王子とスタジオ見学

 ――そして王子がたどり着いたのは、都内某所にある古めの小型オフィスビル。

 テナント案内板を見ると、ビルの4・5階が撮影スタジオになっているようだ。


『ココやな。間違いないで』


「ここで紺奈ちゃんが撮影を……?

 でもイアン、どうやって中に入り込むつもりだよ?」


『そんなもん、モデル感出して『友達の紺奈に会いに来ました』って言うとけば大丈夫やろ』


「いやいや、そんなに上手くいくわけが……」


 半信半疑ながらビルへと入っていく王子。

 エレベーターで4階まで上がると、出口通路にいた男性に話しかける。


「すみません、三枝紺奈さんいますか?」


「君は……ああ、モデル仲間か。

 彼女なら撮影中だから、こっちで待ってればいいよ」


 ……すんなりと入れてしまった。


「い、いいのかこれで?」


『イケメンならよくある事やで』


 そう、これはよくある事だ。

 イケメンや美女は優遇されるのが世の常。

 これをご都合主義などと貶す読者がいれば、その人はきっとイケメンではないのだろう。


 ――閑話休題。


 王子が通されたのは、撮影スタジオの控えスペース。

 そこには何人かのスタッフがいて、撮影中のスタジオを注視している。

 彼らの視線の先には――三枝紺奈がいた。


「いいねぇ、紺奈ちゃん。

 次はもっとカメラを見つめて」


 左右から傘のようなライトで照らされる中、光をきれいに反射する真っ白な幕の前で、アイビーファッションに身を包んだ紺奈が、カメラマンの合図に合わせてポーズをとっている。

 可愛い服を着て、キラキラ光るライトの中、眩しい笑顔を見せる紺奈――。


 ――その様子に、王子は思わず見入ってしまう。


(モデルになれるくらいだし、紺奈ちゃんの事は美人だと思ってたけど……。

 でも、こうやって働いているところを見ると、まるで別人みたいだ。

 紺奈ちゃんて、こんなに奇麗な女性だったんだな……)


 改めて紺奈の美しさに気付く王子。

 と、そこへ――。


「ねぇそこのアナタ」


 王子に話しかけてくるスタッフの一人。

 ふくよかながらカジュアルな服装からおしゃれな印象を受ける――だが坊主で髭面のオジサンだ。


「見た事ない顔だけど、いったい何者なのかしら?」


「あ、いやその……」


 女言葉で話すオジサンに問い詰められ、思わずたじろぐ王子だった。


 ――――――

 ――――

 ――


 そして一方、撮影の続くスタジオ。


「紺奈ちゃん、次は目線外して」


「はい、分かりました」


 カメラマンの指示に従う紺奈。

 パシャッ! パシャッ! とシャッター音が響き、その度に紺奈はポーズを変えていく。


(それにしても……傑作だったなぁ、あの王子くんの顔ってば)


 撮影をこなしながら、紺奈はカフェでの事を思い返す。


(あの時の王子くん、まさか断られるとは思ってなかった様子で、すごい間抜け面を晒しちゃって。

 うぷぷっ! 仕事中なのに思い出しただけでも笑っちゃいそう。)


 顔には出さずに悦に入る紺奈。


(てか、馬鹿にすんなって話だよ。

 こっちがグイグイいってるときはガン無視してたくせにさぁ~。

 私がちょっと有名になったからって、手の平返してくんじゃねっつの!

 うぷぷっ! ダメだ、笑っちゃいそう。

 アッハッハ! あー、いい気味だった、ざまぁっ!)


「はいOK! 次」


 カメラマンの合図で衣装を着替える紺奈。

 次はヴィヴィットな色合いのギャルファッションだ。


(だけどあそこまで言っちゃって、王子くんがもう絡んでこなくなるのは残念かな。

 イケメンに必死にお世辞を言われてるのは、結構楽しかったんだけどねー。

 でもずっとフラれ続けて、それ以上にムカついてたし。

 それに今の王子くんには何の利用価値もないもんね。

 だから、うん、仕方ないや)


 そんな事を考えながら、何度が衣装をチェンジして撮影を進めていき――。


「OKでーす!

 コレで本日の撮影は終了でーす!」


「お疲れ様でしたー!」


 張り詰めた撮影の空気から解放され、紺奈はハーッと安堵の息を吐く。

 カメラマンに頭を下げ、スタッフやマネージャーたちのいるスペースへと足を向ける。


「お疲れ様で――」


 彼らに挨拶をしようとした紺奈が思わず絶句した。


「お疲れ、紺奈ちゃん。見学させてもらったよ」


「お、王子くん……?

 ど、どうしてここに……?」


 原因はスタッフの中に紛れた王子の姿を見つけたからだ。


「紺奈ちゃんの友達だって言ったら、快く見学を許可してもらえたよ」


「と、友達って……」


「だって紺奈ちゃん言ってたでしょ?

 恋人じゃなくて友達だって」


 確かに言ったけど――と思わず反論が途切れてしまう紺奈。

 そこへ――


「ちょっと紺奈!

 この子が友達ってホントなの?」


 そう声を上げたのは、先ほど王子を問い詰めてきたオジサンだ。


「マ、マネージャー……?」


 その紺奈の呟きから察するに、どうやらそのオジサンは、紺奈の所属するモデル事務所のマネージャーのようだ。

 マネージャーは慌てた様子で紺奈に詰め寄る。


「なんなのこの子、ジャ〇ーズも真っ青のイケメンじゃない!

 フェミニンで透明感があって……。

 この業界に長年勤めてるけど、私が会ったモデルの中で、彼は確実にベスト3には入る美男子よ!

 ちょっと紺奈! こんな子が友達にいるなんて、どうして教えてくれなかったのよ!」


「えっ、ちょっ、な、何ですか?」


「あーもう! こうしちゃいられないわ!」


 マネージャーは言うだけ言って、紺奈の下を離れて王子の方へ。


「ねぇねぇ君、王子くんだっけ?

 紺奈の友達って事は、君もモデルなのよね?」


「あー、いえ、ただの学校の友達なんですよ」


「じゃあ素人?

 でも見学に来たって事は、モデルには興味あるのよね?」


「そうですねぇ。無いと言ったら嘘になります」


「なっ!?」


 王子とマネージャーのやり取りに、思わず声を上げる紺奈。

 そんな彼女には目もくれず、マネージャーは王子に詰め寄る。


「そうなの? そうなの?

 だったらウチの事務所と契約しない?

 紺奈と同じ事務所なら、君も安心できるでしょう?」


「本当ですか? ぜひ前向きに検討したいです」


 その様子に、王子のバックの中でイアンがほくそ笑む。


『思った通りの展開やな。

 王子は俺様そっくりの超超超~絶イケメン。

 美醜で優劣の決まるモデル業界、その関係者に接触すれば、そりゃまぁこうなるわな。

 これで紺奈の評価なんて軽く超えて、また上の立場に返り咲くっちゅうワケや』


 その間にもマネージャーの勧誘は続く。


「私の知り合いのカメラマンが、君みたいな男性モデルを探してたのよ。

 明日も撮影してるから体験参加してみない?」


「本当ですか? ぜひよろしくお願いします」


「まかせて! 今すぐアポを取るから!」


 そんな王子が勧誘される様を、ただ呆然と見守る紺奈。

 紺奈の様子に気づいた王子は、目が合うとニッコリ微笑みかける。

 その瞬間――


(し、しまった! コレが王子くんの目的――!!!)


 ――電撃が走ったかのように閃く紺奈。


(私に近づいたのは口説くためではなく、私がモデルとして手に入れたコネが目的!

 私が長年培ってきた人脈という成果を、一瞬にして奪い取ろうとしている!

 きっとそう、私が王子くんだったら躊躇わずにやってる!

 成功するためなら手段なんて選ばない!

 王子くんもそういう男だったんだ!)


 その事に気づき、愕然とする紺奈。


 ――いや、それは大いなる勘違いではあるのだが。

 王子の目的はキスであって、モデルはあくまで手段でしかない。


 だが人間とは、とかく自分の価値観でしか世の中を図れないものである。

 紺奈が自分の尺度でそう考えるのも無理からぬことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る