王子と朱音との約束

 生徒会室にやってきた王子。

 さっそく朱音に声をかける。


「アカ姉、パソコン借りるよ」


「いいけど……何に使うの?」


「ちょっと人を探してて……生徒名簿を見せてもらおうと思って」


「ちょっ、ダメよ! 個人情報よ」


「頼むよ、アカ姉。別に悪いことに使うわけじゃないんだからさ」


「そういう事じゃないの。ダメなものはダメ」


「何だよアカ姉、俺の事信じてくれないのか?」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


「本当に困っててさ、頼むよアカ姉」


「だ、だけど規則が……」


「お願いアカ姉! アカ姉にしか頼めないんだ!」


「で、でも……」


「…………ダメ?(※甘えるように)」


「……はぁ、分かったわ。今回だけだからね」


 強く頼まれると断れない、ちょろい朱音であった。


 朱音の許可を得た王子は、パソコンから学校のサーバーにある生徒名簿データにアクセスする。


「俺の事を『王子先輩』って言ってたから、後輩で一年生のはずなんだけど……」


 十分ほどマウスをカチャカチャさせていたが――


「あ、いた!」


 ――ようやく王子の目が留まる。

 画面に表示されているのは、今朝ぶつかりかけた女子高生の画像付き名簿。


 それによると彼女は一年の十文字黒子じゅうもんじくろこ

 王子野王子に比べると一段落ちるが、なかなか変わった名前だ。

 部活には入っておらず、成績は中の中。

 名前以外には特に目立ったプロフィールも無く、ザ・凡人といった感じだ。


 王子は名簿にひととおり目を通すと、用事は終わったとばかりに席を立つ。


「ありがとうアカ姉、見つかったよ。

 ……って、何やってるの?」


 振り返った王子の目に飛び込んできたのは、クマのぬいぐるみをグリグリと踏みつける朱音の姿だった。


『イタタッ! なにすんねん、ちょっとおっぱい揉んだだけやろ!』


「うるさい! このセクハラくま!」


『あ、でもこの角度……ぐへへ、パンツ丸見えやな~』


「――っ! プーちゃん! コイツ捨てるから! 燃えるゴミに出すから!」


『それだけはヤメテ!』


 ――閑話休題。


「で、プーちゃん。もしかしてこの子が、次のキスのターゲットなの?」


 パソコンに映る生徒名簿を見ながら朱音が尋ねる。

 その様子は不機嫌そうで、王子は慌てて言い訳を並べだす。


「い、言っとくけどアカ姉、俺だってやりたくてやってるんじゃないからな?

 呪いのせいだから!

 放っとくと死んじゃうから!」


「……その事ならちゃんと理解してるわよ」


 朱音はそう言うとハァーッと溜息をつく


「手あたり次第キスするなんて、そんな奴は女の敵だし死んだほうがいい、なんなら私の手で葬ってやりたいって思うくらいに腹が立つけれど、さすがに命がかかってるとなると仕方がないと思わないでもないから」


「……え、それって理解してくれてる? めっちゃキレてるようにしか聞こえないんですけど……?」


「……当然でしょ?

 そりゃプーちゃんが命がけなのも分かるけど、相手の女の子にしたらそんなの関係ないじゃない。

 プーちゃんの都合で弄んで、その子が可哀そうだと思わないの?」


「そ、それは……」


 言い淀む王子。そこへ――


『おいおい、何を言うとるんや?

 王子は俺様譲りのイケメンやで。

 イケメンからのキスは世界中の女どもにとってご褒美やろ』


 ――と、イアンが口を挟む。


『今朝会った次のターゲットだって、王子のファンって事はお前さんに惚れとるんやろ?

 だったらキスしようが弄ぼうが問題ないやないか』


「……そ、そうかな?」


『もちろんや!

 俺様たちのようなイケメンは何をしたって許される!

 俺様たちにとっては遊びのキスでも、相手には何よりのご褒美やで!』


「そ、そうか!」


「――そんなわけないでしょ!!!」


 王子とイアンのイケメン談義に怒気を強める朱音。


「このクズぐるみ、そんな最低な恋愛観を堂々と言わないでよ!

 プーちゃんもこんなクズぐるみのいう事なんか聞いちゃダメ!」


「ご、ごめんなさい!」


『コラァッ! 誰がクズぐるみや!』


 そんな王子の様子に、朱音は再び大きな溜息をつく。


「命がかかってるから、プーちゃんが必死にキスしようとするのは仕方ないと思うわ。

 だけど……ねぇプーちゃん、これだけは約束して」


「な、何でしょう?」


「相手の女の子を絶対に泣かさない事。

 もし泣かせたら、姉さん絶対に許さないから」


「は、はい。分かりました……」


 ジロリ――と睨んでくる朱音の迫力に、王子はコクコクと頷くしかできなかった。



      *



『――で、王子。あんな約束してよかったんか?』


 生徒会室を出て、一年の教室のあるフロアへ向かう道すがら、イアンは王子に苦言を呈す。


『相手を泣かせんとキスしまくるなんて、自分ホンマにできるんか?』


「し、知らないよ、そんなの……」


 そもそも童貞の王子には、泣かす、泣かさない以前に、キスまでどう持っていけばいいのかもよく分からない。


「とにかく考えても仕方がない。

 命がかかってるんだから、やるしかないじゃないか」


『せやったらしゃーないな。

 俺様がまたアドバイスしたるで』


「いや、それは絶対いらないから」


 速攻で拒絶する王子。


「どうすればいいかなんて分からないけど、ともかく一度会ってから……」


 そう言いながら王子は階段をトントンと降りていく。

 下の階が一年のフロアだ。

 と、そのとき――


「わっ!」

「きゃっ!」


 ――階段を下りた先の廊下からやってきた女子と、ぶつかりそうになってしまった。


「ごめん、大丈夫?

 ……って君は」


「こちらこそ……って、また王子先輩!」


 しかもその相手は、今朝ぶつかりかけた彼女――十文字黒子だ。


「あ、あのその……ごめんなさい!」


「あっ、待って!」


 そして引き留める間もなく、黒子はリプレイのように逃げ出していった。

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