王子とご先祖様(inテディベア)
嘉数高校から電車と徒歩で30分弱。
閑静な住宅街にあるデザイナーズマンションの6階角部屋。
そこが王子の住むマンションだ。
「ただいま」
「おかえり~!」
王子が玄関を開けて中に入ると、リビングで泥酔した女性の出迎えを受けた。
王子を見るなりその女性は、ガバッと王子に抱きついてくる。
「ちょっ!
抱きつかないでよ、母さん!」
酔っぱらいの彼女の名は『
高校生の息子がいるアラフォーだが、見た目は二十代でも充分通用する若々しさと美貌を保っている。
そして大手旅行会社に勤めるワーキングマザー。
ちなみに血が繋がっているからなのか、なぜか母親に抱きつかれても王子の女性アレルギーは反応しない。
母親の皐月は、王子がこの世で触れる事の出来る唯一の女性なのである。
「――だからって、母親に抱きつかれても嬉しくもなんともないんだけど……って、うわっ!
酒臭いぞ、母さん!」
王子は思わずグイ~ッと皐月を突き放す。
その様子はまるで嫌がる猫のようだ。
だが皐月はめげずに王子に絡んでいく。
「久々の休みだから昼間から飲んでたのよ~。
プリンスも一緒に飲も?」
「高校生の息子に酒を勧めるな!
つか、俺を『プリンス』って呼ぶなよ!」
母親の『プリンス』という呼び名にキレる王子。
というのも――。
実は彼の『王子』という名前、本来は『おうじ』ではなく『プリンス』と読むのだ。
だがさすがにキラキラネーム過ぎるという事で、王子は断固としてこの『プリンス』という呼び名を拒否していた。
「キラキラしてるのはもう諦めたから、せめて読み方は『おうじ』にしてくれっていつも言ってるだろ!」
「あによー!
母さんが愛情込めた名前が気に入らないっていうの?」
酔った皐月が両手を振り上げ、プンプンと分かりやすい怒ったリアクションをする。
「いい、プーちゃん?
貴方の父親であるリチャードは、英国貴族の血を引く立派な家柄の男性だったわ。
そんな高貴な血筋である貴方には、それに見合ったゴージャスな名前でなきゃいけないのよ」
「いいよ母さん。
その与太話は聞き飽きたって」
「与太話じゃなーい!
ちょっと待ってなさいよ!」
皐月はそう言うと自分の部屋に入り――
「見なさい、これが証拠よ!
リチャードの形見の勲章!」
――戻ってきた時、彼女の手には勲章が握られていた。
円形の青いリボンの中央に十字架が描かれた、コインのような円盤から、細い金属が隙間なく伸びて八芒星を形どっている――いわゆるガーター勲章というものである。
「これはリチャードの祖先であるエディンバラ伯爵が、女王様からいただいた名誉ある勲章よ。
これこそリチャードが英国貴族の血を引く証!
リチャードったらコレを私に見せながら『 I'm your only prince(俺はキミだけの王子だよ)』って♥
きゃー! ハズカシー!」
「……もういいってば、父さんの惚気話は」
顔を赤らめながら、かつての夫の事を語りだした母親に、王子はうんざりした顔を見せる。
父親の事は、母親の皐月から何度も聞かされていた。
――リチャードという名前のイギリス人で、職業はパイロット。
大手旅行会社に勤める皐月とは仕事を通して知り合い、大恋愛の末に結婚。
だが王子が五月のお腹の中にいるときに、リチャードは航空事故で亡くなった。
そして――
「――どうせ『父さんは世界一のイケメンだったんだー!』って続くんでしょ?
耳にタコだよ」
「そうよ、リチャードってばチョーいい男だったんだから!
って、そういえば、プーちゃんも年々リチャードに似てきたわねぇ。」
皐月はジロジロと王子を熟視する。
「でも似てきたのは外見だけで、中身はいまいちなのよね……そうだ!」
そして何かを思いついた様子で、手に持っていた勲章を王子に手渡してきた。
「はいこれ。
プーちゃんにあげるわ」
「へ、何で?
この勲章って父さんの形見なんだろ?」
「だからよ。
今日からコレは貴方が持ってなさい。
そしてこの勲章にふさわしい、立派な男になりなさい。
貴方の父親のリチャードのように」
そして皐月は王子に言いつける。
「名前だけじゃない、中身も本物の『
――――――
――――
――
「父さんのようにって言われてもなぁ」
更なる母親の絡み酒から逃れ、自室に逃げ込んだ王子。
バタンと勢いよくドアを閉めると、カバンをベッドの上に放り投げる。
そしてハァアーッと大きなため息をつくと――
「――父さんの事は、母さんの話でしか知らないんだから、目指しようがないだろ?」
――制服を脱ぎ、私服に着替えながら王子は独り言ちる。
「それにしても、この勲章……どうしよう?
こんなもの貰っても持て余すよなぁ」
そういいながら見まわした王子が、目の端に捉えたのはクマのぬいぐるみ。
サイドボードの上に座っていたそれは、高さ3~40センチほど、ずいぶん前にUFOキャッチャーで取った大きめのぬいぐるみだ。
「……あ、そうだ!」
王子はそのクマを手に取ると、胸の部分に父親の形見の勲章を取り付ける。
ぬいぐるみの顔よりわずかに小さい勲章は、三頭身の胴体にジャストフィットした。
「……これでよし。
似合ってるぞ、クマ」
邪魔な勲章をクマのぬいぐるみに押し付けた王子は、そのまま存在を忘れてしまうのだった。
*
その夜――。
王子は夢を見た。
(ああ、これは夢だな……)
そう自覚しながら――。
豪華な装飾を施された、広いロココ調の部屋。
その真ん中に、天蓋の付いた大きなベッドが置かれている。
ベッドの上にいるのは、ブロンドの長い髪をした、王子にそっくりの青年だ。
全裸で横たわる彼は、眠りが深いのか全く起きる気配はない。
『ああ、愛しの王子様――』
そんな彼を見つめる、ベッドの横に佇む女性。
『こんなにも貴方をお慕い申し上げております――』
美人だが気の強そうな釣り目で、豊かに波打つ髪はつややかな黒。
『だから貴方に呪いをかけましょう――』
女性は青年の傍らに腰を掛けると、愛おしそうに彼の肌を撫でる。
『貴方が永遠に私のものであるように――』
そしてインク壺と梟の羽根でできた筆を取り出し――
『私以外の女が触れないように――』
――全裸の青年の胸に何かを描き始める。
『ずっと閉じ込めてしまいましょう――』
それは直径20センチほどの魔法陣。
赤いインクの魔法陣が、王子そっくりな青年の胸に描かれていく。
『これで貴方は私のもの――』
魔法陣を書き終えた彼女は、満足そうに微笑み――
『愛しい私の王子様――』
歌うようにそう呟くと、青年の唇にそっとキスをした。
*
「……やっぱり夢だったか」
翌日、目を覚ました王子の第一声。
上半身を起こし、軽く伸びをしたあと、あらためて夢について首を傾げる。
「それにしても何の夢だったんだ?」
王子は夢の内容を思い返す。
自分そっくりの眠る青年――。
そんな彼の胸に魔方陣を描き、キスをする謎の美女――。
「呪いがどうとか言ってたけど……」
謎の美女の言葉を思い出し独り言ちる王子。
と――。
『あー、あれは女除けの呪いやな。
イザベラの奴があんな呪いかけよったせいで、俺様もえらく苦労したで』
「へー、そうなんだ……って、あれ?」
突然成立した会話に首を傾げ――
「俺、いま誰と話してるの?」
――王子は慌てて部屋の中を見回した。
だが当然誰もいない――
――いや、王子は目の端に動くものを捉えた。
それが何かを確かめるよう、目を凝らす王子。
果たしてそれは――。
「ぬいぐるみが手を振ってる……?」
『よう!』
「しかもしゃべった!」
――それはサイドボードに座るクマのぬいぐるみだった。
「……そうか、まだ夢見てるんだな。
でなきゃぬいぐるみがしゃべるワケないし」
『アホ! ぬいぐるみやないわい!』
現実逃避しようとする王子に、ぬいぐるみは自分の胸につけられた勲章を見せつけるように突き出す。
『オレ様の本体はこの勲章や!』
「……勲章?」
そういえば……と、邪魔な父の形見の勲章をぬいぐるみに押し付けた事を思い出す。
『俺様はこの勲章……に憑りついとる幽霊みたいなもんや。
それにしても俺様が目覚めたって事は、ついに呪いの犠牲者が出たっちゅー事か。
難儀やなぁ~』
「呪いの犠牲者?」
『せや、呪いの発動したお前さんが、この勲章に触れたから俺様が目を覚ましたんや。
自分、名前は?」
「王子野プリ……じゃなくて王子だけど……?」
プリンスと言いかけ、慌てて修正する王子。
『王子か、けったいな名前やなぁ。
まあええわ、俺様の名前も教えたる。
俺様の名前は……』
「テ〇ィベアじゃないのか?」
『アホ、それは商品名やろ!?
じゃなくて俺様はイアン・ハウエル・フォン・エディンバラ伯爵!
お前のご先祖さまや!』
そう言い胸を張るクマのぬいぐるみ――改め先祖のイアン。
「えぇっ! クマのぬいぐるみが俺の先祖!」
『だから本体は勲章やって言うとるやろ!
ってそんな事より大事な話があるんや。
ええか、よく聞きや』
「な、何だよ?」
『お前さんには呪いが掛かっとる。
俺様にかけられたのと同じ、女除けの呪いがな』
「……な、何それ?」
『ええからまずは見てみぃ、自分の胸にある呪いを』
言われてパジャマのボタンを外し、胸をさらけ出す王子。そこには――
「な、何だこりゃあっ! 何でこんなものが俺の胸に?」
――夢の中で見た王子そっくりの青年。
その男の胸に描かれていた魔法陣が、王子の胸にも浮かび上がっていた。
「うわっ! 擦っても消えないじゃん!
こんなタトゥーが見つかったら、校則違反で退学じゃないか!」
自分の胸にも浮かび上がった魔法陣。
王子が必死に擦って消そうとするも、全く消える様子はない。
『あーそれなら心配すんな。
それは呪いの魔法陣やから、普通の人間には見えへんで』
「の、呪いって……一体何の事だよ?」
狼狽える王子に、クマのぬいぐるみ――こと先祖のイアンが応える。
『お前も夢で見たやろ。イザベラが俺様に呪いをかけるところを』
「え、えっと……。
女の人が俺そっくりな全裸の男に、これと同じ魔法陣を書き込んでるのは見たたけど……」
『その夢に出てきた全裸男が昔の俺様で、魔法陣を描き込んでたのが妻のイザベラや。
イザベラのやつ、ちょっと俺様が浮気したからって、腹いせに呪いをかけよった。
しかもその呪いは俺様の血筋にも影響して、子孫の中でたまに俺様と同じ呪いを発動させる奴がおるんや』
「同じ呪いって……」
不安げな様子を見せる王子にイアンが尋ねる。
『聞くけど王子、自分、女の子に触ると下痢になるやろ?』
「あ、ああ、そういう体質だけど……」
『それは体質とちゃう、それこそが浮気除けの呪いや。
女性に触ると下痢を起こす、それがイザベラの掛けた呪いなんや』
「ぬぁっ!
じゃあ今まで俺が苦労してきたのって……」
王子は思わず声を荒げる。
原因不明の女性アレルギー。
治療のしようが無いと医者には匙を投げられ、苦しくても病気だからと諦めてきたこの体質。
それが――
『そりゃもちろん呪いのせいやで』
「ちょっ! ふざけんなこのっ!」
――そのあんまりにもな原因にキレる王子。
「何を他人事みたいに言ってるんだよ!
お前が浮気したせいだろ、そのせいでこんな呪いを――!」
『うるせー! 浮気程度で騒ぐ女が悪いんやろが!』
そんな王子にイアンは逆切れで返してきた。
『不倫は文化で浮気は男の甲斐性や!
たった十人ほど愛人を作った程度でごちゃごちゃ言うほうがおかしいんやろが!』
「おまっ!
昭和のジジイが言いそうな夫婦観を、令和の時代によくもまあ堂々と……!」
思わず呆れる王子に対し、イアンの態度がさらに大きくなっていく。
『なんや文句あんのか?
そんな態度やと解呪方法を教える気にはならへんなぁ~』
「なっ!
解呪って事は、この女性アレルギーを治せるの?」
『もちろんや。
というか俺様がこの勲章に憑りついとるのは、呪いが発動してもうた子孫に解呪方法を教えるためやからな』
「ほ、本当に……?
もしこの体質が治るんなら……」
王子は考える。
今までさんざんモテてきた王子だが、一度だって報われた事はない。
それどころか――。
女性アレルギーの事がバレないよう、どれだけ告白されても拒絶し避け続ける毎日。
女性に言い寄られる喜びよりも、むしろ苦労ばかりの日々だった。
(だけど、もしこの体質が治るのなら、俺の求めていた普通の恋愛ってやつができるんじゃないか?)
いや――それどころか今までのモテっぷりを鑑みれば、きっと冗談で言っていたハーレムだって夢じゃないはず。
そうなったら――と王子は妄想する。
(て、天国じゃないか!
異世界転生なんかしなくたって、モテチートやハーレムはこの現実世界にもあるんだよ!)
「た、頼む、その解呪方法を教えてくれ! どうやったら女性アレルギーが治るんだ?」
そんな必死な王子の態度に対し――
『え~、どないしょっかな~』
――ドンドンと態度が尊大になるイアン。
ニヤニヤと勝ち誇ったようなイアンの様子に、王子はムッとした表情を作る。
そして机の引き出しをゴソゴソと漁ると、中からラジオペンチを持ち出し――。
「……このペンチなら、その勲章へし折れそうだな」
『――うそうそ、冗談やがな! ちゃんと教えるで!」
ペンチを持った王子の本気の目に、慌てて態度を改めるイアン。
『ええか、よく聞き。この呪いを解く方法は……』
「方法は?」
『簡単な事や、女の子とキスすればええねん。
古今東西呪いっちゅーのは、キスで解けるんがテンプレやで!』
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