王子と十文字黒子(ヤンデレ地味子)

 人気のない校舎裏。

 ハァハァと息を切らす女生徒――十文字黒子の姿があった。


「ハァハァ……や、やっちゃった……また逃げちゃった……」


 ――王子との遭遇に慌てた黒子は、その勢いのまま校舎裏まで逃げて来ていたようだ。


「王子先輩を突然あんな間近で見たんだもの、びっくりして思わず……」


 彼女は高校に入学して、初めて王子を見てからずっと彼に憧れてきた。

 そんな相手に至近距離で遭遇して、気が動転し逃げ出してしまったようだ。


「それにしても……王子先輩、ホントにカッコよかったなぁ~。

 怖いくらい整った顔が、触ったら壊れてしまうガラス細工のようで……。

 きっと王子先輩は、私みたいな平凡な人間とは別の世界の住人。

 エルフとかフェアリーとかエンジェルとか、そんな特別な存在なのよ」


 どうやら彼女には、王子がそんな人外に見えている様子。

 ウットリと想いを巡らせる黒子。だが――


「だけど……どうしよう。あんな風に二度も逃げちゃって、絶対変なコだと思われたよね?」


 ――喜びも一転、急に不安げな表情を見せはじめる。


「……ううん、大丈夫。

 王子先輩が私の事覚えてるはずがない」


 そしてその不安を振り払うよう、自分に言い聞かせる黒子。


「私みたいな地味な子なんて、別世界の王子先輩が気にかけるわけないじゃない。

 私だっていつも遠くから見てるだけだし……。

 きっと私の事なんて頭の片隅にも覚えていないはず。

 だから今日の事だって――」


「――そんなワケないじゃないか」


 彼女の背後から、唐突に声がかかる。

 その声の主は――王子だ。

 逃げ出した黒子を追って、出てくるタイミングを計っていたようだ。


「なななっ! お、王子先輩!」


 あっという間にテンパる黒子に、キラキラと効果バックが入りそうな笑顔で迫る王子


「十文字黒子ちゃん――でしょ? もちろん知っているよ」


 優しく語り掛けながら、じわじわとその距離を詰めていく。


「どどど、どうして――?」


「いつも僕を見てくれてたよね?

 覚えていて当然じゃないか」


「そそそ、そんな! 私なんて……!」


 耳まで真っ赤にして戸惑う黒子。

 そんな彼女を王子は壁際まで追い込み――


 ――トン!


 ――ソフトな壁ドンをする。


「――――っ!?」


 さらに赤くなった黒子に、王子は触れないよう細心の注意を払いつつ、彼女の耳元に口を寄せそっとささやく。


「ありがとう、黒子ちゃん。とっても嬉しいよ」


「あ、あうぅう……」


 王子のイケメンアプローチに、パニックで目を白黒させる黒子。

 その様子にイアンが感心したような声を上げる。


『へぇ~、やるやんか王子。

 童貞やからもっと女に慣れてへんと思ってのに』


(ずっと王子様キャラを演じてきたからね。

 これくらいは楽勝だよ。けど……)


 王子の演じる王子様キャラは、あくまで体質に問題を抱えた彼が、上手く女性をあしらうために培ってきたもの。

 女性に触れられないよう、だけど嫌われないようにコントロールする、そのためのテクニックなのだ。

 なのでその先――モテをキスやセッ〇スに繋げる方法は、王子にとって全くの未知であった。


(カッコつけて迫ってみたものの、ここからどうやってキスに持っていけばいいんだろ?)


『王子、俺様のアドバイスが――』


(――いらないよ!)


 朱音とのことで懲りた王子は、食い気味にイアンの協力を断った。

 とはいえ、王子に何か考えがあるわけでもない。


(いったいどうすれば……


「あ、あの……」


 イアンとそんな脳内会議を続ける――傍から見れば無言の――王子に、黒子がおずおずと声を掛ける。


「お、王子先輩のような方が、わ、私みたいな者に、その……な、何の用でしょう?」


 泣き出しそうになりながら、上目遣いで見つめてくる黒子。


(あ、あれ? この子……)


 そんな彼女の態度に、思わず注視する王子。

 美人というわけではないが劣ってもいない、平凡で特徴のない顔。

 眼鏡をかけ化粧や髪形も地味、クラスの隅で目立つことがない女子。

 そんなモブのような女の子だと思っていたけれど……。


(な、なんだろうコレ?

 この子の怯えた顔を見ているとなんだか……)


 捨てられた子犬のように見つめてくる瞳――

 自分に自信のないのが分かる、卑屈で怯えた表情――

 そんな態度が、地味で平凡な彼女に似合っていて――


(か、かわいい……。

 イジメたい……。

 何なんだ、この初めての感情……?)


 どちらかというと王子はMだ。

 愛するよりも愛されキャラで、恋愛においては常に受け身。

 人間関係においても他人に合わせることが多く、あまり自分の意見を出す方ではない。

 そんな彼をもってしても、黒子を前にすればこの通り――


(オレのほうが圧倒的に上の立場!

 コイツはオレに蹂躙されるだけの存在!

 俺の本能がそう告げている!)


 ――嗜虐心がくすぐられ、隠されたSの本能が呼び起こされる。


(やばい、何これ……?

 変な趣味に目覚めそう……)


 十文字黒子――彼女は生粋のドSホイホイだった。


(――でもいける!

 昨日キスバージンを失ったばかりの童貞なオレでも、この獲物なら簡単にやれるぞ!)


 黒子を見る王子の目が、獲物を見つけた鷹の目に変わる。


「ねぇ君……いつも俺のこと見てるよね?

 俺の事が好きなのかな?」


「わ、私、その……好きっていうか、憧れっていうか……」


「そう、ありがとう。

 だったらお礼をしなきゃね」


「あ、あの……」


 そこから先は何も言わせない。

 王子は壁ドンから顎クイにつなげ――


 ――チュッ!


 ――そのまま無抵抗な彼女にキスをした。


(や、やった! ついにやったぞ!)


 受け身じゃない、生まれて初めての自分からのキス。

 そして――


 ――ぎゅるるるるるるるっ!


 ――いつもの腹痛が王子を襲う。


(ぐぉおおおっ! キスの余韻に浸る暇もないぞ、早く離脱しないと!)


「あ、あの……王子先輩……?」


「そ、それじゃ!

 この事はみんなには内緒だよ!」


 そう言い残すと、王子は猛ダッシュで逃げ出したのだった。

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