王子と天才の共感

 掲示板前から逃げ出し、人目を避けた校舎裏で――


「おいイアン! あれ書いたのお前か!?」


『おう、そうやで。それがどないした?』


 ――罵る王子と、それを受け流すイアン。


「ふざけんな!

 なんだよあのインタビュー!?

 一体どういうつもりだよ!」


『そんなん決まっとるやろ。

 あれが王子の好感度UP大作戦やないか』


「どこが好感度UPだよ!

 聞いただろ野次馬の声を!

 好感度ダダ下がりじゃないか!」


『アホか、世間の好感度なんかどうでもええ。

 白雪の好感度さえ上がればええんやろが』


 憤懣やるかたない様子の王子に、イアンは自身の正当性を主張する。


『ええか、王子。

 アレは白雪が共感できるよう、アイツの卒業文集を参考に中二漂う文章に仕立て上げた、俺様渾身のビッグマウス回答や。

 確かにあの記事を読んだ他の奴らには嫌われるかもしれん。

 中二病と蔑まれ、ゴミのように見られることになるかも分からんで。

 けどあの文章は、同じ中二病の白雪にはがっつりハマるはずや。

 せやから安心せぇ』


「何も安心できないよ!

 白雪先輩以外の好感度も大事だから!

 それにあんなふざけた回答じゃ、肝心の白雪先輩だって引くに決まってるだろ!」


 失敗を予想する王子に、イアンは自信満々で提案する。


『せやったら放課後行ってみようやないか。

 漫研に白雪の様子を見にな』



     *



 同じ日の放課後、女子漫研部の部室で――


「こ、これは……!」


 白雪は一枚の紙を食い入るように見ながら驚きの声を上げた。

 それは例の校内新聞で、他の部員から渡されたものだ。


「ね、酷いでしょう、白雪さん」

「これ……二股の後のインタビューとは思えないよね」

「昨日はイケメンだからってはしゃいじゃったけど……これは無いわ」

「次来たら無視よ、無視!」


 白雪を取り巻く部員たちは、口々に王子を非難する。

 そんな彼女たちを余所に――


(このインタビューから感じる感性……。

 分かる……私と同じ……)


 ――白雪はその文章から、自分と同じ匂いを感じ取る。


(ここに書かれているのが王子くんの本音……。

 でも、だったらどうして……?)


 ――白雪先輩と違って、俺なんてただの凡人ですから――


(あのとき彼はそう言ったわ、自分を平凡だって。

 あれは謙遜だったという事?

 どうしてそんな必要が……?)


 その時、白雪の脳裏に王子の言葉がひらめく。


 ――先輩には他の部員たちと仲良くなってもらいたくて――


(――もしかしてあれは本気なの?

 だとしたら……彼は本気で私を救おうとしてくれている……?)


 内心で驚きの声を上げる白雪。


(彼が本当に天才なら、天才の孤独についても理解できているはず。

 だから私をその孤独から助け出そうとしてくれたんだ)


 そう考えれば、彼の全ての行動のつじつまが合う……と白雪は考える。


(いえ、それしか考えられないわ。

 彼はきっと、孤独を打ち破るために必要なのが謙遜だと考えているんだわ。

 だからこそ彼は私を平凡と言い、自らも謙遜することで、私に手本を見せてくれたのよ)


 今までのことを都合よく解釈し、王子への評価を改め始める白雪。


(とはいえ……私にとっては、孤独もまた創作の原動力。

 だから彼のやったことは、残念ながら的外れね。

 でもそれは、あくまで私の事を思っての行動で、彼なりの優しさだった。

 そう考えると……昨日あんなに邪険にしたのは悪かったかしら?

 だって彼は、私と同じ特別な人間なのだから)


 と、そこへ――


「こんにちは」


 ――ガラリと部室の扉が開き、王子が漫研部にやって来た。


「お、王子くん……」

「ど、どうしてまたここに……?」

「も、もしかして今の聞かれちゃった……?」


 先ほどまでの陰口に、気まずそうな様子の部員たち。

 そんな彼女たちを横目に、王子は緊張した面持ちで白雪に近づいていく。


(イアンは大丈夫だって言ってたけど……ホントかな?)


 そして半信半疑のまま、王子は白雪に声を掛けてみる。


「こ、こんにちは白雪先輩……」


「…………」


 間が空き(やっぱりダメか……)と諦めかける王子。

 だが――


「あら、王子くん。今日はどうしたのかしら?」


 ――白雪からのようやくの返事に、王子はホッと胸をなでおろす。


「い、いや、昨日は失礼な事を言っちゃったでしょ?

 その後もちゃんと謝れてなかったから、改めて謝罪にと思って……」


 その答えに一瞬目を丸くした後、白雪はクスクスと笑いだす。


「ウフフ、その事ならもう構わないわ。

 私も勘違いしてたみたいだし。

 こちらこそごめんなさい。

 失礼な態度をとってしまったわね」


「い、いえいえ、そんなことは……」


「ではお互い水に流しましょう。

 それでいいわよね、王子くん」


「も、もちろん!」


 そんな白雪の軟化した態度に、イアンが言ったことは正しかったんだと思い直す。


「ところで白雪先輩、今日は絵を描かないんですか?」


「これから描くわよ。

 興味があるなら見学していけばいいんじゃないかしら?」


「いいんですか? ありがとうございます」


 その後もなんとはない会話を交わす二人。

 無視されてしまった昨日とはえらい違いだ。


(方法は最低だったけど、確かに好感度は上がってるっぽいな)


『な、せやろ?』


(――方法は最低だったけど!)


 イアンに悪態で返しつつ、関係改善の手ごたえを感じる王子だった。

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