王子とヤンデレ黒子

 ■■十文字黒子の独白2■■


 ――王子、どうして……。


 ――キスしたくせに……キスしたくせに……。


 ――ううん、違う。王子は悪くない。


 ――悪いのはきっとあの女……。


 ――そうだ、あの女が私たちの邪魔をしているんだ。


 ――あの女が王子を騙して、私から引き離しているんだ。


 ――許さない、絶対に許さない。


 ――あの女さえ……あの女さえいなければ……。


 ――だったら私が……。



     *



 ――翌日、まだ登校するには少し早い時間。

 まだ人のいない校舎の、最上階廊下に一人の少女の姿があった。

 黒髪を野暮ったい三つ編みにし、大きな黒縁眼鏡を掛けている。

 金髪ギャルからすっかり元に戻った黒子だ。

 ……いや、その表情は元通りとはいかず、虚ろな瞳はまるで感情が抜け落ちたよう。


 彼女がそんな目で廊下の窓から外を覗く。

 窓の真下に校舎の玄関があり、グラウンドでは朝練をする運動部の姿が見えた。

 そしてグラウンドの奥の校門から、校舎の方へ向かってくる人影が。

 ――王子の幼馴染、二階堂朱音だ。


「フ……フフフフフ……」


 窓の下に朱音の姿を確認した黒子は、薄っすら笑みを浮かべる。

 そして虚ろだった瞳に光――ではなく、さらなる深い闇を宿した。


 ――――――

 ――――

 ――


 ――一方。


(あれからあの十文字って子、大丈夫だったのかな?)


 昨日の事を思い出しながら、校門をくぐる朱音。

 彼女は副生徒会長として、他の一般生徒より少し早く登校する事を日課としていた。


(泣かせてしまった手前、今後の事もあるし、一度様子を見に行った方がいいかしら?)


 そんな事を考えながら、校舎の方へ歩いていく。

 そして校舎の入り口に差し掛かったとき――


 ――ヒュンッ!

 ――ガシャァアアアンッ!



 ――朱音の目の前数十センチを何かが通り過ぎ、足元で壊れる音がした。


「キャアアアアッ!」


 その衝撃に押されるように、後ろに倒れ込む朱音。


「な、何なの……?」


 倒れたまま、空から落ちてきたその物体を確認する。

 それは、学校の所々に飾られている花瓶だった。

 かなり大きめで重量もある花瓶、それが先ほど朱音の立っていた場所に、粉々になって散らばっていた。


 あと数十センチで朱音に当たっていた。

 もし直撃していたら――想像をしてゾッと背筋を凍らせる朱音。


 そして、その様子を真上の窓から見ていた黒子は――


「チッ、外しちゃった」


 ――そう言って舌打ちするのであった。



     *



「アカ姉! 大丈夫か!」


 始業前の保健室に飛び込んでくる王子。

 保険医と向き合って座っている朱音の姿を見つけると、王子は勢い込んで彼女に駆け寄る。


「怪我したのか!

 どこを? 大丈夫?

 死なないで!」


「落ち着きなさい!」


 ペシッ! ――と朱音が王子の額に軽くチョップする。


「大丈夫よ、ちょっと足元を切っただけだから」


「本当に?

 よかったぁ、アカ姉が保健室に運ばれたって聞いたから心配で……」


 見ると朱音の足首からふくらはぎにかけて包帯が巻かれていた。


「ねぇアカ姉、いったい何があったんだ?」


「それが……頭の上から花瓶が落ちてきたのよ。

 ギリギリ当たらなくて済んだんだけど、割れた破片で足を切っちゃって」


「花瓶が?」


「でもおかしいの。

 あんなものが自然に落ちてくるわけがないのよ。

 誰かのいたずらかもと思うんだけど、さすがに悪質で……」


「いたずらって……」


 そのとき――ヴヴヴ――とスマホのバイブが鳴り、王子のスマホのSNSアプリにメッセージが届く。


「――なっ!」


 その内容に血の気が引く王子。


 ――ごめんね、あの女殺せなかった。

 ――でも大丈夫、次は絶対失敗しないから。

 ――今度こそあの女を殺すから。


 そう書かれたメッセージの送り主は――


「く、黒子ちゃん……っ!?」


 それは黒子からの朱音殺害予告だった。

 メッセージの内容と状況から考えて、朱音の頭上から花瓶を落としたのも黒子に違いない。


(ちょっ! 待てよ! 冗談じゃないぞ!

 どうして黒子ちゃんがアカ姉を殺すんだよ!)


『おーおー、なんや面白い事になってきたなぁ』


 焦った様子の王子とは対照的に、バッグから頭だけを覗かせるイアンは楽しそうな声を上げる。


『俺様もさすがにあの女がここまで病んでるとは思わんかったで』


(な、何を楽しそうに言ってるんだよ!?

 ヤバいだろ、こんなの!)


『ま、メンヘラ女に狙われるなんてめったにない経験や。

 いい男の勲章やと思うて諦めるんやな』


「――っ! ふざけんな!」


 思わず声を上げた王子を、朱音が驚いた顔で見る。


「どうしたの、プーちゃん?

 何かあったの?」


「そ、それが……」


 朱音と目が合い、言いかけた言葉を飲み込む王子。

 不安そうな様子の朱音に、王子の胸が締め付けられる。


(くそっ! 何やってるんだ俺は!

 俺のせいでアカ姉が巻き込まれて、もう一歩で死ぬかもしれなかったんだぞ!

 何とかしなきゃ、俺が何とか――!)


 だが気持ちが焦るだけで、何もいい方法が浮かばない。


(――ちくしょう! いったいどうすれば――)


 追い詰められる王子。

 そこに――


『王子、俺様が助けてやろか?』


 ――聞き覚えのある質問が再び投げかけられ、思わず思考が止まる王子。


(た、助けるって……?)


『俺様がアドバイスすればどんな女も楽勝や。

 メンヘラだって簡単に攻略できるで』


(ほ、本当に……?)


『ああ、約束したるわ。

 で、どうするんや?

 今度こそ俺様の言う事を聞くか?』


(そ、それは……)


 今まで散々イアンからの干渉を嫌がってきた王子は、返事を一瞬言い淀んだ。

 だが――


(どんな手段でも黒子ちゃんを止めなきゃ!

 これ以上アカ姉を危険な目に遭わせられない!)


 ――他に選択肢もないと決断をする。


(わ、分かった。頼むイアン、助けてくれ! )


『よっしゃ! 任せとき!』


 王子の返事にテンションを上げるイアン。


『恋愛マスターの俺様が教えたるわ! メンヘラ女子の攻略法をな!』

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