王子とエグいBL

 漫研部部室から一番近い男子トイレに駆け込んだ王子。


 ――ジャァアアアアアアアア~~。


 用を足し終え、個室から出た王子は、手を洗いながらイアンに不満をぶつける。


「おかしいじゃないかイアン!

 簡単にキスできるはずじゃなかったのか?」


『う~ん、それがなぁ……』


 洗面台に置かれたバックから、顔だけ出したイアンが答える。


『どうやら白雪の中二病は、俺様が思てた以上に重症やったみたいやな』


「重症? どういう事だよ?」


『並みの中二病なら、王子が特別な人間を演出すれば、それだけで簡単に惚れてくれると思ったんやけどなぁ。

 どうやら当てが外れたようや。

 今の白雪は“特別な王子のカノジョ”になるだけじゃ満足できへん。

 より特別な自分を演出し“特別な王子を袖にできる私”という状況に酔っとるわ。

 いやぁ~、まさかそこまで筋金入りの中二やとは思わんかったで、さすがに』


「……えっと…………で、どういう事?」


 理解できない様子の王子に、呆れたように返答するイアン。


『まぁ簡単に言うと、お手上げって事やな』


「ぬぁっ! そんな!」


『今の白雪は、王子が特別感を出せば出すほど逃げていく。

 だからと言って平凡なフリをしても、また同じように嫌われるだけ。

 さすがの俺様でも、ここからリカバリする方法はなかなか思いつかんわ」


「こ、ここまで来てそんな……。

 な、何か別の方法は無いの?」


『うーん……。

 一つだけ方法がないことはないけど……。

 いやでもこれ、リスクが高すぎるねんな~』


「ち、ちなみにどんな……?」


『例えば王子がもっと世間から嫌われて、白雪にもう一度『王子くんの良さが分かるのは私だけ』って思わせる方法や。

 たださすがにそこまでやると、白雪が攻略できたとしても、今後のキス攻略に響きそうでなぁ』


「世間から嫌われる……?

 でももうすでに俺、相当嫌われてると思うんだけど……」


『イヤイヤ、この程度じゃ足りん。

 初期の白雪がすでに『王子くんの良さが分かるのは私だけ』って状態やったからな。

 一度経験してしまうと、次はより強い刺激が必要になる。

 やるならもっと蛇蝎のごとく嫌われて、ゴキブリと同程度ってところまで世間の評価を下げんと通用せんやろな』


「ご、ゴキブリ……それは嫌だ……」


『じゃあ無理や。

 残念やったな王子、こういうときは諦めも肝心やで』


「そんな……頑張ったのに……。

 俺、めっちゃ頑張ってきたのに……」


 今までの努力が無駄だったと知り、ガックリと肩を落とす王子。

 手を洗い終えると、元気のない足取りでトボトボとトイレを後にする。

 と、そこへ――。


「あ、いた! 王子くん!」


 ――気落ちしている王子の元へと駆け寄ってきたのは漫研部の部員たち。

 どうやら王子の事を探していた様子。


「ねぇ、私たち映画を見終わって、さっき帰ってきたんだけど……」

「なんか四阿さんの様子がおかしいの。すごく落ち込んでるみたいで……」

「王子くん今日も部室来てたんでしょう? なにか知らないかな?」


 問い詰められる王子だが――


「い、いや、その……」


 ――はっきり答えられすにあたふたするしか出来ない。

 と、さらにそこへ――


「よう王子。見つけたぞ」


 ――そう言って現れたのは、サッカー部キャプテンンの千葉青春だ。

 嘉数高校の三大イケメンに数えられる青春の登場に、王子の周りにいた漫研部員たちが騒めき出す。


「きゃー! 青春くんよ!」

「嘉数高校のヒーローがどうしてここに!?」

「カッコいい……王子くんとは違うワイルド系イケメンだわ」


 そんな彼女たちを横目に、王子の方へと駆け寄ってくる青春。


「探したぞ、王子」


「な、何の用っすか?」


 苦手な青春の登場にたじろぐ王子に、青春が用件を告げる。


「用は卒業文集の件だ。

 貸したまま返してもらってないだろ」


「あ、そういえば……」


「おいおい、忘れてたのか? 頼むぞ王子」


 青春と王子、二人の様子を見ている漫研部員たちは黄色い声を上げる。


「な、なにこのイケメンパラダイス!」

「学校を代表するイケメン二人が揃って目の前に……」

「カッコいいの相乗効果がヤバすぎなんだけど!」


 だがイケメン二人は慣れたものなのが、騒ぐ周囲を気にすることなく会話を続ける。


「アレは俺にとって大切な思い出だ。

 いい加減返してもらえないと困る」


「すみません、明日必ず持ってきますよ、青春先輩」


「またよそよそしい呼び方を。

 前みたいに『青春お兄ちゃん』と呼んでくれ」


「だから――」


 王子が呆れて言い返そうとした瞬間、キャ――ッと観衆からひときわ大きな歓声が上がった。


「お、お兄ちゃん!? なにその萌えフレーズ!」

「あの二人、いったいどういう関係なの? ま、まさか……」

「だ、だめ、妄想が膨らむわ……決めた、次の新作はこれよ!」

「尊い……このカップリングは尊すぎる……」


 突然沸き立った観衆に、さすがの王子も怪訝な表情を見せる。


「な、何だ急に?

 いったい何で盛り上がってるんだ?」


 歓声の原因が分からず戸惑う王子。

 そしてその様子にイアンは――


『ふーむ、これは使えるかもしらんな』


 ――そう一人ほくそ笑むのであった。



     *



 その日、自分の部屋に戻った王子。


「うーん、何だったんだろう、アレ?」


『なんや、分かってないんかいな?』


 まだ分かっていない王子にイアンがレクチャーする。


『どうやらアイツら漫研部だけあって、腐女子の素養もあったようやな。

 つまりBLや、BL』


「BL?」


『だからボーイズラブやんけ。

 王子が青春をお兄ちゃん呼びしてるって話から、アイツラそっち方面に妄想を膨らませよったんや』


「ぬぁあああっ!?

 つ、つまり俺とあの青春が……」


『彼女らの妄想の中で、くんずほぐれつグチュぐちゃラブラブな関係にされとるな』


「ギャアアアアアアアアアアアッ!

 あの脳筋野郎とそんな関係を想像されるなんて、考えただけでおぞまし過ぎる!

 誤解を解かなきゃ!

 一刻も早く誤解を解かなきゃ!」


『まぁまぁ王子、ちょっと落ち着け』


「これが落ち着いてられるか!

 つかイアン、お前幽霊のくせになんでそんな日本のサブカルに詳しいんだよ!?」


『そりゃまぁ王子が寝た後、ヒマで毎晩ネットサーフィンしとるから……って、そんなことはどうでもええわ。

 それより王子、これは逆にチャンスやで

 俺様にいい考えがあるんや』


 鳥肌を立たせて悶絶する王子をなだめつつ、イアンが今後の作戦を提案をする。


『ええか王子、お前は今日から『ゲイ』になれ』


「……は? はぁあああああああっ!?」


『設定としては『僕は青春お兄ちゃんの事が大好きで、お兄ちゃんを想うと胸がドキドキしちゃうの♥』って感じやな』


「ちょ、ちょっと待て!

 なんだそのエグい設定は!?」


『そんで『青春に対する道ならぬ恋に悩んでいる』という体で、白雪に恋の相談をするんや』


「だから待てって言ってるだろ!

 なんで俺がそんな事!?」


『決まっとるやんけ。

 白雪からキスを勝ち取るためや』


 激しい拒否反応を見せる王子に、作戦の趣旨を説明するイアン。


『ええか王子。

 今までの付き合いから、白雪がどれだけ『特別』っちゅうもんに拘っとるか分かったやろ。

 王子がイケメンとして特別感を発揮すればするほど、白雪は『王子に簡単に堕とされるような一般人にはなりたくない』と反発してしまう。

 それが今の状態で、こうなるともう打つ手なしや。

 イケメンだけしか取り柄の無い王子には、残念やけど今の白雪を堕とせるような武器は無い。

 せやから――まだキスを狙う気なら、白雪に通用する新たな武器を見つけなあかん。

 それが『ゲイ設定』や』


 イアンは熱弁をふるってその後のプランを語る。


『『嘉数高校のプリンスなんて呼ばれている俺だが、実は誰にも言えない秘密がある。

 それは――女性より男性を好きな事。

 今まで頑なにカノジョを作ろうとしなかったのはそれが原因だ。

 だけど――。

 最近になって、生まれて初めて女性を好きになった。

 今まで男にしか興味がなかったのに、俺にとってその女性は特別だった。

 それが白雪――君なんだ』

 ――とまぁ、こんな感じで迫るんや。

 どや、白雪が好きそうな特別感あるやろ?』



「……で、それを俺に演じろと?」


『その通り、これなら白雪とキスまで持っていけそうやろ?』


「ふざけんなっ!

 仮にそれで上手くいったとしても、その後ゲイとして世間に認知されちゃうじゃないか!」


『なんや王子、世間の目が気になるんか?

 大丈夫、今はポリコレ全盛期やからな。

 LGBTだからって差別されるような時代やない。

 ゲイも個性のひとつやって、みんな受け入れてくれるはずや』


「だから俺はゲイじゃないから!

 いくらゲイが生きやすい世の中になったからって、進んでゲイになりたいとは思わないから!」


『やれやれ我儘やなぁ。

 だったらええんか、このままキスできなくても?』


「うっ、それは……」


『せっかくここまで仲良くなったのに、全部水に流すつもりかいな?

 あとちょっと特別感を演出するだけでキスできるっちゅうのに、諦めのええこっちゃな?』


「うぅう……」


『キスができな、死ぬってこと忘れてんちゃうか?

 自分、このままやとマジで死ぬで?』


「うぐぐ……」


『大丈夫、白雪の前でちょっと演技するだけや。

 他の人間にバレんかったら問題ないやろ?』


「ぐぬぬ……」


 イアンに詰められ、王子はどんどん追い込まれていく。


(ちくしょう、イアンめ。

 どうして俺がこんなに追い込まれなきゃいけないんだ?

 こうなったら――)


 王子は考える。呪いの事。白雪の事。キスする事のリスクとリターン。


 そして――


「……分かった、やればいいんだろ、やれば」


『お、ついに覚悟決めたか?』


「考えてみれば命がかかってるんだ、プライドに拘っても仕方ない。

 特別感を演出――だな。いいよ、やってやるよ」


 ――開き直った王子が決意する。


「俺だってやるときはやるんだ。

 手段なんて選ばない、絶対に白雪先輩とキスしてやる!」

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