中間テスト

 テスト当日、真の表情はいつになく硬く、顔色も悪かった。「のぶなが滅ぶなが……」など、うわごとのようにつぶやくばかりで、見ていられない。

「――ちょっと来い」見かねて真を校舎裏に呼び出した。真は心ここにあらずといった感じで、ぶつぶつ英単語を繰り返している。周りがまったく見えていない。これでは、実力が発揮できるとは到底思えない。手のかかる相棒だ。

「この――」肺いっぱいに空気を吸いこんで、力いっぱい叫んでやる。「大馬鹿野郎!」

「ひぇ……!」大声に驚いて飛び上がる。ようやくこちらの存在に意識を向けたのか、いつもの調子を取り戻して、こちらに食って掛かってきた。

「な――何なんですの!? 単語がいくつか消えましたわ!」

「それは謝る。だがな――」真の眼を、しっかり見据えて言う。「この際結果は気にすんな」

「それってどういう――?」真の疑問を遮って俺はつづけた。

「学校生活を通じて、みんなお前の人となりは知ってる。結果が悪くても、お前を非難する奴は誰もいないよ」

 俺とは違って、こいつは人を馬鹿にしたりしない。それは、尊い長所だ。そして、それが人を引き付ける魅力でもある。俺のような、うわべの優しさとは根本的に違う。実際にこいつの人柄に触れたなら、その良さを疑う者はいないはずだ。

「だから、結果を考えるな。問題一問ずつに集中しろ。今までのお前の頑張りは、俺が一番よく知っている」散々見てきた。口の悪い俺に、文句言いながらもめげなかったお前を。

「もし、もしも結果が振るわなかったら、俺が親父さんに掛け合ってやる。お前が一人前になるよう面倒見てやる。だから――」少し気恥ずかしくなってきた。だから、わかりやすく、いいたいことを言ってやる。

「バカはお前の取り柄だ! バカはバカらしく、後先考えるな!」

 お前が、俺に付き合ってくれたから、今もこうして普通でいられるんだ。だったら、お前が普通でいられるように、俺も付き合うだけ。

 真は、もう不安に縛られた目をしていない。

「バカは余計ですけど――」後ろを振り返って、背中越しに宣言する。「――バカの意地、見せてやりますわ!」

 がんばれ、バカヤロウ。



 うちの学校は、中間も期末も成績が貼り出される。その日は、決まって朝から廊下に人だかりができるのだ。早々と張り紙を確認している生徒たちの後ろから、俺と真は並んで覗き込む。

 張り紙の一番上に自分の名前を見つけた。正直なんの感慨も浮かばない。それより、大事なことがほかにあるから。ゆっくりと、下の名前を読んでいく。二番目、三番目、四番目、いったいいつ頃発見できるのか――「あっ」真が、横でちいさく声を上げた。次いで俺も名前を見つけるのに、大した時間はかからなかった。

 十位、真。 

 一桁台まであと一歩という惜しさだが、まぁ、大したものだろう。俺も真も、ほっと胸をなでおろした。

『やればできんじゃん、バカ女』

『どうもありがとう、口悪さん』

 誰にも気づかれないように身振りで受け答えを交わす。ジェスチャーは、意味を知っている人間からすれば、なかなかに過激な内容だった。

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