王子と二階堂朱音――攻略終了――

「うーん、アカ姉のやつ、何で急に怒り出したんだ?」


 人気を避けて屋上に上がった王子は、イアンをカバンから出して作戦会議をしていた。


「……はっ! そうか、これが女性のヒステリーか!」


『ちゃうわ! 自分が悪いんやろ、この無神経ヤロー!』


 思わずツッコミを入れるイアンに、ボケたつもりのない王子は狼狽える。


「な、何だよ? 俺が何したって言うんだよ?」


『あれだけ女扱いしてないセリフ言うてたら、そらキレられて当然やろ』


「えぇ、何でだよ?

 アカ姉の事は姉としか思ってないって、ホントの事言っただけじゃないか」


 悪いと思っていない王子は憤りを見せる。


「だいたいアカ姉だってオレの事弟だっつって男扱いしないのにさ。

 俺が同じこと言っただけでキレられるのは理不尽じゃないか?」


『このアホ! 自分はどこまで女心が分からんねん?

 ホンマに俺様の子孫か?』


 あまりの王子のダメっぷりに、イアンは呆れた声を上げた。


『自分ホンマ、イケメンのくせにガッカリなやつやなー。

 このガッカリイケメンめ!

 しゃーない、女についてダメダメな自分に、俺様が恋愛をレクチャーしたろうやないか』


「えー、ぬいぐるみが?」


『ぬいぐるみは仮の姿や言うてるやろ!

 俺様はかつて『社交界のヤリチン伯爵』と呼ばれた男。

 そんな俺様がアドバイスすりゃ、自分みたいなガッカリイケメンでも、簡単に恋愛マスターになれるで』


「う~ん……いまいち信じられないけど、今のままだと体質は一生このままだし……」


『だったら大船に乗った気で俺様に任せとき!

 そしたらキスぐらい楽勝やで!』


 そんな自信満々のイアンの様子に、王子は思わずイアンの事を信じてしまう。


「……分かったよ、イアン。

 それでどうすればいいんだ?」


『簡単な事や。王子は何も考えずに、俺様の言う通りにすればええ。

 とりあえずこの勲章を外して内ポケットにでも入れとけ。

 他の人には聞こえへんように、俺様がアドバイスしたる』


 王子は言われるがまま、ぬいぐるみから勲章を外して制服の内ポケットに入れる。

 勲章だけだと身動きは取れないが、嵩張らないため持ち運ぶのには便利だ。

 それに勲章だけの状態でも、テレパシーのようなもので会話はできる様子。


『それじゃ行くで!

 幼馴染キャラの攻略開始や!』


 そんなイアンの声が王子の脳内で響き渡った。



     *



「何しに来たの、プーちゃん?」


 生徒会室に戻ってきた王子に、朱音の冷ややかな視線が突き刺さる。


「あれから時間も経ってないのに、よく顔を出せたわね?」


「い、いやその……」


 その剣幕に思わず怯む王子。

 完全に腰の引けている王子の頭に、イアンの声が聞こえてくる。


『ビビんな、王子。

 大丈夫、俺様の言う通りにすれば、幼馴染なんて所詮チョロインやで』


(……ほ、本当に?

 こんなに怒ってるのに、どうやって攻略する気なんだよ?)


『ええか、さっきも言ったが、前回王子が失敗したんは相手を女性扱いせぇへんかったからや』


 ちなみにイアンの声は王子以外には聞こえていない。

 王子も声を出しておらず、二人は脳内で会話をしていた。


『3歳以上の女性はどんな相手でもレディ扱いせぇ。

 姉でも妹でも母親でも娘でも見ず知らずの婆でも関係あらへん。

 どんな相手でも女性として見てもらえれば嬉しいし、そうじゃない相手には冷たくなる。

 それが女性っちゅーもんや』


(で、でもアカ姉だって俺の事弟扱いしてるのに……)


『男女が平等やと思うなよ?

 女性はよくて男性だとアウトなんて、世の中腐るほどあるわ』


(や、やっぱり理不尽だ……)


 世の不平等を嘆く王子に、イアンは活を入れる。


『その理不尽を乗り越えんとキスなんかできへんで。

 ええんか? 呪いが解けへんままでも』


(うっ……)


『だったら文句言わんと俺様の言う通りにするんやな』


(わ、分かったよ……)


 言われたとおりにやるだけなら……と、王子は朱音に向き直る。


(で、どうすればいいんだ?)


『これから俺様の言う事を繰り返せ。いくで――』


 イアンとの脳内会議を終えた王子は、脳内でイアンが言った台詞を、朱音に向かって繰り返し始める。


「ごめんアカ姉。

 アカ姉を怒らせて反省してる。

 お願いだから俺を助けてくれないか?」


「イヤだって言ったでしょう?

 キスぐらいって言うなら、私じゃなくて大勢いる女友達の誰かに頼めばいいじゃない」


「それじゃダメだ。

 相手はアカ姉じゃないとダメなんだ」


「……私だと女扱いせずにすむから?」


「――違う! あれはそんなつもりで言ったんじゃない」


「じゃあどういうつもりだったの?」


「それは……」


 少し言い淀みながらも、王子はイアンの指示通りの言葉を語り続ける。



「……あの時、アカ姉がファーストキスだって言ったから。

 だから俺は、ああいう言い方をして、キスといっても人工呼吸と同じで特別な事じゃない、あくまで呪いを解くための行為だって事にしたかったんだ。

 でなきゃアカ姉に対して申し訳ないような気がして……」


(……って、いくら何でも言い訳が無理矢理すぎない?)


 イアンに言わされている台詞に、思わず脳内でツッコミを入れる王子。


『それでええ、理屈や統合性なんて気にすんな。

 あれはお前のためだったって言い張るんや。ホラ!』


「――だから決して本心じゃなかった。

 アカ姉のためを思ってつい言ってしまった嘘なんだよ」


 イアンに言われるがまま、王子は台詞を繰り返す。


「ふーん、私のためねぇ」


「うんうん、アカ姉のため」


「……嘘ね。プーちゃんとは長い付き合いだもの。

 態度を見ていれば、嘘を言ってるかどうか昏いすぐに分かるわ」


 必死に取り繕う王子だが、朱音にはフンッと鼻で笑われてしまった。


(う、嘘だってバレバレだぞ!

 どうするんだよイアン?)


『アホ、どんなに見え見えな嘘でも言い張るんや!

 嘘も百回言えば本当になるってよく言うやろ!』


(その格言はアカンやつ!

 しかもそれ言ったの割と最近の人だろ?

 お前昔の人のくせに何で知ってんだよ?)


『格言?

 これは俺様が編み出した浮気バレ対策やぞ?』


(じゃあ、なお悪いわ!)


『ええから言う事聞け!

 それとも何か?

 この状況から王子一人で何とか出来るんか?』


(うぐっ! そ、それは無理……)


『だったら俺様の指示通りにせぇ!

 ええから押せ! 押し通すんや!』


(分かったよ、チクショウ!)


 イアンの言いなりに、王子は朱音に向き直る。


「嘘じゃないって言ってるだろ!

 頼むアカ姉、信じてくれ!」


「だから、王子の嘘はすぐ分かるって言ってるでしょ。

 騙されないから」


「ホントだって言ってるだろ アカ姉!」


「ウソね。正直に言いなさい」


「ホントだって」


「ウソ」


「ホント!」


「ウソ」


 繰り返される問答に、イアンから檄が飛ぶ。


『引くな、王子!

 本当で押し通すんや!

 相手の目を見て畳みかけろ!』


 イアンの指示を聞き、王子は朱音の正面に回り込み強引に向き合う。


『頼むよアカ姉、信じてくれ!』

「頼むよアカ姉、信じてくれ!」


 そしてイアンの言葉を繰り返す王子。


『アカ姉じゃなきゃダメなんだ!』

「アカ姉じゃなきゃダメなんだ!」


『アカ姉がいいんだ! だって――』

「アカ姉がいいんだ! だって――」


 イアンの言いなりに言い放つ――


『だって俺は、アカ姉が好きだから!』

「だって俺は、アカ姉が好きだから!」


(――って、今なんつったオレっ!)


 ――自分の言った言葉に自分で驚く王子。


(おいイアン! 何てこと言わせるんだよ!)


『ええから続けろ!

 次は『俺はずっと昔から、アカ姉の事が好きだったんだ!』

 はいリピート!』


(言えるわけないだろ、そんな大嘘!)


『嘘も方便って言うやろ。

 女なんて騙してナンボ、騙してでもヤっちまえばこっちのモンやで。

 ヤった女の数が男の価値なんや、手段は選ぶな。

 だいたい女だって悪いイケメンには騙されたいと思っとるもんや、間違いないで』


(だから何なんだ、そのバブリーな男女観は!

 言ってる事が最低だぞお前!)


 ようやくイアンに任せたのが間違いだと気付く王子。

 だがもう遅い、すでにやらかしてしまっているのだ。


「プーちゃん、貴方……」


「ご、ごめんアカ姉、俺……」


 イアンとの脳内会議を切り上げると、慌てて朱音にフォローを入れようとする王子。

 ――と。


(あ、あれ?

 アカ姉何だか様子が違う……)


 見ると顔を真っ赤にし、照れているような怒っているような、王子が今まで見た事のない表情をしている。


(な、何だろう?

 よく知っているはずなのに、今のアカ姉、何だかとても可愛い……)


 知らない朱音の様子に、思わずドギマギしてしまう王子。


「……プーちゃんが嘘を言ってることぐらい、簡単に分かるって言ってるでしょう?」


「ご、ごめんなさい……」


「……バカ。こんな嘘は卑怯よ」


 そう言うと赤い顔のまま、すねたようにプイッと横を向く朱音。

 怒っているのだろうが、その仕草が甘えた子供のようで、年上なのにとても可愛く見えた。


(な、何だよこれ……?)


 そんな朱音に、心臓がバクバクし、顔が赤くなるのを自覚する王子。


(相手はあのアカ姉だぞ? なのにどうして……?)


 そしてそんな朱音に対し、罪悪感を覚える王子。


(……そうだよ。

 ずっと一緒に育ってきたアカ姉に、嘘ついてキスさせようとして、こんな顔までさせて……。

 これでいいのか、俺?)


『おい王子、チャンスや!

 嘘やないと言い張れ!

 そんで強引に押し倒すんや!

 それで間違いなくキスが……っておい! 聞いとんのか?』


 イアンが何か言っているようだが、今の王子の耳には届かない。


「……ごめん、アカ姉」


 王子は思わず目を逸らすと、俯いたまま朱音に語りだした。


「アカ姉の言う通り、嘘ついてた。

 俺、アカ姉の事を本当の姉さんのように思ってて、だからアカ姉なら許してくれると思ってあんな無神経な事言ったんだ。

 ……ごめんなさい」


 イアンの声を無視し、王子は纏まらないまま自分の気持ちを話し出す。


「だけど……キスする相手、アカ姉がいいと思ったのは本心で……。

 だってファーストキスだし……誰でもいいってわけにはいかなし……。

 でも、アカ姉だったら納得できるというか……。

 ごめん、何言ってるか分からないよな……最低だ、俺……」


 とぎれとぎれに語られる王子の言葉が、終わるのを待って朱音が呟く。


「……そうね、本当に最低ね」


「ご、ごめん……俺……」


「バカね、プーちゃんは。あそこまで本当だって言い張ったんなら、最後まで言い通さないと」


「アカ姉……でも……」


「あれだけ言っておいてやっぱりウソだなんて、言われた方はさらに惨めになるじゃない」


「うっ、ご、ごめんなさい……」


「でもまぁ、そんなプーちゃんだから、何とかしてあげたくなっちゃうのね」


 言いながら朱音は、王子の頬に手を添え、その顔を引き寄せる。

 お互いの顔が目の前にある二人の距離。

 そして――。


 ――チュッ。


 朱音は王子に短いキスをした。


「――へ?」


 突然の事に呆ける王子に――


「……勘違いしないでよね、プーちゃん。

 あくまでお姉ちゃんとして、弟を助けるためにキスしただけなんだから」


 ――ツンデレのようなセリフを言い、はじけるような笑顔を見せる朱音。

 その様子に王子の心臓が、またもドキンッと跳ね上がる


(な、何だよ……。

 いままで近すぎて分からなかったけど、アカ姉ってメッチャ可愛いじゃないか――!)


「ア、アカ姉……俺……」


 と、そのとき――


 ――ぎゅるるるるるるるるっ!


「――はぅっ! うっ、うぎゃぁあああああああっ!」


 呪いの腹痛に襲われ、王子は慌ててトイレに向かうのだった。



     *


『どういう事や王子!』

「どういう事だよ、イアン!」


 狭いトイレに籠ったまま怒鳴り合うイアンと王子。


『俺様の言う通りにせえて言うたよな?

 何でそんな簡単な事がでけへんねん?

 今回は運よくキスできたけど、もうちょいで失敗するところやったやないか!』


「めちゃくちゃな指示ばっかり出すのが悪いんだろ!

 それよりどうしてまた下痢になってるんだよ?

 キスで呪いは解けるんじゃなかったのか?

 この嘘つき!」


『嘘なんかついてへんで、呪いはちゃんと解けたはずや。

 自分の胸を見てみい、魔法陣が消えとるやろ』


 言われてシャツを開けてみる王子。


「……あ、ホントだ。

 でも、じゃあどうしてこの女性アレルギーは治ってないんだ?」


『それは――服を脱いだら分かるで』


「服を……?」


 イアンに言われるがまま、服を脱ぎ、上半身裸になり――


「な、なんだこりゃあっ!?」


 ――自分の体を確認した王子は悲鳴を上げた。

 確かに胸の魔法陣は消えてる、だがその代わり――


「全身魔法陣だらけじゃないか!」


 ――代わりに腹や肩など、それ以外のところに魔法陣が浮かび上がっていたのだ。


「どうなってんだよ、イアン!」


『つまり、呪いは一つやなかったって事やな』


 頭を抱える王子に、クマのぬいぐるみの姿に戻ったイアンが応える。


『俺様には十人の愛人がおったんやけど、イザベラの奴が嫉妬深くてなぁ。

 全員と縁が切れるよう、愛人の数だけ俺様を呪いよったんや。

 その呪いを引き継いだ王子にも、俺様と同じ十人分の呪いがかかっとるわけやな』


「ぬぁっ!」


『今回のキスで消えたんは胸の魔法陣だけ。

 当然、他の魔法陣を消すのにも、別の相手とのキスが必要や。

 つまり――』


 十人分の呪い――今回朱音とキスをしたから、一つ呪いが解けて、残りの魔法陣はあと九個。

 全部の呪いを解くのには、あと九人とキスしなければならない。


「そ、そんなぁ!

 仲の良いアカ姉とキスするだけでも大変だったのに、よく知らない他の女性と、それもあと九人もなんて……」


『心配すんな、俺様の言う通りにすれば楽勝やで』


「それが信用できないんだろ!」


 解呪までの条件に絶望した王子はがっくりと膝をつく。


「つ、詰んだ……これは詰んだわ……」


 果たして王子は、この試練を乗り越え、無事呪いを解き幸せをつかみ取る事ができるのであろうか?


 これは、恵まれない人生を送るイケメンが、己の不幸に立ち向かう物語――かもしれない。

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