王子とターゲット探し
翌日、学校にて――。
「王子くぅ~ん! 聞いてよ、ナミったらさ~」
「も~やめてよミカったらぁ~」
「二人とも、変な事言って王子くんが困ってるじゃない」
教室ではいつものように、
彼女らは王子のクラスメイトで、王子の親衛隊を自称し、よく揃って話しかけてくる三人組だ。
王子も慣れたもので、アイドルよろしく爽やかな笑顔で対応する。
――その裏で、彼女たちがキスのターゲットとして相応しいかどうか、心の目を皿にして観察する王子。
(どんな手段でもキスすると決めた以上、相手は選んでいられないからな)
ちなみに王子は彼女たちを、三人の『色』に関する漢字の入った苗字――赤城・黄瀬・青山――から連想し『信号機ガールズ』という覚え方をしていた。
(常々俺のファンだっていってる彼女たちなら、簡単にキスさせてくれるだろう。
そう考えるとターゲットとして簡単そうなんだけど……)
だが――と慎重に考える王子。
クラスメイトに手を出した場合のリスクを思う。
(安易に身近な相手とキスしちゃうと、今後の人間関係に影響しちゃいそうで怖いよなぁ。
うぅう、教室で修羅場とか考えたくもない。
それに……)
悩む王子の耳に、今度は男子たちの会話が聞こえてくる。
「けっ! また王子が女を侍らせてやがるぜ」
「見せつけるようにイチャイチャと……恨めしい!」
「死ねばいいのに……苦しみぬいて死ねばいいのに……」
王子の背後から怨嗟の念を送る男子たち。
こちらもいつもの
こちらは全員の苗字に『木』に関する漢字が入っている事から、『材木トリオ』と覚えれば簡単だ。
(いつもオレの事を目の敵にしてくる三人組。
もしクラスで修羅場になった結果、俺の女性アレルギーの事がコイツらにバレたとしたら……。
うぅう、どんな目に遭うか想像するのも恐ろしい……)
いろいろと考えてみるも、妙案は浮かばない王子。結果――
(やっぱりクラスの人間関係の中で、修羅場ったり秘密がバレるリスクは負いたくないよな)
――そう結論を出し、王子は同じクラスでのターゲット探しを諦め、王子は逃げるように教室を出た。
(クラスがダメなら別の場所で探そう)
――――――
――――
――
校舎内をブラブラと巡りながら、別のキスができそうな獲物を探して回る王子。
「きゃーっ! 王子くん、こっち来たよ!」
「お、おはよう、王子くん!」
「やぁ、おはよう」
「キャーっ! 王子くんと挨拶しちゃった!」
「ちょっと! アンタだけずるいわよ!」
流石はイケメン王子、廊下を歩いているだけで、すれ違う女子たちから歓声があがった。
好感度維持を心がける王子は、彼女たちにもアイドルスマイルで対応しながら、キスのターゲットとしてどうかを観察する。
(彼女たちみたいに、他のクラスの女子なら大丈夫かな?
こうやって声を掛けてくれる女子なら、キスするのも容易そうだし……いや、待てよ)
外面だけはイケメンだが、内面は小心者で用心深い王子は――
(部活とかバイトとか、俺の知らない繋がりがあるんじゃ……。
同じ学校だと見えない人間関係が怖いよね。
やはりここは安易に考えない方がいいかも……)
――石橋を叩くがごとく、慎重に獲物を物色する。
傍から見れば優柔不断に見えるが、秘密を抱えて生きてきた王子にとって、慎重さは必要な生きる術だ。
(あと九人もの女の子とキスしなきゃいけないんだから、なるべく修羅場になりそうな相手は避けないと……。
だとしたら無難に繋がりのない校外の人間にした方が……。
しかし遠すぎると仲良くなるきっかけが……)
そうして検討に検討を重ねた結果――。
――――――
――――
――
「き、決まらない……。
いったい誰をターゲットにすればいいんだ……?」
――昼休みになっても、王子はまだ何一つ決められずにいた。
優柔不断もここに極まれり、といったところだ。
「俺ってどうしてこう、決断力がないんだろう?」
一人廊下を歩きながら、己の煮え切らなさに悩む王子。
「こんなんじゃまた、アカ姉に優柔不断だってバカにされそうだ……」
「――私がどうかしたかしら?」
ふいに背後から声を掛けられた王子。
振り向くとそこには――
「ア、アカ姉……」
――ちょうど階段から降りてきた朱音の姿があった。
(や、やばい、どうしよう……。昨日キスなんかしちゃったから、アカ姉の顔がまともに見れないよ……)
突然の朱音との遭遇に、思わず緊張してしまう王子。
一方の朱音は――
「どうしたの、プーちゃん?
何だか深刻な顔して、もしかして悩み事?」
(あ、あれ?
アカ姉いつも通り……?)
――普段の様子で王子に接してくる。
まるで昨日のキスの事など些細な事だったような態度だ。
「もう呪いは解けたんでしょ?
なのにまだ何か悩んでるの?」
(な、何だよ。アカ姉、何も気にしてないのか?
俺なんか昨日から何度も思い出しては、布団の中で死ぬほど悶えてたってのに……)
「仕方ないわね、だったら全部お姉さんに話してみなさい。
なんでも相談に乗るわよ」
(うぅう……意識してたの俺だけなのか?
これだけ普通に話しかけられると、意識過剰だった自分が恥ずかしい……)
「どうしたの?
遠慮せずに何でも話してみてよ」
(よ、よし。
じゃあ俺も普段通りを心がけて……)
昨日のキスの事を頭の隅に追いやり、気持ちを切り替える王子。
「じ、実は――」
――――――
――――
――
じっくり相談ができるよう、いつものように生徒会室に場所を移した二人。
「へぇ……新しいキスの相手を探してるんだ……」
話を聞いた朱音は、地から響くような低い声でそう言った。
その笑顔は凍り付き、眉間に皺が寄っている。
明らかに怒っている様子だが、キスの事を忘れることで精一杯の王子は気付かない。
「そうなんだよ。結局アカ姉とのキスだけじゃ呪いは解けなくてさ。
完全に呪いを解くためには、他の女の子ともキスしなきゃダメなんだよね」
「…………」
「だから今後は修羅場にならないような相手を選んで、手当たり次第にキスして回ろうと思ってるんだけど……なかなかターゲットが決まらなくてさ」
「…………」
「ねぇ、アカ姉はどう思う?
女性の目から見て、いったい誰が狙い目だと思う?」
「……そうね、私が思うのは……」
沈黙を破り、朱音が答える。
「――アンタが女の敵だって事よ!」
――ガバッ!
――と王子に抱きつこうとする朱音。
「うぉおっ、危ない!」
それを間一髪躱す王子。
「アカ姉、何するんだよ! まだ呪いが解けてないって言っただろ!」
呪いが解けていないのだから、まだ女性に触られると腹を下す呪いは健在なのだ。
「だからよ!
手あたり次第キスして回るですって?
この最低男!」
「なっ!
し、仕方ないだろ!
だってまだ呪いが……」
「しかも私とキ、キ、キスしたくせに、すぐに他の女となんて……」
顔を真っ赤にして言い淀む朱音。
「……あ、あれ?
もしかしてアカ姉、キスの事気にしてたのか?」
「ききき、気にするわけないでしょ!
ファーストキスだからって!」
どうやらただのポーカーフェイスだったようだ。
「わ、悪かったと思ってるよ、アカ姉。
でも、それとこれとは別の問題で……」
「うるさいうるさい!
ともかく、プーちゃんがそんな下種な男に成り下がるだなんて、お姉さんは絶対に許しませんからね!」
「ちょっ! まっ!」
再び襲い掛かる朱音に、何とか逃げ出そうとする王子。
しかし――
「――捕まえた!」
「ぎゃあああああ――」
――結局抱きつかれてしまった王子の悲鳴が、生徒会室に響き渡る。
そして――
「――あああぁ……って、アレ?」
――王子はすぐに異変に気付いた。
「…………お腹……痛くならないんだけど?」
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