王子とターゲット発見

『うぉい王子!

 よくも俺様を置いて行ってくれたなワレ!』


 放課後、帰宅した王子に食って掛かるイアン。

 どうやら自分を置いて学校に行った王子にご立腹のようだ。


『俺様の協力がなくて、お前の呪いが解けると思っとんのか?』


「イアンこそアカ姉の時の事を忘れたのか?

 あんなアドバイスならいらないよ」


 自分の部屋の机の上で騒ぎ立てるイアンを、制服から部屋着に着替えながら軽くいなす王子。

 

「今日は考えすぎてダメだったけど……。

 でも一人の方が、イアンに邪魔されるよりはマシだよ。

 イアンはずっと部屋でぬいぐるみやっててくれ」


『アホか!

 せやったらターゲットはどうやって見つけるつもりなんや?』


「どうってそりゃ……適当に?」


『かぁ~っ!

 やっぱり分かってへんな王子。

 解呪のためのキスの相手が誰でもええわけないやろ』


「……へ? どゆこと?」


 イアンが話す新たな事実に、いい加減に聞いていた王子も思わす聞き返した。

 ようやく耳を傾けた様子の王子に、イアンは満足そうに話を続ける。


『ええか王子?

 お前さんにイザベラの呪いが降りかかったのは、俺様と共通点があったからや。

 自分、誕生日は9月2日やろ?』


「そ、そうだけど……なんで知ってるの?」


『そりゃ俺様の誕生日と同じやからな。

 他の子孫が無事でお前さんだけ呪われたんは、その共通点のせいやな』


「ぬぁっ! たったそれだけの事で?」


 誕生日が同じ――自分を苦しめてきた呪いの原因が、たったそれだけだと知り唖然とする王子。


『そう、原因はたったそれだけの事や。

 そしてそれはキスの相手にも言える』


 そしてここぞとばかりにドヤるイアン。


『イザベラの呪いは俺様の愛人の数だけ掛けられとる。

 せやから呪いを解くためのキスの相手も、王子の知り合いだという前提のほかに、名前、誕生日、何でもええから、十人の愛人たちとの共通点が必要なんや』


「うぅ、そんなのいちいち調べていられないよ……」


『せやから俺様を連れてけっつったやろ。

 俺様なら一目見ただけで誰がターゲットか見抜けるで』


「くぅう、イアンにそんな特技があったなんて……」


『今後は絶対に俺様を連れて行くと約束するなら、ターゲット探しも手伝ったるんやけどなぁ~」


「し、仕方ない、約束するしかないか……」


 苦渋の選択をする王子。


「わかった、明日からはちゃんとイアンも連れて行くよ。

 その代わりちゃんとターゲットを教えてくれよ」


『おう、任せとけ!

 ついでに恋のアドバイスもバッチリしたるで!』


「いや、そっちはいらないから!」


 意気込むイアンに食い気味で釘をさす王子だった。



     *



 翌日の朝、いつもより少し大きめのバッグを担いで登校する王子。

 王子のバッグの中には、教科書などの普段の荷物のほかに、勲章をつけたクマのぬいぐるみも入っている。

 約束通り、学校へ連れていくことにしたらしい。


 最寄駅から学校へと歩く最中――。

「あ、そうだ!」と、王子は昨日の出来事を思い出した。


(そういえばイアン、昨日聞きたいと思ってすっかり忘れてたことがあるんだけど)


 カバンの中のイアンに思念で語り掛ける王子。

 どんな形であれイアンの本体である勲章を持ち歩いていれば、声を出さなくても会話ができるらしい。


『ん? なんや?』


 ちなみにイアンの声は、イアンが聞かせようとしない限り、王子にしか聞こえないようになっている。


(昨日学校で、アカ姉を怒らせてしまってさ。

 その仕返しに抱きつかれたんだけど……なぜか呪いが発動しなかったんだよね?

 あれってどういう事なの?)


『あーそれは朱音がキスの相手だからやな。

 キスして呪いを解いた相手とは、それから触れても大丈夫になるんや』


(えぇっ! ホントに?)


 そんな朗報にテンションを上げる王子。


(それじゃ完全に呪いを解かなくたって、キスした相手とならあんな事やこんな事もできちゃうの?)


『そりゃできるけど……でもそんな事してる余裕あるんか?

 あと九人とキスしないと、自分死ぬんやで?

 そんな状況で女性一人だけに入れ込んだらマズイんとちゃうか?』


(た、たしかに……)


 そしてすぐにシュンッとテンションが沈下する。


(ま、まぁ、あんな事やこんな事って言っても、今のところ相手はアカ姉しかいないし、あんまり関係はない……)


 ――ふと、朱音とのキスを思い出い出す。

 唇に触れる柔らかい感触――

 今まで見た事のない、照れた笑顔の朱音――

 その時の光景が脳裏に浮かんだ瞬間、顔がカァーッと赤くなるのを自覚する王子。


(な、何考えてんだ俺!

 相手はアカ姉、ずっと姉のように育ってきた相手だぞ!

 そんな気持ちになっちゃダメだ!)


 王子は疚しい気持ちを払うように首を横にブンブンと振った。

 思考が朱音の事でいっぱいになり、前方不注意の状態で道の角に差し掛かる。

 そのとき――


「わっ!」

「きゃっ!」


 ――横の道からやってきた女子と、ぶつかりそうになってしまった。

 だが、長年のあいだ女子との接触を避けて生きてきた王子。

 これまで培ってきた回避テクニックが発揮され、相手に触れる寸前でサラリと身を翻す。


(あ、危なかったぁ。

 ぶつかってたらまた呪いが発動しちゃうところだったよ)


 ボーッとしていた事を反省しつつ、王子は相手の女性に声をかける。


「キミ、大丈夫?

 ごめんね、ちょっと考え事していてさ」


「こちらこそごめんなさ……って、王子先輩!」


 相手の女性――王子と同じ学校の制服を着た女子高生――は、王子を見るなり目を見開き、驚きの声を上げた。


「……? キミ、どうしてオレの名前を?」


「あ、あの……いえ、それは……その……あぅう……」


 王子を前にしてテンパる様子の彼女。

 黒く長い髪をツインの三つ編みにし、ごくごく平凡な顔からはみ出るほど大きい黒縁眼鏡をしている。

 地味で目立たない印象の、見るからに陰キャな女子高生だ。


「……し、失礼します!」


 さんざんパニクった挙句、その女子高生はダッシュで逃げ出していった。

 その後ろ姿を眺め、首を傾げる王子。


(う~ん、誰だろあの人?)


『知り合いとちゃうんか?』


(いや、知らない子だよ。

 俺の名前を知ってたところを見ると、俺のファンかな?

 ほら、俺ってモテるからさ)


『いくらモテても童貞やと意味ないけどな』


「ううう、うっさいわ!」


 思わず声を出してツッコむ悲しき童貞王子。


『でもまぁ知らん子か。

 じゃあこれから知っていかんとな、彼女の事を』


(……? どうしてさ?)


『そりゃ決まっとるやろ』


 ニヤリ――とカバンの中でイアンが笑った気がした――。


『あの子が次のターゲットやで』

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