王子と中二病の恋愛観
『よっしゃ王子、完璧や!
後はひたすら押しまくれ!
とにかく白雪に会って親睦を深めて、隙があったらキスに持ち込むんや!』
そんなイアンのアドバイスもあって、王子は足しげく女子漫研部へと通い詰めた。
他の部員たちもいる部室で、漫画(?)を描いている白雪の隣で、王子も絵を習いながら描いてみる。
「白雪先輩、コレでどうですか?」
「うーん……デッサンがまだまだかしら。
でも最初に比べたら上達していると思うわ」
――これが放課後の日課になった。
そんな日々が続いた結果、白雪との距離が徐々に近づいていると実感すると共に、王子は白雪の事が理解できるようになっていた。
たとえば――
「ねぇ王子くん。これどうかしら?」
そう言って見せてきたのは、先ほどまで書いていた漫画の原稿。
相変わらず前衛芸術過ぎて、王子にとっては理解の埒外だ。
「う~ん、よく分かりませんね」
正直に答える王子。
前までの王子なら無理やりにでも褒めていただろうシーンだ。
「そう。やっぱり私の作品は、凡人にはなかなか理解できないのね」
自分の作品が否定されたというのに、何故だか白雪は楽しそうに笑う。
(否定された方が嬉しいなんて、ホント変わってるなぁ、白雪先輩って)
王子は付き合いの中で、正直に答えた方が白雪は喜ぶと学習していた。
「まぁいいわ。
慌てなくたって私の作品は、必ず評価される日がくるはずだもの」
「死後に評価されるってやつですか?
まるでゴッホみたいですね」
「あら、王子くん。
私をゴッホ程度と同じだっていうのかしら?」
キラリと得意げに目そ光らせると、水を得た魚の様に話し出す白雪。
「確かにゴッホという画家は、天才である私の目から見ても天才だったわ。だけど彼が画家として活動できたのはたった十年。十年と言うのは芸術家にとっては短い時間よ。もっと長く画家を続けていればちゃんと生前に評価されていただろうし、もっとたくさんの名作を生みだしていたはず。自分の才能を信じられず、自殺なんてしてしまったのがゴッホの最大の過ちね。だけど同じ天才の私は違う。私は私の才能を誰よりも信じている。そして十代からすでに創作を始め、生きている限り絵を描き続けていく。この先、少なく見積もっても五十年は創作活動が続くわ。つまりはゴッホの五倍。私が死ぬ頃には彼の五倍の名声を得ているでしょうね。そう言えば知っているかしら? ゴッホの人生において創作期間以外の――――」
話の止まらない白雪に、王子は(またか……)と苦笑する。
一度スイッチが入ると、気が済むまで延々と話し続ける白雪。
そんな彼女に最初は引いていたけれど、今では王子の一番好きな瞬間だ。
(白雪先輩って、好きな事を語っているときが一番かわいいよね)
白雪の笑顔を見ながら、そんなことを思う王子だった。
――――――
――――
――
王子の帰った後の漫研部部室で――。
「やっぱりカッコいいよね、王子くん!」
「アンタさ、前に無視するって言ってなかった?」
「だってぇ~、実物見たらやっぱりかっこいいんだもん♡」
――王子の話題で盛り上がる漫研部員たち。
「あんなイケメンが、毎日ウチの部に来てくれるなんて」
「目的は四阿さんみたいだけど……」
「それでもいいよ、同じ部屋に入れるだけで幸せ~」
「うちらにも笑顔で会話してくれるし、いい人だよね王子くんて」
「クラスじゃ王子くんの悪い噂話してるけど、実際に接してる身からしたら信じられないよね」
「私も。だってあんなに優しい人だもん」
「尊い……イケメンはそれだけで許される……」
「カッコいいは正義よ!」
完全に王子の虜になっている彼女たち。
(やっぱり王子くんは天才ね)
浮かれる他の部員たちを見ながら、白雪は王子について考えを巡らせる。
(女性からどれだけ嫌われていても、少し接するだけでたちまち虜にしてしまう。
部員たちは王子くんに夢中だし、私だって彼の顔に見惚れてしまう事が何度もあったもの。
その優れた容姿はミケランジェロの彫刻のように完璧で、まさに生きた芸術品と言って過言じゃない。
一緒にいてつくづく思い知らされたわ。
王子くんは生まれながらにして特別な存在なんだって。
だから……
だから私は……)
*
それから王子は何日も漫研部に通いつめ、白雪との関係を詰めようと頑張っていた。
今日も漫研部部室に立ち寄り、執筆に夢中の白雪の様子を眺めている。
その結果――
(や、やばい……白雪先輩かわいい……)
――王子は恋に落ちかけていた。
(最初はこんな変な人を好きになるわけがないと思ってた。
けど、彼女の変なところを理解していくにつれて、それが逆に魅力になるというか……。
その変わったところが、俺だけが知っている彼女の良さだと思うようになってくる……。
――なるほど、これが中二病に恋をするという事なのか)
そう自分の内面を分析した王子は、さらに白雪の事も分析してみる。
(白雪先輩の方も、俺に好意を持ってくれてると思うんだよね。
当たりが優しくなったし、時々俺の事を見つめてくるし、何よりあの笑顔――。
ほかの部員たちの様にあからさまじゃないけれど、間違いなく俺の事を意識してるはず!
……だよね?)
頼りなげな王子の独白に――
『何を弱気になっとんねん!
今日が勝負の日なんやぞ!』
――と、イアンがテレパシーで発破をかける。
『周りを見てみぃ、誰もおらんやろ。
部室で白雪と二人っきりなんて、こんなチャンスはもうないで』
イアンの言う通り、今日は他の部員たちが来ていない。
数年前に『君の那覇』という大ヒットしたアニメ映画、その監督の新作が今日公開という事で、全員がつるんで『能天気の子』というアニメ映画を観に行っているのだ。
『間違いなく相手はお前に惚れとる。
せやから今日で決めるんや。
もう一押しすれば楽勝でキスできるはずやで』
(キ、キス……そうだった……)
そんなイアンの言葉に一瞬ためらうも、首を振り気持ちを切り替える王子。
(キスをして呪いを解く……それが俺の目的だ。
白雪先輩のことを可愛いと思ったけど……本気になっちゃいけない。
今の俺は呪いのせいで恋愛なんてできない体なんだ。
余計な事は考えず、なりふり構わずキスする事だけを考えないと……。
――そうだよな、イアン?)
『その通りやで、王子。
なんせお前はキス出来んかったら死ぬんやからな。
たとえキスのやり逃げで白雪に泣かれたって、それは仕方のない事や。
命がかかっとる以上、どこぞのフェミ団体にだって文句は言わせへんで』
そう、イアンの言う通り。
この国では『一人の生命は地球より重い』のだ。
いわんや女の涙より軽いはずがない。
『覚悟を決めるんや、王子!
恋愛感情なんて邪魔なもんは捨ててまえ!
今なら楽勝でキスできるはず!
手段を選ばず白雪からキスを奪うんや!』
(――っ! よし、行くぞ!)
イアンに活を入れられた王子が、いよいよキスへと行動を移す。
覚悟を決めて、目の前で執筆を続ける白雪へと近づいていく――。
――ドンッ!!
白雪の背後から手を伸ばし、勢いよく机に左手を突く王子。
――壁ドンならぬ机ドンだ。
「ちょっ、ど、どうしたのかしら王子くん?」
突然の机ドンに目を丸くし、慌てて王子の顔を見上げる白雪。
驚きのほかに照れもあるのか、頬がほんのりと赤らんでいる。
「白雪先輩……俺もう我慢できません」
王子が顔をグッと近づけると、白雪の頬の赤みが増す。
「な、何を言っているのかしら、王子くん?」
「分かってるでしょう、俺の気持ち。
俺が白雪先輩を好きだって事」
「な、何をバカな事を……」
ついには顔全体を真っ赤にし、慌てふためく様子の白雪。
その様子にここが勝負どころだと覚悟した王子。
呪いに構わず右手を彼女の右肩に回すと、彼女の左側からかがみ込むように、さらに顔を近づけてゆく。
「それに……白雪先輩も同じ気持ちのはずだ。
好きなんでしょ、俺の事?」
「そ、そんなワケ……私は別に……」
慌てて顔を逸らす白雪。
だが王子は逃がすまいと、右手を肩越しに彼女の右頬に添え、強引に顔を自分に向けさせる。
「本当に?
本当に俺の事、何とも思ってないんですか?」
「そ、それは……」
目線を外せない白雪は、ウルウルと瞳を潤ませる。
それはまさに恋する乙女の表情だ。
王子は勝利を確信し、さらに顔を近づけていく。
「だったら……ねぇ、素直になって」
「わ、私は……」
どんどん唇と唇の距離が近づいていく。
白雪は何も抵抗せず、王子を受け入れる。
そして――
――ドンッ!
キスの寸前、白雪が王子を突き飛ばした。
「なっ――!?」
キスの成功を疑わなかった王子は、突然の拒絶に驚きの声を上げた。
信じられない思いで白雪を見ると、彼女は王子から逸らせるように目を伏せる。
「ごめんなさい、王子くん。私は――」
言い訳を始める白雪。
だが王子にはそれを最後まで聞く余裕はない。
――ぎゅるるるるるるっ!
(ぐぉおおおおおおおっ!)
呪いによって猛烈な腹痛に襲われた王子は、逃げ出すように部屋から飛び出した。
「あっ、待って……」
白雪は一瞬呼び止めようと腰を上げるも、すぐ諦めて椅子に座り直し沈思黙考する。
(ごめんなさい、王子くん。
やっぱり私は、君の気持ちに応えることはできないわ。
君は本当に天才で、誰をも虜にできる特別な人間。
君が傍にいればいるほど、私も君の事が好きになっていく。
だけど……いえ、だからこそ私は、君の事を好きになるわけにはいかない)
――唇をきつく結び、自分の想いを押し殺す。
(だって王子くんを好きになってしまったら……。
それは私が、君の虜になったその他大勢と同じになってしまうもの。
――そんなこと、天才である私のプライドが許さない!)
――瞳に強い決意を宿らせる白雪。
(選ばれた人間である私が、よくいるモブのような存在になってしまうなんて……。
そんなことになるくらいなら死んだ方がマシよ。
だけど……ああ、なんてことなの。
私自身が特別であるがゆえに、同じ特別な存在である君に、より深く惹かれてしまうのだわ)
――そして悲劇のヒロインに浸る。
(――ああ、なんというジレンマ。
私をこんな気持ちにさせるなんて、王子くんはなんてひどい人なのかしら)
四阿白雪――彼女は恋愛観もなかなかの中二病だった。
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