光明

「ホーリーシット! ジーザス!」

「ああもう! 英語で馬鹿にするのはやめてくださいまし!」

 こちらの罵倒に負けじと言い返しながら、真は必死で参考書に取り組んでいる。恒例となった勉強会は、ここのところ難航を極めていた。最初に比べればマシになってきたが、彼女の学力はクラスの中では後れを取っている。基礎は徐々にできてきたが、応用となると足踏みしてしまう。いわゆる、壁というやつにぶち当たったのだ。ここを超えられれば、なんとかなるかもしれないというのに。頭を悩ませてると、真は参考書から顔を上げて、余計なおせっかいを口にした。

「まったく……そんなに神様に悪口を言っていたら、そのうち嫌われてしまいますわよ?」

「口先だけは一人前だな、ったく。そんなこと覚えてる暇があったら、化学式の一つでも――」しゃべっていて、ふと疑問がわいた。こいつは今、何と言った?

「――なんで意味まで知ってる? どっちの単語も、授業じゃ教わってないだろ」スラングなんて、どの学校でも教えるはずがない。

「毎日言われれば嫌でも覚えますよ」うんざりした様子で真は続ける。「あと、ダミットとかワッツザ〇ァック! とか」ああいやだいやだと、わざとらしく首を降っている。

 こいつは、自分が何を成し遂げているのか気づいていないようだ。これは使えるかもしれない。光明が見えた気がして、自然と笑みがこぼれる。「えっ、なんですその悪い笑顔。怖い」失礼な言葉が聞こえたがこの際無視しよう。

「――よし。これでいこう」使えるものは、すべて使ってやるのみだ。


「この――サイン! コサイン!」罵倒するように叫ぶ。「えー……タンジェント!」言葉に詰まりながらも、真が一生けん命に叫びかえした。

 罵倒の代わりに、勉強に関する言葉を浴びせるようにした。そして、言ったことに対して反撃をさせる。もちろん、その言葉に関連することを。口頭だけで、練習問題が成立するようにしたのだ。

 ついでといっては何だが、こいつの好きなことも無理やり勉強に取り入れることにする。

「アケチミツヒデ、あるじ憎いね?」オレが韻を踏んで質問する。

「ノブナガ、ほろぶなが!」真は喜々としてレスポンスを返してくる。ダジャレだ。

 下らないことこの上ないが、役立つならこの際体面などくそくらえだ。一見アホっぽく見えるが、意外と効果的である。ただ書いて覚えるよりも、感情が伴っている分記憶に残りやすい。

 本人も、ただ罵られるよりはマシだろう。一応、俺も悪いとは思っているのだ。しかし調子に乗ってもらっては困る。詰め込む単語や数式は、まだまだいっぱいあるのだから。

「モル! 化学式! 6.0×10²³個!」

「ひー! 意味わかんない言葉で馬鹿にされてるぅ!」

 ……本当に大丈夫だろうか。

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