王子と二階堂朱音(甘やかし系チョロイン)

 翌日――。


「――私に頼み事?」


 そう言って首をかしげる朱音。

 ここは嘉数高校の生徒会室だ。

 王子は朱音に頼み事があり、朝一で彼女に会いに来ていた。


「それが……ちょっと頼みにくい事なんだけど……」

「どうしたの? そんな遠慮しなくていいわよ、プーちゃん」


 ちなみに彼女や、王子の母親である皐月の、王子に対する『プーちゃん』呼びは、王子の本名である『プリンス』からきている。

 彼女は王子と小学生の頃からの知り合いで、王子が『おうじ』ではなく『プリンス』だと知る数少ない人間だ。


「プーちゃんとは長い付き合いで、本当の弟のように思ってるからね。

 どんな頼みだって聞いてあげるわ」


「本当? だったらアカ姉……」


 王子は真剣な表情で朱音に懇願する。


「俺とキスしてください!」


 ――王子がそう言った瞬間、朱音の笑顔が凍り付いた。

 しばらくの沈黙ののち、おずおずと朱音が切り出す。


「……えっと……とりあえず頭を殴ればいいのかしら?」


「待った、アカ姉!

 頭がおかしくなったわけじゃないから!」


「だったら何よ?

 何がどうなったらキスになるのか、一からちゃんと説明しなさい」


「そ、それが……」


 王子は改めて、今朝の出来事を語り始めた――。


 ――――――

 ――――

 ――


「――というわけでアカ姉、キスさせてくださいお願いします!」


 話を終えて土下座する王子に、朱音は冷ややかな目線を返す。


「プーちゃんは私をバカにしてるのかな?」


「へ?」


「私がそんな作り話に騙されるって、本当に思ってるの?」


「い、いや、作り話なんかじゃ……!」


「呪いなんてあるワケないでしょ?

 やっぱり姉さんをバカにしてるのね」


「ち、違うんだって! 本当なんだ!

 ほら、それが証拠に……」


 王子は慌てて小脇に抱えていたカバンを探る。

 カバンにはイアンが憑りついたクマのぬいぐるみを入れてきていた。

 ぬいぐるみが動くところを見れば、朱音だって呪いの事を信じてくれるだろうと考えての事だったのだが……。


「あれ? 空っぽ?」


 王子がカバンを探った時には、すでに開いて中は空っぽだった。


「アイツ、どこ行った?」


 イアンを探して王子がキョロキョロと周りを見回すと……。


「きゃあああああああああああっ!」


 朱音の悲鳴が上がった。

 見ると朱音の胸――JK平均を少し上回る大きさ――に、見た事のあるぬいぐるみがぶら下がっている。


「ウヘヘ~、姉ちゃんええ乳しとるの~」


 イアンは指のないぬいぐるみの手足で、器用に朱音の胸を揉みしだいていた。


「お、おいイアン! 何をやって――」


 慌てて止めに入ろうとする王子。だが――


 ――むんずっ!

 ――ビタァンッ!


 ――王子が行動を起こす前に、朱音によってイアンは床に叩きつけられたのだった。


 ――――――

 ――――

 ――


「……なるほど。

 ぬいぐるみが動いてしゃべるなんて、確かに不思議な状況ね」


 朱音は腕を組み、ムムム…と眉を顰めた。

 ちなみに今、そのしゃべるぬいぐるみは、簀巻きにされて机の上に転がされた状態で――


『こらっ! 解け!

 久々のおっぱいなんや、もっと揉ませろ!』


 ――などと喚いている。


「こんなファンシーな状況だもの、王子の言う呪いもあり得ない状況じゃないけれど……」


「でしょ、アカ姉。お願いだから信じてよ」


 拝む勢いの王子に、「うーん……」とさらに眉間の皺を深くする朱音。

 そして……。


「そうね、分かったわ。

 プーちゃんを信じる事にする」


「本当に! よかったぁ」


 ホッと胸をなでおろす王子。


「それじゃアカ姉、俺とキスを――」


「だけど断るわ!」


「えぇえっ! 何で?」


 納得してくれたとばかり思っていた王子は、朱音の拒絶に思わず声を上げた。


「どうしてダメなのさ、アカ姉?

 散々苦しんできた俺の体質が治るんだよ?

 キスくらいしてくれたっていいじゃないか!」


「イヤよ!

 キスぐらいなんて簡単に言わないで!

 そんなことできるわけないじゃない!」


「え~、何を照れてるんだよ?

 アカ姉だって結構モテるんだし、高三だったらキスくらいとっくに経験済みだろ?」


「――――っ!」


 その王子の言葉に、思わず息をのんでしまった朱音。

 返事がないまま無言が続く……。


「……あれ? まさかまだキスの経験も……」


「とっ! ともかく!」


 何かに気づいた様子の王子に、朱音は慌てて誤魔化し話を戻す。


「プーちゃんとキスなんて私は嫌だからね!

 そんなにキスしたかったら他の人を探してよ!」


「そんなぁ!

 頼むよアカ姉、他に頼める人がいないんだよ!」


 必死に懇願する王子に、怪訝な顔を見せる朱音。


「別に私に頼まなくたって、女の子の友達はいっぱいいるでしょう?

 その子に頼めばいいじゃない?」


「そりゃ他にも頼めそうな人はいるけど……。

 でも俺だって、誰でもいいわけじゃない!

 初めての相手はアカ姉がいいんだよ!」


 その瞬間、朱音の頬がボッと赤く染まった。

 予想外の王子の答えに慌てふためく朱音。


「わわわ、私がいいの……?」


「そうだよ!

 俺の初めてのキスは、アカ姉以外に考えられない!」


「そ、そうなんだ。

 私じゃないとダメなんだ……」


 力説する王子の言葉に、朱音はさらに顔を赤くする。


「お願い、アカ姉! 俺の願いを叶えてよ!」


「そ、そうね……。

 そこまで言うならキスしてあげない事もないけど……」


「本当に? 良かったぁ~!

 助かったよ、アカ姉が引き受けてくれて」


 照れながら了承してくれた朱音の様子に、ホッと胸を撫で下ろす王子。


「当然だけどオレもキスなんて初めてだからさぁ。

 他の子だと緊張もするし、失敗したらどうしようって不安だったんだよね~。

 その点、相手がアカ姉なら安心だろ?

 だってホラ、アカ姉ってオレにとって姉さんみたいなもんだし」


 無神経な王子の言葉。

 それを聞く朱音の表情が、『照れ』から徐々に『怒り』へと変わっていく。


「ぶっちゃけアカ姉なら女を感じないで済むからさぁ。

 いや~ホント助かったよ!

 アカ姉がOKしてくれて」


 ついに――ピキリッ――と朱音の表情が凍り付く。

 それに気付かず満面の笑みで告げる王子。


「それじゃアカ姉、さっそくキスを――」


「ふざけんな、このバカァッ――――!」


 ――バシィッ!――


 キス待ち状態の王子の顔面を、簀巻きにされたイアンがヒットした。


「な、何するんだよ、アカ姉!」


『せやで! 俺様を投げつけるなんてどういう了見や!』


 抗議をする王子とイアン。

 だが――


「うるさいうるさい!

 このバカ王子!

 キスなんて絶対してあげないんだからね――っ!」


 ものすごい剣幕の朱音に、逃げるように生徒会室を追い出されたのだった。

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