王子と朱音の機転

「バカなの、プーちゃん?

 貴方、ホントにバカなの?」


 放課後、生徒会室にやってきた王子は、説明する間もなく朱音から罵倒を浴びせられた。


「今、学校中で噂よ。

 『嘉数高校のプリンス』に彼女ができたんじゃないかって。

 これって例の呪いのせいよね?」


「は、はい、そうです……」


「まったく、ホントに見境なくキスをして、こんな問題引き起こすなんて。

 ……やっぱりバカなのね、バカなのねプーちゃん」


「は、はい……反省してます……」


『まぁまぁ、しゃーないやんけ』


 そこへイアンが割って入る。


『すべては呪いを解くためや。

このままやと呪いで死んでまうんやから、王子としてはキスするしかないやろ』


「……元凶が偉そうにしないでよ。

 ともかく王子、これからどうする気なの?」


「どうする……って?」


 首を傾げる王子に、朱音の質問が飛ぶ。


「だからキスした一年生の事よ。

 このまま彼女と付き合う気なの?」


「むっ無理無理!

 まだ呪いも解けてないのに!

 それ以前にあんな重い子は俺の手に負えないよ!」


「ふーん……それなのにキスしたの?」


 朱音の冷たい視線が突き刺さり、王子は思わず「――うっ!」とうなり声をあげる。


「言ったよね?

 相手の子を泣かすような真似はするなって」


「は、はい……」


「このまま付き合わずに振る気なら、確実に相手の子、泣くんじゃないの?」


「……すみません」


「謝る相手が違わないかな?」


「………………ごめんなさい」


 続く朱音からの問責に、王子は小さくなって謝る事しかできなかった。

 と、そのとき――


 ――ガラッ!


 ――と、ノックもなく生徒会室の扉が開く。

 そして――


「あ、いた! 王子~♡」


 ――生徒会室に黒子が入ってきた。


「うっ! く、黒子ちゃん……」


「教室に行ったらいなかったからさ、学校中探しちゃったよ」


「そ、そうなんだ……探したんだ……」


 怯えた目になる王子に、朱音が尋ねる。


「ねぇ、あの子が例の――?」

「う、うん……キスした相手……」


 ヒソヒソと話をする二人に、黒子の柳眉が逆立つ。


「ちょっと! 何なの貴女!

 私の王子に馴れ馴れしくしないでよ!」


 鬼のような剣幕で迫る黒子を、朱音は無言で観察する。

 けばけばしいギャルファッションで、あまりいい印象は持てない朱音。

 ただし昨日、王子と一緒に見た名簿によると、彼女はもっと地味な女生徒だったはずだと思い直す。


(こうなっちゃのはプーちゃんのせいよね……)


 王子を見ると、怯えた様子でプルプル震えている。

 そのダメダメっぷりに――


(仕方ない、お姉ちゃんとしては、ダメな弟を放ってはおけないよ)


 ――そう考えると、朱音は大きな溜息をついた。

 そんな朱音を横目に――


「ねぇ王子、一緒に帰りましょう」


「い、いや、それは……ちょっ、待って、マジで!」


 ――生徒会室から連れて行こうと手を引く黒子と、駄々る柴犬のように踏ん張る王子。


「待って、十文字黒子さん」


 そんな二人の間に、朱音が割って入った。


「……何よ、邪魔しないでよ」


 睨んでくる黒子に、朱音は殊勝な態度で訴える


「十文字さん、どうやらあなたは勘違いしているみたいね」


「……? 勘違いって何の事?」


「つまりね……」


 朱音は王子と腕を組むと、寄り添うようにして黒子に告げる。


「私と王子は付き合ってるのよ」


「「えぇっ!」」


 黒子と王子の驚きの声がハモる。


(バカ! なんでプーちゃんが驚くのよ!)


(えっ、だって……いやその……ごめん……)


(いいから私と話を合わせなさい)


(わ、分かった……)


 ひそひそと話す朱音と王子に、黒子が食って掛かる。


「ちょっと! どういう事?

 アンタ王子から離れなさい!

 王子、何なのコイツ、説明してよ!」


「い、いやそれは……」


「だから言ってるでしょ。

 王子と私は恋人同士なの。

 王子は私のものなのよ」


「なっ! う、嘘よ、だって私とキスを――」


「貴方とのキスはただの浮気、王子にとっては遊び程度のものよ」


「そ、そんなワケない!

 そんなはずは……」


「疑うなら王子に直接聞いてみればいいわ。

 ねぇ王子」


「え、いや、その……」


 いきなり話を振られて慌てる王子。


「ほ、本当なの、王子?

 わ、私とは遊びだったの……?」


「あ、あの……ご、ごめん黒子ちゃん……」


「――っ!」


 王子はテンパりながらも話を合わせた。

 その返事に黒子の顔から一瞬にして生気が消える。

 まるで幽霊のように真っ青だ。

 そして――


「あ、ああ、あああああああああっ!」


 ――大粒の涙をポロポロと零すと、生徒会室を飛びだしていった。


「く、黒子ちゃん! 待って……」


「――プーちゃん!」


 思わず黒子を引き留めようとする王子を、朱音が止める。


「彼女を引き留めてどうするつもり?

 貴方が何をしたって彼女を傷つけるだけよ」


「そ、それは……」


 朱音の言う通りだと、王子も頭では理解をする。

 だけど去り際の黒子の涙――その姿にギュッと胸を締め付けられる王子。


「黒子ちゃん、泣いてたよね……」


「そうね。

 でも、例え泣かれても今のうちに諦めさせた方が、彼女にとっては傷が浅くて済むはず。

 だから、これでいいのよ」


「うん……そうだね……」


 そう言いながら王子は、罪悪感に表情をゆがめる。

 苦しそうにする王子の様子を見て、諭すように語る朱音。


「だから言ったじゃない、相手を泣かせるなって。

 こういうの、泣かせた方もキツいんだから」


「うん……ごめんなさい……」


「謝る相手が違う……っていっても、今、プーちゃんが彼女に謝っても傷口を広げるだけだろうけど……」


「……うん…………」


「……ねぇプーちゃん。

 貴方も命がかかってるんだから、キスするなとは言わないよ。

 でも、なるべく相手を傷つけない方法を考えなさい。

 それがプーちゃんにとっても最善なんだから」


「うん……次からはもっと考えるよ……」


 深く考えない行動を反省する王子。その様子に……。


『次かぁ。その前に、これで終わりやとええけどなぁ』


 バッグに隠れていたイアンが、不吉なセリフを呟くのだった。

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