王子と正しいゴマのすりかた

 そして、次のチャンスは昼休み。

 場所は学校の食堂――。

 取り巻きたちと昼食をとっている紺奈の元へ、購買で買ったパンを手に突撃する王子。


「やぁ、紺奈ちゃん。俺も一緒にいいかな?」


 そう言うと王子は、返事を待たず強引に――とはいえ女子に触れない距離を保ちつつ――彼女たちの隣の席に座る。

 取り巻きたちから「ちょっ……」「あのっ……」などと戸惑いの声が上がるがお構いなしだ。


(な、なんなの? いったい何考えてんの、王子くん?)


 さすがの紺奈も困惑を隠せない。


(こんなにしつこく迫ってくるなんて、いくら何でも必死過ぎない?)


 だがそんな事は気にしたら負けとばかりに、ぐいぐいと紺奈を攻める王子。


「ねぇ紺奈ちゃん、気持ち変わってないかな?

 今朝は断られちゃったけど、やっぱり紺奈ちゃんとどっか行きたくてさ」


「だ、だからダメっつったじゃん。

 しつこいよ、王子くん」


「えー、どうしてもダメ?

 ハニーティーンの表紙を飾った紺奈ちゃんと、ぜひちゃんと話をしたいんだよ」


「な、何なの急に?

 ワケ分かんないんだけど……」


「だってさ、紺奈ちゃんて十四歳で読者モデルになって、それから三年も頑張ってきて、ようやく専属モデルになったわけでしょ?

 きっと俺には想像もつかないような努力をしてきたんだろうなって思ってさ」


「ど、どうして――」


 どうしてそんな事まで知っているの? ――と驚く紺奈。


(まさか私の事を調べたの?

 王子くんがわざわざ?

 どうしてそこまで……)


 そこまで考え、ハッと気づく。


(そ、そうか! これが専属モデルという立場の力! 

 元とは言えあの『嘉数高校のプリンス』が、今の私の魅力にはひれ伏すしかない!

 私が頑張ってきた事の、これがその成果なんだ!)


「――だからぜひ紺奈ちゃんの話を聞いてみたいんだ。

 それで君が専属モデルとして成功したことを祝いたいんだよ」


「……そう、そうなんんだ」


 王子の言葉を聞いて、さらに悦に入る紺奈。


(そう思えば王子くんが私に興味を持つのも仕方ない事ね。

 いわゆる有名税ってやつ?

 いやー、優れた人間っていうのはツラいわー)


「ねぇ、ダメかな、紺奈ちゃん?

 暇な時でいいから俺と――」


「……分かった、いいよ王子くん」


「――って、ホントに?」


「そぉねぇ……じゃあ明日の土曜日は?

 撮影あるけど16時からだし、昼なら付き合えるけど?」


「分かった、じゃあ明日、12時に駅前で」


 無事約束を取り付けた事にホッと胸をなでおろす王子。

 そんな王子の様子に、紺奈は全く気付かない。


 優れた自分は称賛されて当然――。


 そう思っているからお世辞をそのまま受け取り、言葉の裏にある魂胆を見抜けない。

 イアンの指摘通り、紺奈はそんな人間であった。



     *



 翌日――。


『ええか王子、とにかく昨日みたいに、おだてておだてておだてまくれ!

 そんで隙あらばキスに持ち込むんや!』


「うぅ……イアンは気楽でいいよな。

 昨日はどれだけ大変だったか……」


『そうやったか?

 割と平気な顔で口説いてたやろ?』


『顔に出さないよう頑張ったんだよ!

 はー、やっぱ向いてない、俺、基本的に攻めるのは向いてないよ。

 そもそも今まで一方的にモテてきたから、防御ばかり上手くなって口説く経験が圧倒的に足りないんだよね……」


『お、なんや? またいつもの優柔不断かいな?

 グチグチ言っとらんと、いい加減覚悟決めんかい!

 自分の命がかかっとるんやぞ!』


「わ、わかってるよ! やればいいんだろやれば!」


 そんな軽口を叩きあいながら、駅前の広場で紺奈を待つ王子とイアン。

 ちなみに今日のイアンはぬいぐるみスタイルではなく、勲章だけの状態で王子の胸ポケットに入っている。

 紺奈がやってきたのは約束の時間から15分ほど過ぎた頃――。


「王子くんごめんね~、待った?」


「大丈夫、俺もいま来たところだから」


 そうして合流した二人は、約束していたオープンしたてのカフェへ。

 適当にランチを頼みつつ、トークに花を咲かせる二人。


「私、男子と二人きりでカフェとか初めてなんだよね」


「ホントに?

 でも紺奈ちゃん、去年の夏に雑誌でデート企画とかやってたでしょ?」

 

「えー、もしかして見てくれた?」


「当然!

 たしか『夜景の素敵な観覧車の頂上で告白されてみたい』んだっけ?」


「ち、ちょっと王子くん!

 何でインタビューまで覚えてんの? ヤッバ!」


 必死に紺奈を持ち上げながら王子は考える。


(紺奈ちゃんの事はネットで調べ上げてきた!

 この知識をフルに使って、紺奈ちゃんをちやほやしまくる!

 そして何とかキスにつなげるんだ!)


 一方の紺奈は――


(どうやら私の事を必死に調べてきたみたい。

 必死ねぇ、王子くんってば。

 こんな事で私の気が引けると思ってんのかな?)


 ――そんな風に王子の行動を見透かしつつも――


(でもまぁ……見え見えのお世辞とはいえ、こうやって褒められるのは悪い気はしないよね。

 しかも相手はこんなイケメンだし。

 ――あぁ、ちょっと楽しいかも♡)


 ――と、チヤホヤされてまんざらでもない様子。

 ニヤニヤと笑う紺奈の様は、ホストクラブで浮かれる女性客のよう。

 そんな態度の紺奈に、王子は作戦の成功を予感する。


(――いける! 手ごたえあり!

 このままアゲにアゲて、気持ちよくさせてからキスに持ち込むんだ!)


 王子はヨイショをさらに加速させる。

 対してニヤニヤが止まらない紺奈。

 そして時間は過ぎてゆき――。


 ――――――

 ――――

 ――


「あー楽しかった! また誘ってよ王子くん」


「ホントに? じゃあそうするよ紺奈ちゃん」


 店を出た紺奈が開口一番、そう満足げに言うのを聞き、王子は勝利を確信する。


(これは勝った!

 だって紺奈ちゃんメスの顔してるもん!)


 ランチを終えた二人は、カフェを出て駅前まで戻る。


「ごめんね王子くん。

 残念だけどこの後仕事があるからさ」


 名残惜しそうにする紺奈の様子に、


「そうなんだ、俺も残念だよ」


「それじゃまたね、王子くん」


「あ、ちょっと待って、紺奈ちゃん」


 ――ここしかない!


 そう覚悟した王子は、駅構内へ向かおうとする紺奈の両肩を掴み、自分のほうへ向けさせる。

 その瞬間――


 ――ギュルルルルッ!


 王子の腹部を激痛が襲った!


(ぐぉおおおっ! 呪いキタァー!

 た、耐えろ、耐えるんだ俺!)


 腹痛を必死にこらえ、顔には出さずに紺奈に迫る王子。


「お、王子くん……」


「紺奈ちゃん……」


 二人はそのまま数秒間見つめ合い――

 それからそっと、王子の方から顔を近づけていく。

 全く抵抗しない紺奈に――これはいける!――と確信する王子。

 ゆっくり近づいていく二人の唇――そして――


 ――触れ合う寸前、唇の間に手が挟まれた。


「ごめんね王子くん。それはダメだって」


 王子の唇を手で抑えながら、紺奈はニッコリと微笑む。

 そして――


「だって私たち付き合ってないし、ただの友達じゃん。

 それでキスとかありえないでしょ?

 ってアレ? 王子くん、もしかして勘違いしちゃった?

 ごめーん! 私、そんなつもりないから。

 思わせぶりだった? だったら謝るね?

 それにしても……ププッ!

 そんなダサい勘違いしちゃうなんて、王子くんて意外と童貞?

 アハハッ! ウケるぅ~!

 ウチラは恋人じゃなくて友達だから、分かった?

 プークスクス!」


 ――一気にまくしたてて王子をディスる紺奈。


「それじゃ仕事もあるし行くわ。またね、王子くん♡」


 そして紺奈は、茫然と立ち尽くす王子を残して、悠然と駅構内へと消えていった。

 残された王子は、思わぬ展開にフリーズしていたが……。


「うっ、うぎゃぁああああああああ!」


 腹痛に我に返り、慌てて駅のトイレへと駆け込むのであった。

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