閑話:十文字黒子の回顧録

【閑話:十文字黒子の回顧録】


 私――十文字黒子は、自分の事をつまらない女だと思っていた。


 平凡で暗くて目立たない、クラスの隅でいつもポツンと一人ぼっち。

 例えば私が明日学校に来なくたって、きっと誰も気づかないだろう。

 いてもいなくてもいいような存在――それが私だった。


 だからこそ私は、自分と正反対の『嘉数高校のプリンス』に憧れた。


 常に話題の中心で、憧れる人もいれば妬む人もいる、誰からも注目される存在。

 平凡な私とは違う、世界でただ一人の特別な人――王子野王子先輩。


 私なんかじゃ恐れ多くて、近づくこともできない。

 私にできるのは離れた場所から先輩を見守ることだけ。

 だって住む世界が違うんだもの。

 私はそれだけで充分満足だったわ。


 それが――あの日で全て変わってしまった。


 住む世界が違うはずの王子先輩が、私の目の前に現れた。

 そして私に――キスをしてくれたの!


 そのとき私は思ったの。

 ひょっとして私は思い違いをしていたんじゃないかって。

 だって特別な存在である王子先輩が、私を選んでくれたんだもの。

 私は自分の事を、ずっと平凡だと思って生きてきた。

 けれど本当は、彼と同じように私も特別な人間だったのかもしれない――!


 ……なんて、今思うと酷い勘違いをしたものね。


 そのあと王子先輩と付き合ってみて分かったわ。

 やっぱり私は平凡で、いてもいなくても変わらないような存在だった。

 なのにどうして王子先輩が、そんな私なんかにキスをしたのかと言えば……。


 ――あの王子先輩が実は、平凡な私よりも、さらにくだらない人間だったからよ。


 あの男はひどい奴だったわ。

 みんなあの男の外見に騙されているだけ。

 平気で嘘をついて、私の気持ちを弄んで喜ぶ下衆野郎。

 あの男によって私の心はボロボロにされてしまった。


 でも――そのおかげで私は吹っ切れたわ。


 自分より下の人間に容赦なんてしない。

 泣きつくあの男にさんざん仕返しをしてから、惨めにフッてやったわよ。

 私にだってプライドはあるのよ、それを見せつけてやったわ。


 ……って、今考えるとよくあんな事が出来たよね、私ったら。

 でもあの王子先輩の顔を見ていたら、何故かそう言う気分になっちゃって……。

 お陰で何だか生まれ変わった気分♡


 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……。


 ――まぁともかく。


 王子先輩をフッた私は、その後いつもの平凡で目立たない生徒に戻った。

 だけどそれ以降、少しだけ変わったことがある。

 周りのクラスメイトから話しかけられるようになったのだ。


「王子先輩から告白されたって本当?」

「ウソッ! 振っちゃったの? 凄いじゃない!」

「えーっ、そんなひどい事されたんだ、可哀そう……」


 内容はだいたい王子先輩の事だったけど。

 それでも今までクラスで全く会話のなかった私にとって、それは大きな変化だった。

 それをきっかけに少しずつ、周りの人と話すようになったわ。

 中でも同じクラスの七瀬萌黄さん――嘉数高校の三大美女で現役アイドルよ――は、何がいいのかわからないけれど、とても私の事を気に入ってくれたみたい。


「十文字さんて面白い人だったんだねー」


 そんな風に言われたのは初めてで嬉しかった。

 おかげで今は、学校に行くのがとても楽しくなったわ。


 そう――。

 それもこれも、考えてみれば王子先輩のお陰ね。

 彼は最低な人間だったけど、それでも彼は私を変えてくれたわ。


 だから――私は決めたの。

 彼が立派な人間になるまで待ってあげようって。


 だって王子先輩ったら、屋上であんなにも私に愛の告白をしてくれたのよ?

 彼は嘘つきだったけど、あの必死の告白に嘘はないって感じたの。


 だから私、今までの事は許そうと思うの。

 そして彼がいつか本当の『王子様』になれたら、その時はヨリを戻してあげてもいいわ。


 その時まで――


 今まで通り、先輩を遠くから見守ってあげる♡

 私のために頑張ってね、王子先輩――。

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