王子とヤンデレ地味子

王子と死の予言

 今より10年ほど前の話――。


 王子が小学生に進級した初日。

 王子の通う事となった小学校一年生の教室では――。


「ねぇねぇ、あの人めっちゃカッコよくない?」

「うんうんステキ♡ なんて名前なのかしら?」

「王子野王子くんだって! 名前の通り王子様みたい♡」


 同じクラスになった女子たちが、王子をみてキャーキャーと黄色い声を上げていた。

 アイドルのようなリアクションだが、王子の容姿であれば当然の事。

 そのハーフならではの派手なイケメンっぷりは、小学一年生のころからすでに健在だったのだから。

 だが――


「よう、ウンコ王子!

 今日はウンコ漏らしてないのか?」


「なぁみんな、知ってるか?

 コイツ、女子に触られるとウンコ漏らすんだぜ」


 ――幼稚園から一緒に進学した男子たちが、はしゃぐ女子たちを前に王子の秘密を暴露し始めた。

 それを聞いた女子たちの熱が一気に冷めていく。

 どうやら男子たちは、王子のモテっぷりが気に食わないためディスっている様子。


 そんな入学の日以降、男子たちは女子が騒ぎ出すたびに、これ見よがしに王子の過去のエピソードトークを繰り返した。

 そして『ウンコ王子』の話を聞いた女子たちは、しだいに王子を遠巻きにするようになっていく。


 そんな状況が続いた結果――


 イケメンなのに女の子から避けられ――

 男子にも『ウンコ王子』というあだ名でいじられ続ける――


 王子の小学校低学年時代は、そんな悲惨な日々となってしまった。


 その後、母親の転勤が決まり、小学三年の頃に転校する事になった王子。

 母から転校の話を聞いたその瞬間、彼は硬く決意する。


(女性アレルギーの事がバレると、また『ウンコ王子』の日々に逆戻りしてしまう。

 だから決してバレてはいけない。

 転校先じゃ体質の事は秘密にして、絶対に隠し通すんだ――)


 それ以降――王子は女性アレルギーの事を秘密にしてきた。


 残念ながら、近所に住むひとつ年上の幼馴染、二階堂朱音にだけはバレてしまったが。

 それでも他の人間には一切バレることなく、王子は今まで秘密を隠し通してきた。

 そしてこれからも秘密を守って生きていく。


 あの『ウンコ王子』の日々に戻らないために――。



      *



 王子野家の風呂の脱衣所――。


 そこには全裸になった王子の姿があった。

 シャープでフェミニンな肉体をさらけ出した王子は、鏡に映った自身の体に浮かぶ魔法陣を一つ一つ確認していく。


「うわっ! こんなところにまで魔方陣が!」


 自分の尻にまで魔法陣があるのを見つけ、王子は思わず声を上げた。

 その後も鏡の前で色んなポーズをとりながら、自分の体を調べた結果――

 背中にひとつ、腰にひとつ、お腹にひとつ、右肩にひとつ、左脇腹にひとつ、右足ふくらはぎにひとつ、左足太ももにひとつ、そしてお尻の左右にひとつずつ。

 ――聞いていた通り、全部で九つの魔法陣が確認できた。


「ひ、酷い、何だよコレ?

 いくら洗っても消えないし、こんなの他人に見せられないじゃないか!」


『心配せんでもええ。その魔法陣は他の人には見えへんって言うたやろ』


 そう諭すのはクマのぬいぐるみ――に憑りついた、ご先祖様の霊イアンだ。


『ともかくその魔法陣を消したいのなら、魔法陣の数だけ女とキスするしかあらへんで。

 魔法陣はあと九個やから、キスも九回必要やな』


「あ、あと九回もキスしなきゃいけないなんて……。

 ダ、ダメだ、無理ゲーすぎる……」


『大丈夫、俺様が協力したらそのくらい楽勝やって』


「それが信用できないんじゃないか!

 あーもう、諦めた方がいい気がしてきた……」


『諦めるて自分、何言うてんねん王子?』


 ヤル気のない様子の王子に呆れるイアンから、思わぬ言葉が飛び出す。


『キスを諦めたら……お前さん、死んでまうで』


「…………………………へ? 死ぬ?」


 突然の死刑宣告に、表情を凍りつかせる王子。


「……ねぇイアン。

 今、死ぬって言ったよね?

 死ぬってどゆこと?」


『妻のイザベラが掛けた呪いは陰険でなぁ、放っておくと徐々に悪化するんや。

 それを防ぐには、呪いをかけた術者――つまりは俺様の妻のイザベラと、定期的にキスせなあかんねん』


 王子の質問に、イアンは怖い答えを返す。


『女除けであると同時に、俺様にキスさせるための呪い。

 ホンマ、怖い女やでイザベラは』


「…………ちょっと待って」


 王子は心を落ち着けるように深呼吸すると、改めてイアンに尋ねる。


「術者にキスって言うけど、イアンの奥さんのイザベラさんて……とっくに死んでるよね?」


『もう六百年以上前にな』


「…………で、キスしないとどうなるの?」


『次第に女性に触れるどころか、女性を見ただけで呪いが発動するようになる。

 そして……』


「そ、そして……?」


『最後には何もせんでも下痢が止まらんようになって、脱水症状でオダブツやな』


「なんだそりゃあ!」


 予想以上の酷い死にざまに狼狽える王子。


「何で? 浮気除けの呪いで何で死ぬの?

 しかもトイレで憤死とか最悪の死に方じゃん!

 それっていつ?

 このまま解呪できないでいたら、俺っていつ死んじゃうんだよ?」


『症状が悪化するのは大人になってからやから……早ければ二十歳くらいやろな』


「あと三年とちょっとしかないじゃないか!」


『だからそれが嫌なら女子とキスせぇ言うとるやんか。

 それが唯一、呪いを解いて生き残る方法や』


「ふざけんな、この疫病神!」


『俺様に文句言いたいなら好きなだけ言うたらええ。

 でもそれじゃ事態は何も変わらへんで?

 いい加減諦めて、覚悟を決めぇや、王子』


「ちくしょう、何でオレがこんな目に……」


 ガックリと肩を落とす王子。


「……俺さ、覚悟を決めるとかホントに苦手なんだよ……。

 アカ姉にもよく優柔不断だって怒られるし……」


『せやったら今すぐその性格を矯正するんやな。

 それができなきゃ死ぬだけや』


 冷たく言い放たれるイアンの一言が、王子をさらに追い詰める

 そして――


「――くっそぉっ!

 分かったよ、やればいいんだろ!

 どんな手段だろうとキスしまくってやる!

 こんなバカなことで死んでたまるか!」


 ――無理やり覚悟を決めた王子。

 そして――命を懸けたキス・トライアルが、本格的に始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る