王子と三枝紺奈――攻略終了――

 ――翌朝。

 自宅の風呂場で裸になり、体の魔法陣を確認してみる王子。


「おー! 消えてる消えてる!」


 どうやら残り八個の魔方陣のうち、腰に描かれていたものが消えたようだ。


 ――――――

 ――――

 ――


「魔方陣はあと七つ……。なんだか希望が見えてきたなぁ~」


 軽い足取りで学校へ向かう王子。

 と、そんな登校中――


「どういう事よ、王子!」


 ――静かな通学路に、王子に向かう怒声が響いた。


「やぁ、おはよう、紺奈ちゃん」


「おはようじゃない! どういう事だって聞いてんのよ!」


「えっと……何のこと?」


 王子を待ち受け、怒鳴りつけたのは紺奈だ。

 当然かなりご立腹の様子。


「マネージャーから聞いたのよ!

 アンタ、ハイスタの仕事を断って、モデルの仕事も辞めるって?」


「あー、うん、そう、辞めたよ」


「辞めたよじゃねぇっつの!

 どうすんの? ねぇどうすんの?

 ハイスタのスタジオに連れてってくれるって約束は?」


「えっと……ごめんね?」


「こっ……のっ!

 ふざけんなぁあああああああっ!!!」


 顔を真っ赤にして絶叫する紺奈。


(私のファ……ファーストキスまであげたっていうのに、こんな……)


 怒りにプルプル震える紺奈に向かって、肩をすくめた王子が軽口をたたく。


「だって仕方ないじゃないか。

 モデルの仕事がつまらなかったんだから」


「なっ!」


 あまりの暴言に、思わず言葉をなくす紺奈。

 そんな紺奈に、王子はさらに言い募る。


「ポーズとって写真撮られているだけなんて、楽な商売だと思うけどさぁ。

 でもそれだけ。やりがいなんてちっとも感じられなかったんだよねぇ」


「なっ! なっ! あ、あんた……」


「紺奈ちゃんもさ、よくあんな仕事に一生懸命になれるもんだと思うよ」


「――――っ!!!」


 そして王子が、決定的な一言を言い放つ――。



「――モデルなんて誰がやってもいっしょだろ?」


 その瞬間――


 ――バシィイイイインッ!


 そんな小気味よい音が響く。

 紺奈が王子を引っ叩いた音だ。


「――許さない!

 私が頑張ってきたモデルをバカにするな!」


 自分の大切なものをバカにされ、いままで見せなかった本気の怒りをあらわにする紺奈。


「アンタなんかに負けるもんか!

 絶対に見返してやる!

 私が一流のモデルになって、アンタがバカにしたモデルがどんなに凄いものか、思い知らせてやるから!」


 そう言い残し、踵を返して紺奈は立ち去った。

 取り残された王子は、叩かれた頬を撫でながら――


(紺奈ちゃんに叩かれても呪いが発動しない。

 無事解呪できた証拠だな)


 ――などと冷静に考えていた。

 そこへ――


『引っ叩かれるくらいは当然やな。

 騙してキスさせた挙句の暴言やし』


 ――と、イアンが声を掛ける。


『でもまぁしゃーないわ、王子の目的はキスやからな。

 このままカノジョ面されても困るし、別れは必須。

 せやったら王子が嫌われて終わった方がお互いのためやろ』


「……うん、そうだね」


 王子の気のない返事に、首を傾げるイアン。


『なんや、どないした?

 名残惜しそうにして。

 まさか紺奈に本気になったんか?』


「い、いや、そういうわけじゃ……」


『じゃあ何や?

 やっぱモデルに未練があんのか?』


「ないない、モデルがどれだけ大変か思い知らされたんだから」


 そう――今の王子はモデルがどれだけ大変な仕事かを知っている。

 そして、それが分かったからこそ、紺奈がどれだけ努力してきたかも理解している。

 努力家で、向上心が高くて、自分の好きな事にひたむきで……。

 紺奈がそんな女性だっていう事を、今の王子は分かっている。


「やっぱり俺のやってる事って最低だよね。

 女の子を騙してキスさせようだなんて……。

 その上最後には、わざと嫌われるような真似までして遠ざけて……」


 王子の目的は自分本位のものだ。

 しかも今回のように、他人を傷つけないとその目的は達成できない。

 なんて酷い話だろう――自分の事ながらそう感じてしまう王子。


 ――――唐突だが。


 ――昔から少年漫画の主人公には、必須の条件というものがあるそうだ。

 それは“友情”と“努力”と“勝利”。

 そして何より”他人のために体を張れる事“。

 自分の事は顧みず、誰かのために戦える人間こそヒーローだ――という事らしい。

 これを押さえておく事が、嫌われない主人公を作るコツだという。


 だとしたら――正反対の行動をとっている王子は主人公失格だ。


 そんなキャラクター――情けない自分に嫌気がさし、落ち込んでしまうのも、王子の心境としては無理もない事だと言える。


「そりゃしゃーないで、キスせんと王子が死んでしまうんやから。

 それに紺奈も、王子に対して相当嫌な態度やったし、今回は自業自得なとこもあるやろ」


「……いや、それはないよ」


 フォローするイアンの言葉だが、王子はすぐに否定する。


 確かに紺奈も自分本位な行動をとっている。

 それは王子の身勝手さと同じく、他人に嫌われる行為かもしれない。


 だがその動機は――彼女が望み、努力し、掴み取ろうとしている目的があってこそ。

 死にたくない一心で嫌々やっている王子とは違う――。


 ――彼女のそれは”夢“と呼ばれるものだ。


 今までの王子の人生は、女性アレルギーを隠すことに終始してきた。

 そんな王子の目には、彼女の一生懸命に夢を追う姿はとても眩しく映る。

 だから――


「やっぱり俺……紺奈ちゃんの事、嫌いじゃなかったよ」


 心からそう思う王子であった――。

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