王子と十文字黒子――攻略終了?――

 放課後のグラウンドでは、多くの運動部が活動をしている。


「――は―――ちゃ―が――で―っ!」


 そんな中、何やら人の叫ぶ声が、風に乗って聞こえてきた。


「……ねぇ、何か聞こえない?」

「うん、聞こえる。どこからだろう?」


 その声に気付き始めた生徒たちは、キョロキョロとその発生源を探す。


「俺は――子ちゃ―が――ですっ!」


 そのうち一人の生徒が――「なぁ、アレじゃないか?」――と校舎の屋上を指さす。

 それにつられて、グラウンドで練習中の生徒たちが徐々に屋上に注目し始める。

 そこには――


「俺は黒子ちゃんが好きですっ!」


 ――屋上から身を乗り出し、そんな事を大声で叫ぶ王子の姿があった。


「俺は黒子ちゃんが好きですっ!

 俺は黒子ちゃんが好きですっ!

 俺は黒子ちゃんが好きですっ!

 俺は――」


 繰り返し同じフレーズを叫ぶ王子に、グラウンドの生徒たちがザワザワと騒ぎ出す。


「ね、ねぇ、アレって王子くんじゃないの……?」

「う、嘘っ! な、何やってるの王子くん?」

「好きって……いったい誰の事?」

「黒子って誰? ねぇ誰か知ってる?」


 下で生徒たちが騒ぎ出すのを見て、王子は引きつった笑顔で振り返る。


「ね、ねぇ黒子ちゃん?

 も、もういいんじゃないかな?」


「……王子先輩、先輩の気持ちってその程度なんですか?」


 ――カチカチカチ……。


「俺は黒子ちゃんが好きですっ!

 俺は黒子ちゃんが好きですっ!

 俺は黒子ちゃんが好きでーすっ!」


 黒子がカッターを持ち出すのを見て、慌てて大好きコールを再開する王子。

 その後ろから、満面の笑みで見守る黒子。

 そのまま叫び続けた結果――。


 ――ゼハァッ、 ゼハァッ、ゼハァーッ。


 ――体力の限界でしゃがみ込む王子。

 そんな王子の様子に満足したのか、黒子は王子の隣に座り込む。

 そして彼の乱れた髪を撫でながら、優し気に微笑んで見せた。


「ありがとうございます、王子先輩。

 先輩の気持ちは充分伝わりました」


「く、黒子ちゃん……」


「だけど……」


 黒子は笑顔を張り付けたまま、王子の耳元に顔を寄せる。

 そして――


「ごめんなさい、王子先輩。私、先輩の事嫌いです」


「……へ?」


 ――耳元で囁かれた黒子の言葉は王子を驚かせた。

 その様子に心底嬉しそうな笑みを返す。


「先輩の気持ちは嬉しいですけれど、自分よりダメな人間は好きになれませんよね?

 もっとマシな人間になってから告白してください」


 最後にそう言い残し、黒子は王子に背を向ける。


「なっ……」


(なんじゃそりゃぁあああああああっ!?)


 声にならない王子の叫び声。

 それを背中に浴びながら、黒子は屋上から姿を消した。


 イケメンとして生まれ、モテ続けてきた王子の人生――。

 生まれて初めて女性に「嫌い」と言われた瞬間だった――。



     *



 ――翌日。

 王子が登校すると、校舎入り口にある掲示板の前に人だかりができていた。

 何だろう? と、人だかりの後ろから掲示板を覗き込む王子。


 ――『嘉数高校のプリンス』に熱愛発覚!

 ――相手は一年生の十文字黒子さん!

 ――なんと、王子告白してフラれる!


 掲示板にあったのは、そんな見出しの校内新聞。


「な、何これ……?」


 所狭しと張られた校内新聞の内容に絶句する王子。

 そこへ――


「あっ! 王子くん!」


 ――野次馬の中にいたクラスメイトの三人、赤城奈美・黄瀬美香・青山加奈の信号機ガールズが、王子の姿を見つけワッと群がってきた。


「ねぇ王子くん! これってホントなの?」

「一年に告ってフラれたって……嘘よねこんなの!」

「どういう事なの、王子くん?」


 口々に質問してくる彼女たちに焦る王子。


「い、いや、実はそれは……」


 と、本当の事を語ろうとしたそのとき――


 ゾクッ! ――と王子の背筋に悪寒が走る。

 振り返ると、柱の陰に黒子の姿があった。

 体を半分だけ覗かせこちらを見る目は、まるで獲物を狙う肉食獣のようで――


(余計な事を言ったら殺られる!)


 ――そう王子は直感する。


「……ハイ、ソウデス。

 僕ハ彼女ニふらレマシタ」


 背後からの不穏な気配に押されるように、片言になりながら噂を肯定する王子。

 その答えに信号機ガールズだけでなく、周囲にいた野次馬の女子たちからも悲鳴が上がる。


「こんなの『嘉数高校のプリンス』じゃないわ!」

「信じてたのに……王子先輩はみんなの王子先輩だって……」

「……最低よ、王子くん。幻滅だわ」


 ――こうして呪いをひとつ解く事ができた王子。

 ――だがその代償は大きかったという。


(と、とんでもない目に遭った……。

 でもキスは達成できたし、目的は果たせたんだ。

 前向きにとらえて、次はもっと慎重に……)


 そう独り言ちる王子。だが――


『その前に黒子ちゃん、これで終わりやとええけどなぁ』


 ――イアンから不吉な言葉がかけられる。


(……え? ど、どゆこと……?)


 その指摘に不安を感じた王子は、慌てて黒子の方を振り返る。

 だが、もうそこに彼女の姿は無かった――。


 ――――――

 ――――

 ――


(王子先輩ったら、あんなに私の事が好きだったなんて……)


 屋上での出来事を思い出し、一人悦に入る黒子。

 人混みから遠ざかりながら独り言ちる。


(仕方が無いわねぇ。

 王子が今のダメ人間から、立派な男になれるまで見守ってア・ゲ・ル♡)


 王子の受難はまだ続く……?

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