの解呪装置と言ったところかしら?」


「い、いえ決してそんな事は……」


「私の事なんて好きでもなんでもなかったと?」


「そ、それは何と言うか、全く気持ちがなかったわけではなく……」


「それじゃ好きなのかしら?」


「うぅっ……ご、ごめんなさい…………」


「私、結構本気になりかけてたのだけれど」


「すみません、すみません、すみません」


 土下座スタイルで何度も頭を下げる王子。

 その様子に白雪はヤレヤレと肩をすくめる。


「まぁいいわ、許してあげる。

 王子くんの立場なら、必死になっても仕方ないだろうし」


「ほ、本当ですか?」


「ええ。それに呪いが実在するだなんて、とっても興味深いわ。

 そんな特別な事を教えてもらえたのだから、少しくらいのイライラは我慢してあげる」


「が、我慢……」


「何か問題があるのかしら?」


「い、いえいえ何も!

 と、ところで白雪先輩、一つお願いが……」


「あら、何かしら、王子くん?」


「お話しした通り、呪いを解くにはキスが必要なんですよ。

 だから……」


「……私、ファーストキスもまだなんだけれど」


「うっ……そ、そこを曲げて何とか……お願いします!」


 引けない王子は再び土下座で白雪に頼み込む。

 

「うーん……じゃあ条件が一つあるのだけれど」


「な、何でしょう?

 できる事なら何だってやります!」


 条件を仄めかす白雪に、全力で乗っかろうとする王子。


「このぬいぐるみを貰えないかしら?」


「あ、全然OKっす」


『ふざけんなぁああああああああっ!』


 生贄にされそうになったイアンがキレた。


『俺様を売る気かコラ!

 それでええと思とんのか王子!』


「いやだって、イアンには結構酷い目に遭わされてるし……」


『アホかお前は! 

 俺様がおらんでどうやってターゲット見つける気なんや!?』


「あ、そういえば……。

 くっ、厄介払いができると思ったのに……」


 イアンの必要性を思い出した王子は、白雪に折衷案を提示する。


「それじゃ白雪先輩、毎週……は多すぎるから、隔週で土日の休みに貸し出すというのはどうでしょう?」


「そうね、そのあたりが妥協点かしら?」


『うぉいっ! 俺様は納得しとらんぞコラ!』


 イアンは反対するが、協定は締結されたようだ。

 逃げ出そうとするイアンをひょいと持ち上げ、白雪に差し出す王子。


『離せ! 離さんかいコラ!』


「じゃあ白雪先輩、早速今日一日コイツを好きに――」


 と、そのとき――。


 白雪の手が王子の頬に添えられ――

 そのまま吸い込まれるように顔を寄せられ――

 唇と唇が重なる――。


 ――不意に訪れたキスの瞬間。

 それはどれほどの時間だっただろう。

 王子には永遠のように感じられる時間が過ぎ――

 ようやく唇が離される。


「あ、あの……」


 放心状態の王子に、白雪は微笑み――


「うふふ、やっぱり恥ずかしいわね。初めてだもの」


 ――そう言って照れる白雪は、今までで一番可愛かった。


 ――――――

 ――――

 ――


 ――おまけ


「ぐぉおおおおおおおおっ!

 お、お腹がぁ――――っ!」


「あら素敵、本当に呪われてるのね♡」

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