王子とイアンの使命

「どういう事だよ、イアン!」


 駅のトイレの便座に座ったまま、王子はイアン――ポケットから取り出した勲章――を怒鳴りつける。


「これでキスできるんじゃなかったのか?

 キスどころかめっちゃバカにされたんだけど!

 めっちゃバカにされたんだけど!」


『プッ! キスを拒否られた時の、王子の間抜けな顔……。

 アーハッハ! 傑作やったな~!』


「笑い事じゃねーっ!

 キスできるって聞いたから頑張ったのに、話が違うぞイアン!」


『まぁまぁ、落ち着きい。

 確かに今回は失敗や。

 どうやら下から行き過ぎて、紺奈にとって何の価値もない男に成り下がったみたいやな』


「ぬぁっ! 

 ど、どうすんだよ、この貴金属!」


『貴金属言うな!

 まぁええ、とにかく任せとけ。

 今回キスはできんかったけど、最低限の目標は達成できたからな』


「……最低限? どういう事だよ?」


『最後に紺奈が言うとったやろ、王子とは友達やって。

 キスまでは無理やったけど、友達まで仲良くなれたんならひとまずは成功や。

 あとは……おい王子! お前悔しくないんか?』


「な、何だよ、急に……?」


『せやからあんなにバカにされて、悔しないんかって聞いてるんや!』


「そ、そりゃまぁ、悔しくないことはないけど……。

 でも俺が怒ってるのはキスできなかったことで、馬鹿にされたこと自体はそれほど……」


『そーかそーか、そんなに悔しいんか!

 だったら俺様が、その恨みを晴らす方法を教えたるで!』


「い、いやだから、俺ってそれほどプライド高い方じゃないし、言うほど悔しくは……」


『ええから俺様に任せとけ!

 そうすりゃここから大逆転や!』


「あー、ホントに人の話を聞かないな、コイツは……」


 駅のトイレの中で、王子とイアンの作戦会議は続く。

 そして――。


 ――――――

 ――――

 ――


『クンクン……こっちや!』


 カバンの中から顔を出したイアンが指示を出した。

 半信半疑ながらも、王子はそれに従い道を曲がる。


「……本当か、イアン?

 本当に臭いで紺奈ちゃんの居場所が分かるのか?」


『しつこいなぁ、任せろって言うたやろ』


「だってぬいぐるみだよ?

 それも犬じゃなくてクマだよ?

 それでどうやって警察犬みたいな事ができるのさ?」


 ちなみに今のイアンはぬいぐるみの状態だ。

 イアンの希望で一度家へ帰り、取ってきたのだ。


『このぬいぐるみに憑りついてからできるようになったんや。

 理由は俺様だって知らんがな』


「むぅう……まぁいいや。

 ぬいぐるみがしゃべってる時点ですでにアレだし……。

 と、そういえば……」


 追及を諦めた王子は、代わりに前々から疑問だったことを口にする。


「イアンって俺の先祖で、大昔の人間なんだよな?

 それがどうして幽霊になって、こんな呪いの監視役なんかやってるんだ?」


 王子が今まで見てきたイアンの性格から考えて、わざわざ監視役をするとは思えなかった。


「いくら子孫のためっていったって、どう考えても厄介ごとだろ?

 放っておいて成仏しようとは思わなかったのか?」


『あーそれはちょっと違うんや』


 ちょっと困った様子で、王子の疑問に答えるイアン。


『正確に言うと、俺様は本物のイアンやないねん。

 イアンの魂をコピーして作られた人造霊魂なんや』


「――えっ! そ、そうなの?」


『本物のイアンの魂は、とっくに成仏しとるはずやで』


「じ、じゃあお前って……本物のイアンの身代わり……?」


『身代わりってゆうか、分身に近いかなぁ?

 本人の記憶と性格は完璧にトレースしとるから、俺様が本物やと言うてもそう間違いやないし』


「でも……イアンはそれでいいのか?

 損な役目を押し付けられただけじゃ……?」


『あーそんなに気にせんでええ。

 確かに俺様は人造霊魂として”呪いを監視して解呪する“っちゅう目的が与えられとる。

 王子の面倒を見るんは、それが俺様の使命やから。

 そこが分身とはいえ、本物のイアンとは違うところやな』


 やれやれといった感じで肩をすくめるイアン。


『これは見方によっては無理やり働かされてるように思えるかも知らん。

 けど別に嫌々やっとるわけやないで。

 ちゃんとそこに存在意義があって、それなりに楽しくやってるしな。

 だから心配せんでも、王子の呪いが解けるまではちゃんと付きおうたるわ』


「そうなんだ……」


 王子はイアンの境遇を想像し、複雑な表情を作る。


『おいおい、何を深刻な顔してんねん?

 そんなに俺様の事が心配なら、さっさと呪いを解いて俺様を開放してくれや。

 そうすりゃ俺様も、またゆっくり眠れるしな』


「……分かったよ、イアン。

 とにかく今は、紺奈ちゃんとキスできるように頑張るよ」


『おう、そうしてくれ。

 それと……人口霊魂とはいえ、あくまで俺様はイアン・ハウエル・フォン・エディンバラ伯爵。

 お前のご先祖様には違いないんやから、敬う心は持っとくんやで』


「……いや、それは無理」


『なんやとぉっ!』


 そんな言い合いををしつつ、王子とイアンは引き続き紺奈の捜索を続けるのだった。

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