王子と幼なじみのお姉さん
王子と女性アレルギー
「好きです! 付き合ってください!」
そんな同級生からの告白に
(またか……)
――彼はそう心の中でつぶやく。
軽くウェーブのかかった艶やかなブロンドの髪――
まるで宝石のように輝く青い瞳――
陶磁器のように白く透き通った肌――
そして芸術品のように整った目鼻立ち――。
日本人とは思えないその容姿は、『かっこいい』などという言葉は通り過ぎ、『美しい』と形容されるべきものだ。
まるでどこかの物語から抜け出した王子様のよう――。
そんな息を飲むほどのイケメンな彼にとって、この光景は日常だった。
それこそ物心つく年ごろから、ずっと異性に言い寄られ続けてきたのだ。
「ごめん、君とは付き合えないよ」
彼は告白にそう答えながら――
(やだなぁ……告白を断るのって、何度やっても嫌な気分だよ……。
でもここではっきり断っておかないと、あとでとんでもないことになったりするし……)
――胸の内でそうつぶやく。
彼は数多の女性から愛の告白を受けていながら、これまで一度もそれを受け入れたことがない。
何故なら彼には、どうしても女性と付き合うわけにはいかない秘密があるのだ。
「そう……やっぱり駄目かぁ……」
断られる覚悟はできていたのだろうか、告白した彼女もアッサリとそれを受け入れる。
「仕方ないよね……。
いつも優しく微笑みかけてくれるけど、決して手の届かない存在……。
王子くんはそういう人だもの」
彼女は目の前の彼を『王子くん』と呼んだ。
ふざけた呼称だが、これは彼の愛称や容姿に対する比喩などではない。
彼の名前は“
――冗談のような名前だが、正真正銘これが彼の本名だ。
日本人の母親とイギリス人の父親の間に生まれた、いわゆるハーフというやつだ。
――物語の王子様のような容姿を持つ彼は、名前もまさに『王子』だった。
「最初から告白したってダメだって分かってた……。
だから……だからせめて……」
彼女はそこで少し言い淀み、決意を込めた表情で言葉を続ける。
「せめて告白の思い出に、最後に私をハグしてください!」
「うぇっ!」
そんな彼女の懇願に、王子は思わず変な声を出してしまった。
「あ、あの……えっと……」
突発的な事態に答えあぐねる王子。
(な、何だよそのお願いは、冗談じゃない!
ハグなんてされたら俺の秘密が……。
ダメだ、絶対に断らないと!
で、でもなんて言ったら穏便に済むのか……)
優柔不断なのかとっさに言葉が出てこない様子。
そんな狼狽えている王子のスキをつき、女子生徒は行動を起こす。
「王子く~~ん!」
王子に抱き着こうと、両手を広げて突進してくる女子生徒。だが――
「――――っ!!!」
――スカッ!
王子は必死な形相でそれを躱した。
「…………」
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。
女子生徒はポカンとした表情で王子を見つめ、そして……。
「そ、そんな……ハグすることも許してくれないなんて……。
そんなに私が嫌いなの?
酷いわ王子くん!
うわぁあああああああああん!」
――泣いて走り去る女子生徒。
その様子に「た、助かった……」と胸を撫で下ろす王子。
(あ、危なかった、もう少しでハグされるところだったよ。
可哀想だとは思うけど、俺は絶対女性に触れられるわけにはいかないんだ)
王子が女性との接触を避けるのには、何やら秘密がある様子。
(それにしても……)
王子は独白を続ける。
(女子たちもいい加減、ダメ元で告白してくるのやめてくれないかな?
確かに俺はイケメンの枠を超えた超絶イケメンだけどさぁ。
だからってみんな、俺に惚れすぎじゃね?
あーあ、せめて並みのイケメンだったら、こんな苦労もしなくてよかったのかなぁ?)
他人が聞いたらぶん殴りたくなるような内容だ。
だがそれも仕方がない、それほどまでに彼の容姿は優れているのだから。
現実離れした美しさを持つ男子高生――王子野王子。
そんな彼にとって、これはよくある日常の一コマだった。
*
「ねぇねぇ王子くん、告白どうだったの?」
「もちろん断ったんだよね? ね?」
「今までだって断ってきたんだもの。今回だってそうよ、ね?」
告白の呼び出しから教室に戻ると、クラスメイトの女子たちが結果を聞くため待ち構えていた。
あっという間に取り囲まれる王子は、彼女たちの勢いに内心焦りつつも、それをおくびにも出さず――
「もちろんだよ。
俺は誰か一人の物じゃなく、みんなのものだからね」
――キラリッと白い歯を輝かせ、彼女たちにとびきりのアイドルスマイルを見せてやる。
その王子の笑顔を見た周りの女子たちから「キャーッ!」と黄色い声が上がった。
「やっぱり! さすがは『嘉数高校のプリンス』!」
「そうよね!王子くんはまだ誰のものでもないんだよね!」
「聞いた? 告白した子、泣いて逃げ帰ったらしいわよ」
「いい気味よ。王子くんはみんなの王子くんなんだから」
女子たちはワイワイ喜びの声を上げる。
そして――
「王子野のやつ、また告白されたんだってよ」
「ちくしょう、アイツばっかり……」
「やっぱり顔か……イケメンは死ね!」
「恨めしい……心の底から恨めしい……」
――その様子を見ていたイケてない男子たちが、教室の隅で王子に対し怨嗟の声をあげている。
これらもまた王子の日常だ。
(うぅ……男子たちの嫉妬の目が痛い……)
思わず怯む王子とは逆に、女子たちは王子を僻む男子生徒たちの様子を見て、クスクス笑い彼らを馬鹿にし始める。
「何アレ? モテない男の僻み?」
「カッコ悪ーい。そんなだから女性に相手にされないのよ」
「まぁ一生童貞よね。それも『あえて』じゃなくて強いられてるタイプの童貞よ」
――グサッ!
彼女たちのそのセリフに、誰よりも傷付いたのは王子だ。
『童貞』という言葉が王子の胸を深く抉る。
なぜなら彼も、これだけモテておきながら、未だに童貞だったから――。
(も、もう嫌だ……)
王子は内心そうつぶやくと、女子たちに適当な言い訳をし、そそくさとその場から抜け出すのであった。
*
「で、教室から逃げてきたの?」
王子にそう訊ねたのは、同じ学校の女子生徒。
長い栗色の髪を軽く結いあげシックにアレンジ、少し垂れた目じりが優し気な、美人系のお姉さんだ。
彼女は王子の前の机に淹れたてのコーヒーを置くと、自分もカップを持ち、王子と机を挟んだ反対側の席に腰を掛ける。
「だってさー、アカ姉。
クラスメイトのみんな、こっちの事情も知らないで言いたい放題なんだもん」
王子はコーヒーカップを手に取りつつ、朱音にすねたような態度を見せる。
王子に『アカ姉』と呼ばれたその女子生徒、名前は『
この嘉数高校の副生徒会長をしている、王子のひとつ年上の幼馴染だ。
ちなみに今、二人がいるのは、嘉数高校の生徒会室だ。
朱音は生徒会役員としてよくこの生徒会室に入り浸っているのだが、王子はそれを利用して、女性関係でもめたときの避難場所にさせてもらっていた。
「まったく、うちのクラスの男子たちは。
イケメンにだってイケメンなりの苦労があるのに、どうして分かってくれないんだよ?」
王子は取り繕う様子もなく、幼馴染の気安さで朱音に愚痴を続ける。
「女子もさぁ、俺がイケメンってだけでどうして簡単に好きになるんだろ?
もっと中身を見たら、俺みたいなダメなヤツがモテるわけがないと思うんだけどねぇ~」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
どうやらこの王子という男、その美しい外見とは裏腹に、中身は自らも認めるダメ人間のようだ。
「それに……童貞だって別にいいじゃないか。
今の日本男児は三人に二人が童貞のまま高校卒業して、四人に一人が童貞のまま三十代になるって言われてるんだぞ?
童貞はもうマイノリティじゃないんだから」
「……あのね、プーちゃん」
そんな王子を『プーちゃん』と呼び、朱音は呆れたような視線を返す。
「だから前から言ってるじゃない。
隠し事はせず、みんなに体質の事を正直に話しなさいって。
そうやって秘密を抱えてるから、男子は誰も分かってくれないし、女子もすぐ言い寄ってくるのよ」
「い、いやそれは……」
今まで秘密にしてきた王子の体質――。
もし朱音の言う通り、周囲に王子の秘密を話したと想像する。
その場合、王子に追ってくる女子は減るだろうし、男子から嫉妬されることもなくなるだろう。
だけど……。
かつての王子の小学生時代。
周囲に秘密がバレていた時代は、そのせいで同級生から散々からわれていた。
その地獄の日々を思い出し、思わず身震いをする王子。
「やっぱり駄目だ、あんな日々に戻るのはごめんだよ。
それに今の俺は『嘉数高校のプリンス』と呼ばれてる男。
そんな俺に恥ずかしい弱点があるとバレてしまったら……。
今までコツコツと積み上げてきた俺の王子様キャラが、一瞬で崩壊しちゃうじゃないか」
「王子様キャラって……。プーちゃんってモテて困ってるんじゃないの?」
「いや、たしかに困ってるけどさ……。
でも、全くモテなくなるのも困るというか……。
できることならもっとこう、秘密をばらさずにちょうどいいモテ具合に調節したいんだけど……」
「……なにその贅沢な悩み?
アレも嫌、コレも嫌って、ホントにプーちゃんは、昔から優柔不断なんだから……」
ジト目で見てくる朱音に、王子は堂々と言い返す。
「だってアカ姉、考えてもみてよ?
頭は良くない、運動神経も良くない、そんな俺が唯一誇れるものが『女の子にモテる』ことなんだよ?
モテなくなった俺なんて何の価値もないじゃないか」
「だからそれ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「アカ姉はいいよな~。
程よい美人で頭も良くて、みんなから信頼される副生徒会長。
羨ましいよ、俺なんてこの顔が無かったらただの劣等生だもの。
あーあ、俺もイケメンは程よくでいいから、勉強もスポーツもできて頼られる人格者になりたいなぁ」
「プーちゃん、貴方ねぇ……。ホントに外見以外はダメな子なんだから……」
ウダウダと続く王子の愚痴に、朱音はハァア~ッとため息をつき――
「でもまぁ、出来の悪い子ほど可愛いっていうし……」
――とボソリ、わずかに頬を染めながら、王子に聞こえない程度の声でつぶやいた。
そんな朱音の様子に気づかない王子は、何かひらめいた様子でポンと手をたたく。
「そうだアカ姉、いい方法を思いついたよ!」
そして顔を輝かせて朱音にねだる。
「アカ姉、オレの恋人になってよ!」
「――ふぁっ!」
王子の急な告白に、朱音は顔を真っ赤にしてうろたえた。
「ななな、何言ってるのよ、プーちゃん!
わ、私たちずっと一緒に育ってきた幼馴染で、姉弟みたいなものでしょう?
なのに、き、急に恋人なんてそんな……!
私は今までプーちゃんの事、弟としか思ったことないし……!」
「大丈夫、俺だってアカ姉の事はお姉ちゃんとしか思ってないから」
動転している朱音に、王子はドヤ顔で言い募る。
「別に本当に恋人になって欲しいわけじゃないんだ。
ただ恋人のフリをして、告白してくる女子の防波堤になってくれればいいんだよ」
そんな失礼な王子の台詞に、ピキッとこめかみに血管を浮かべる朱音。
朱音を怒らせた事に気づかない王子は言葉を続ける。
「アカ姉っていま恋人いるの?
いないんだったら可愛い弟のために、恋人のフリくらいしてもいいじゃないか」
無言のまま王子の話を聞く、引きつった笑顔の朱音。目は全く笑っていない……。
「俺の身の回りでこの秘密の事を知ってるのは、母さん以外にはアカ姉しかいない。
だからこんな事を頼めるのもアカ姉以外にいないんだ。
アカ姉お願い、可愛い弟を助けると思って!」
「……そうねぇ」
パンッと手を合わせ、拝むように頼み込む王子に、静かな怒りの笑みを湛える朱音。
そっと立ち上がると王子の後ろに回り込む朱音の様子を、拝んだままの王子は気づかない。
「……別にいいわよ。恋人のフリをしてあげても」
「本当か、アカ姉!」
その返事に顔を上げる王子。すると――
「ええ、こんな風に――!」
――ガバッ!
――朱音はそんなセリフと同時に、座ったままの王子を背後から抱きしめた。
その瞬間――
――ギュルルルルッ!
下腹部に激しい痛みを覚え、王子は「ひぅっ!」という変な声を上げる。
そして血の気の引いた額から、脂汗がダラダラと流し始めた。
「ア、アカ姉、何を……?」
「あら、ご不満?
ご希望通り恋人っぽく振舞ってあげたのに」
「お……俺の体質を知ってるくせに、どうして……」
「そう、分からないの?
それなら分かるまで反省しなさい。
トイレの中でね♡」
ギュルルオオオオオオオッ!!! ――と、さらに派手な音を出す王子のお腹。
「ぎゃぁあああああああっ!」
王子は生徒会室を飛び出し、お腹を抑えながらトイレへ向けて走り去ったのだった。
*
いまから十二年ほど前――。
それは王子がまだ幼児だったころ――。
「王子くん大好き♡」
幼稚園の園庭の隅で、彼は初めての告白をされた。
「ボクもミユちゃんのこと好きだよ」
幼児ですでにモテモテだった彼――。
「大きくなったら結婚しようね、王子くん」
「うん、ミユちゃん」
そして彼は相手の幼女とハグをする。
彼にとって初めて異性に告白された甘い思い出――になるはずだった。
だが――
――ぎゅるるるるっ!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! 」
「おっ、王子くん!?」
ハグをした瞬間、彼は急激な腹痛に襲われた。
そして――
「きゃぁあああ! 先生、王子くんがウンコ漏らしました!」
初めての告白の思い出は、初めて彼の体質が発動した最悪の日となった。
そしてその悲劇は、その日だけにとどまらなかったのだ。
その後の幼稚園では――
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! 」
「きゃー! せんせー、王子くんがウンコもらしました!」
「また? いったい何が原因なのかしら?」
――そんな光景が頻繁に繰り返されるようになってしまったのだ。
幼い王子を襲う原因不明の腹痛と下痢。
心配した母親が王子を病院に連れて行くも、なかなか原因が分からない。
それでもなんとか原因を究明しようと、何軒も病院をハシゴし、時間をかけて様々な検査をした結果――
「女性アレルギーによる急性下痢症ですね」
――という最終的な診断が下された。
「女性に触られることがストレスとなり、急激な下痢を引き起こすのでしょう。
……そうとしか考えられません」
下した医者は、随分と戸惑っていたようだったが。
ともかくそれ以来、王子は女性アレルギー――女性に触れられると腹痛になる体質――に悩まされ続けられることになってしまった。
*
そして現在――
――ぎゅるるるる~っ!
「ちくしょう、アカ姉め。
ワザと抱きつくなんて酷過ぎる。
くうぅ、トイレから身動き取れないじゃないか」
朱音を怒らせた自覚のない王子は、学校の個室トイレに籠ったまま、彼女に対する逆恨みを洩らしていた。
「だいたい何だよ、女性アレルギーって?
何で女性に触ったらストレスになるのさ?
俺も一応男だし、女性にはちゃんと興味あるぞ!
なのにどうして……?
ちくしょう、こんな体質じゃ無かったら、これまで告白してきた女子たちと、きっと今ごろあんな事やこんな事、色んな事をやってるハーレム人生なはずなのにぃ――!」
便器に腰を下ろした状態で、王子の恨み言は続く。
「いや、別にハーレムとまではいかなくていいんだ。
せめて普通に恋愛して、普通に童貞卒業がしたい。
そんなささやかな願いさえ、この体質のせいで叶えられないなんて……」
超イケメンなのに不幸な男、王子野王子。
その元凶はこの女性アレルギーなのであった。
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