王子とメンヘラ黒子

 放課後、生徒たちが帰り始めたばかりの時間帯――。


 ――話があるから今すぐ来てくれ。

 ――西校舎の屋上で待ってる。


「言われた通りメッセージを送ったぞ。

 黒子ちゃんはすぐにでもココに来るはずだ」


 王子はスマホをしまうと、胸ポケットに入れた勲章――イアンに話しかける。


「それでイアン、次はどうすればいいんだ?」


『後は黒子が来るのを待ってやなぁ……』


 ヒソヒソ――とイアンから王子にメンヘラ攻略法が伝えられる。


「えぇええええっ! できないよ、そんな最低な事!」


『せやったら諦めるか?

 けどその場合、朱音はどうなるんかなぁ?

 また狙われても知らんで?』


「うっ! そ、それは……。

 で、でもさ、そんな事で上手くいくのか……?」


『上手くいくに決まってるやろ!

 俺様のシナリオは完璧や!』


 そうして二人が作戦会議をしている最中――


「どうしたの、王子?

 話って何かな?」


 ――ペントハウスの扉が開き、早くも黒子が現れた。


「く、黒子ちゃん……」


 昨日の金髪ギャルから、すっかり元の地味子に戻っている。

 だが――


「王子ったら、何だか怖い顔してない?

 何かあったの?」


 ――そうして気安く話してくる様は、もとのオドオドした地味子ではなく、ギャルにキャラ変した強気な彼女のままのようだ。


「黒子ちゃん、聞いてくれ。俺は……」


「もしかしてあの女のせいかな?

 だったら任せて、次は絶対に失敗しないから」


「ちょっ! 待って! 話を聞いてくれ!」


「大丈夫、何も言わなくても分かってるわ」


 王子の話も聞かず、黒子が虚ろな目でニヤリと笑う。


「悪いのは全部あの女。

 あの女が私たちの仲を嫉妬して、無理矢理引き裂こうとしているんでしょう?

 ……絶対に許さない」


「ち、違う、そうじゃない! いいから話を――」


「任せて王子。全部私がやるから」


 虚ろだった目に、さらなる狂気が宿る――


「あの女を殺すの。

 そして私は王子と幸せになるの――」


「――っ!」


 会話にならない黒子の様子に絶句する王子。


(だ、ダメだコイツ!

 早く何とかしないと、このままだとアカ姉が――)


 そして決断をする。


(そうだ、これ以上俺の優柔不断でアカ姉を危険にさらすわけにはいかない!

 こうなったら一か八かやってやる!

 どんなに最低でもイアンの言う通りに――)


「それじゃ殺しに行ってくるわ。待っててね、王子♡」


 そう言い去ろうとする黒子の背中に向かって――


「ふっ……ふざけんなぁああああああああっ!!!」


 ――王子が絶叫を浴びせかけた。


「お、王子……?」


 思わぬ声に驚き戸惑う黒子。

 そんな黒子を王子は更に罵倒する。


「ふざけんじゃねーぞ、このブス!

 何をキスくらいで勘違いしてんだ?

 もしかして俺とお前が対等に付き合えるとでも思ってたのか?」


 その言葉に表情が消える黒子。

 そんな彼女の様子に気づかない王子は、一心不乱に彼女を責める


「ちげーだろ!

 立場をわきまえろよ!

 俺がお前みたいな奴を好きになるかよ!

 ボッチで可哀そうなお前に、同情で付き合ってやってるんだろうが!」


 普段の王子様キャラをかなぐり捨て、さらに彼女に言い募る王子。


「仕方なくだよ、仕方なく!

 でなきゃ誰がお前なんかと付き合うもんか!

 それなのに調子乗って、勘違いしてんじゃねぇぞ、このブス!」


 相手の目も見ず一気に言い切り、王子はゼーゼーと息を切らす。


(い、言ったぞ! 言っちゃったぞ!

 とんでもないこと言っちゃったぞ!)


 そしてそーっと相手の様子を伺う。

 黒子は無言のまま王子を睨みつけていた。

 その眉は異様なほど逆立ち、瞳孔が開ききっている。


(ひぃいいいっ! 目が、目が怖ぇっ!)


 その黒子の様子に怯える王子。


(イアンの言う通りにやったけど、やっぱり間違ってたんじゃないか?

 怒らせたよね、確実に!)


 後悔するがもう遅い。

 鬼の形相の黒子が、一歩、一歩とにじり寄ってくる。

 そして――


(だ、ダメだぁ!

 こ、殺されるぅうううっ!)


 ――王子は死を覚悟した。

 その瞬間――


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 ――気付くと何故か、黒子が土下座をして王子に謝っていた。


「……へ?」


 事態の急変に王子が戸惑っていると、黒子は土下座したまま謝罪を続ける


「私が悪いの許してお願い!

 王子先輩に捨てられたら生きていけないの!

 ごめんなさいごめんなさい!

 許してください! 私を捨てないで!

 お願いしますお願いしますお願いします!」


 その怒涛の謝罪に事態を把握できない王子。


「ちょっ! な、何だ?」

『な、王子。言うたとおりになったやろ?』


 慌てふためく王子に、ニンマリと笑いイアンが声をかけてきた。

 王子が――


(ど、どういう事だよ、イアン?)


 ――と心の中で尋ねると、得意げな様子でイアンが応える。


『黒子は元々コンプレックスの強いタイプや。

 それが、意外な恋愛成就をしてしまったせいで、妙な自信をつけて舞い上がってもうたんやな。

 そんな彼女を元の地味子に戻すには、その浮ついた自信をへし折ってやればよかったんや。

 さっき王子に言わせた罵詈雑言はそのためのモンや』


 計算通りの展開に、イアンはクククッと満足そうに笑う。


『見てみぃ、黒子のこの哀れな姿を。

 元のコンプレックス女に逆戻りやで。

 ああなったらもうこっちの言いなりや。

 あとは煮るなり焼くなり好きに料理したれ』


「なっ……」


 イアンの言葉に絶句する王子。

 黒子を見れば、王子に土下座し許しを請う姿は確かに哀れだ。


(な、何だよコレ……)


 その黒子の様子に、王子は重い罪悪感を感じる。


(そりゃ最初は大人しそうな子で、オドオドした様子が可愛くて『イジメたい』と思ったこともあったけど……)


 今の黒子の様子なら、朱音を殺そうなどと考える余裕もなさそうだ。

 ならイアンの言う通り、作戦は成功したと言えるだろう。

 だけど……。

 

(でも実際、ここまで追い詰められた姿を見たら……。

 ダ、ダメだ、罪の意識で胸が痛い……)


『おいおい、何言うとんのや、王子?』


 怖気づく王子に、呆れた声を上げるイアン。


『そんな事でどうすんねん?

 これからこの女、もっとボロボロにせなあかんのに』


(――はぁっ? な、何で?)


『ここで徹底的に叩かんでどうするんや?

 二度と歯向かう気が起きんくらいイジメぬいて、立場をハッキリさせなあかん。

 これもメンヘラの躾けやで』


(な、何言ってんだよ! ムリムリ!

 もうこれ以上は何もできないよ!)


『そんな甘いこと言うとったら、また暴れ出すでコイツ。

 ええんか? 次はもっと取り返しのつかん惨劇になるで?』


(そ、そんな事言われても……)


 そんな脳内会議の最中、王子の足がガッと掴まれた。

 思わず「ひぃいっ!」と悲鳴を上げる王子。

 見ると土下座をしていた黒子が、今度は王子の足に縋りついて媚態を示す。


「あの……王子先輩!

 私、王子先輩の事好きです!

 王子先輩のためなら何でも出来ます!」


 そう言い、王子を見上げる黒子の表情は、媚びて歪んだ卑屈な笑顔だ。


(や、やめろよ……。

 そんな顔でそんな事言うなよ……)


「ホ、ホントです先輩!

 私、なんだってやります!

 王子先輩のためだったら何だって!」


(頼む、お願いだからやめてくれ……。

 でないと俺は……)


「だからお願い! 捨てないで王子先輩!」


(――っ! ダメだ、俺はもう――)


 黒子の自虐的な態度に、王子の罪悪感が許容量を超え――。


「ごっ……ごめん黒子ちゃん!」


「お……王子先輩……?」


 ――耐え切れずに謝ってしまった王子。

 突然の事にキョトンとする黒子の肩を掴み、彼女と同じ目線の高さになるよう地面に膝をつく。


『お、おい! 何やっとんねん、王子!?』


 イアンの慌てた声が聞こえる中、王子は構わず黒子の目を見て謝罪の言葉を語る。


「君は何も悪くない!

 悪いのは俺だ! 

 深く考えずキスなんかして、身勝手な行動で君を傷付けてしまった……。

 俺は最低だ……。

 もうこれ以上、君が謝る姿を見るのは耐えられない……」


「…………」


「俺の事を好きに罵ってくれていい!

 殴られたって仕方ないと思ってる!

 だから……」


「…………」


「ごめん、黒子ちゃん。

 あのキスの事は忘れてくれ……」


「…………」


 最後まで話し終えた王子は、黒子の肩から手を放し深々と頭を下げる。

 謝罪を無言で聞いていた黒子だったが――


「はっ……あははっ……」


 ――不意に立ち上がると壊れたような笑い声をあげた。

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